第10話もう一人の幼馴染と大試合
「お、遅いぞ尚也。もそろ試合始まるで」
「悪い、シンプルに寝坊したわ」
「何やってんだよー。席は取ってあるから、さっさと行こうぜ」
軽口で話しながらも、急ぎ足で会場内へと向かって行く。
時期は既に夏本番。周囲を猛暑が包み、急ぎ足をしただけでも、大量の汗が流れ出る。
汗を拭き取りながらも、幼馴染の晴れ舞台を一瞬たりとも見逃さないよう、より足を速めていく。
再現に失敗し、彼女を元の世界へと戻せなかったあの日から、早くも四日が経過していた。
四日後の現在。俺はまだ失敗から立ち直れずにいた。
いや、表面上においては立ち直れている。
ただ、心の奥底で引きずってしまっている自分がいる。
それもあってか、彼女を元の世界へ戻す方法は、新たに思いつけていない。
夏休みまで後数日。
夏が終わるまでに彼女を元の世界へと戻す。
個人的な目標ではあるが、目標を達成するためには、夏休み開始までに方法だけでも把握して起きたい。
しかし、行動しなくてはいけないと頭では理解しているが、実際に行動を行うことが出来ないのが現状である。
「……まあ、考えても変わらないしな。今日は楽しむか」
「……? なんか言ったか?」
「いや、何でもないよ。ってか人滅茶苦茶いるな。もっと少ないかと思ってたわ」
「そりゃインターハイの準決勝と決勝だからな!今までの集大成みたいなものだし、凄くなるわ。あ、あそこが俺らの席やで!」
彼が指さしたのは最前列で、最も選手達と近い席。
彼曰く、俺達のために鈴鹿が席を取っておいてくれたらしい。
腰を下ろすと同時に、鞄から猛暑に対抗するべく用意した秘密兵器を取り出す。
その内容は冷凍庫に放置し、中身を凍結させておいたスポーツ飲料水。
そして、100円で事前に用意しておいたプラスチック製団扇。
真夏の日差しの強さや、周囲の密集度を考えると、多少火力不足を感じるが、コストを考えれば仕方がない所ではある。
「よし、準備完了。だけど、鈴鹿の試合見に来るのなんか久しぶりだな」
「確かにな。それこそ去年の夏以来じゃね?」
「まじか、一年前じゃん。確か、去年は結構良い所まで行ったけど、負けちゃったんだよな」
「やな。決勝に進めはしたんやけど、最後の最後で逆転されて優勝は逃したんよな」
去年も同時期に行われたインターハイ。
当時も、俺達は幼馴染を応援するべく会場へと足を運んでいた。
彼女たちの実力は凄まじく、様々な強豪校を相手に完封を繰り返し、順調に決勝戦まで進んでいった。
そして、決勝戦。
序盤は有利に試合を進められていた。
しかし、終盤。ピッチャーとして試合に参加していた幼馴染が打たれた。
汗で球を滑らせたらしい。相手校のエースにホームランを奪われてしまった。
そこから、流れるように崩れ去っていき、幼馴染達は敗北を期した。
恐らく、あの日程彼女が涙を流した日はないだろう。
敗北した現実や、自分が打たれた現実、先輩に優勝を持っていけなかった現実。
様々な現実が彼女を襲い、彼女は只管に涙を流した。
それから、彼女は血の滲む様な努力を一年もの間繰り返してきた。
全ては今日優勝するために。
それはもう一人の幼馴染も変わらないだろう。
「……今回は優勝できると良いな」
「やなー」
猛暑を紛らわせる意味も込め、適当に会話を交わしていると、グラウンドで動きがあった。
グラウンドへ目をやると、守備側の選手がそれぞれの定位置へ歩き始めていた。
当然、その中には部長兼エースである、我らが幼馴染も参戦している。
彼女は普段と同様、ピッチャーサークルに足を入れると、自らの頬を叩き、気合を入れた。
以前、彼女に行動の意味を聞いた所、この行動を行う事により強く気合が入り、普段と同様の実力を発揮できるらしい。
彼女なりのルーティーンの一種とも言える。
その行動から、試合が始まる事を再認識しつつ、真っ直ぐに彼女を見守る。
隣の彼も同様、真剣な眼差しで彼女を見つめる。
「プレイボール!」
審判と思われる女性の甲高い言葉を契機に、準決勝戦が開始した。
我らが幼馴染はチームメンバーに合図を出すと、球を握りしめ、バッターボックスへと目をやる。
キャッチャーの指示を受けると、見とれる程に綺麗な動きで体を動かし、キャッチャーへと球を放つ。
一直線に放たれた球は道を遮る一切のものに当たる事無く、パンッと音を上げ、グローブに納まった。
目で追えない程の速度に加え、響き渡る巨大な音に観客内に小さな騒めきが起こる。
それを全く気に留める事無く、彼女は二回、三回と豪速球を繰り出す。
当然の事如く、全ての投球はストライク。
バッターは悔しげな表情を浮かべながら、バッターボックスを後にした。
彼女はほっとした表情を浮かべたかと思うと、一瞬にして真剣な表情へと面様を戻す。
続く二番、三番バッター。どちらもそれ相応の実力を有した選手達だ。
しかし、得意の豪速球に加え、一年間練習を繰り返してきた変化球を用いる事により、何なく攻撃を防ぎ切った。
攻守が入れ替わり、我らが母校側の攻撃。
俺達の幼馴染はソフトボールが上手い。運動神経も抜群である。
しかし、彼女を抜きにしても、我らが母校の選手も相当な実力者ばかりだ。
攻撃が開始された直後、音を上げて球は打ち上げられた。
バッターは素早い動きで塁へと駆け出し、二塁に足を踏み込んだ。
続く二番、三番も流れ良くヒットを繰り出し、最終的に三点を獲得し、初めての攻撃を終える事となった。
二回目の守備においても彼女は大活躍を見せ、無失点で攻撃を抑える。
その後も順調に試合は進んで行き、最終的に8-3で勝利と言う結果で準決勝戦は幕を閉じた。
その結果に会場内の選手はそれぞれ喜びと悲しみに支配され、観客内は驚きの声で溢れている。
「いやー、無事決勝進出やな!」
「ああ。まあ、当然と言えば当然みたいな感じはするけどな。うちの学校のソフト部強いし。問題は決勝だろ」
「あー、この感じは今年も去年負けた所に当たりそうやもんな。今年は勝てるかねー」
「まあきっと、鈴鹿達なら勝てるだろ」
願望を口に出しながら、中身が微量に溶けた飲料水を手に取り、軽く口に流す。
流石は夏本番。団扇と水分を持ってしても、汗が止めどなく溢れ出る。
そして、ペットボトルの中身が無くなった頃。
ついに決勝戦開始の合図が出された。
決勝戦に参加するチームは当然、幼馴染のチームと去年の優勝チーム。
予想通りの対戦相手に納得しながらも、先程の試合以上に緊張が体を支配しているのを感じる。
試合に出ない側の人間がこれだけ緊張しているのだ。
ピッチャーサークルに立つ彼女も相当に緊張しているはず。
それなのにも関わらず、彼女からそれを思わせる表情は見て取れない。
彼女は頬を流れる汗を軽く拭き取ると、強く球を握りしめ、ゆっくりと顔を上げる。
キャッチャーの合図を確認すると普段と変わらぬ構えを取り、華麗な動きで右手から豪速球を放つ。
目にも止まらぬ速さで放たれた球はバットを振る隙すら与えず、一直線にストライクを奪い取った。
気を一切抜くことなく、彼女は次の投球の準備へと入る。
バッターも同様に、一度目の投球を学習しつつ、打ち返す準備へ入る。
直後に放たれた投球は目にも止まらぬ速さでキャッチャーへと向かうが、直前で現れたバットが掠った後に、キャッチャーのグローブに捕球された。
投球を捉えられかけた事に一瞬焦りを感じるが、それと同様の速度で冷静を取り戻すと、球を手に取り、キャッチャーに指示を仰ぐ。
そして、前回の失敗を修正しつつ、豪速球を繰り出す。
彼女から放たれた球は前回以上の速度で飛ばされ、一切の物に阻まれる事なく、キャッチャーのグローブに納まった。
その結果に喜ぶ動作を一切見せず、冷静な動きで次なる投球を放つ。
バッターは道筋を見極め対応するが、その速度に反応することは出来ず、球を撥ね返す事は敵わなかった。
その後、続くバッターに対しても、自慢の豪速球を使いこなす事により、誰一人として塁に進める事無く、初回の攻撃を防ぎ切った。
守備を終え、グラウンドから去る彼女の表情には笑みが零れており、初回を完璧に防いだ事への喜びが見て取れた。
その表情を目にし、同様に俺達も喜びを分かち合うが、一瞬にして表情を戻し、試合へと意識を戻す。
初回にて敵チームを塁に出さなかったのは去年も同様だった。
基本的に互いに塁には出れず、出たとしても点を取る所まではいかない。
互いに守備能力が高く、点を奪い取ることが出来ないのだ。
相手チームが戦法を変えていない限り、そう簡単に点を取れない可能性が高い。
予想通り、初回の攻撃は全力で挑んだものの、0点と言う結果に終わった。
2回、3回と回を重ねていくが、互いに決定的な攻撃は出来ず、無失点同士の状態で試合は進んで行った。
そして、気付けば終盤。無得点で終わると思われていた回。
三年生のキャプテンが巨大なヒットを打ったことにより、一気に状況が変化した。
2人の選手が塁を回り切り、最終局面で2得点。
次を守りきれば勝ちという状況に持ってこれた。
状況は上々。守れば勝ち。
しかし、この場面で相手チームのバッターはエース選手。
アウトを2つ入手する事には成功したものの、焦りからのミスで2人を塁に残してのエース選手。
ホームランを打たれれば逆転敗北。凌ぎ切れば完全勝利。
どう転んでも可笑しくない状況に、観客内にも緊張が走る。
球を握りしめる彼女も緊張はあるようで、表情は硬く、どことなく不安に見える。
チームメイトも同様の表情をしているのかと考え、ふと他選手へと目をやる。
彼女達の表情は予想外に冷静で、どこか自信に溢れたような表情をしている。
彼女達が内心何を考えているのかは分からないが、彼女を信頼しているのは事実だろう。
彼女は深く深呼吸を繰り返し、ゆっくりと前を向く。
その瞳には恐怖や焦りと言った感情はなく、自身に満ち溢れているように見える。
キャッチャーから指示を受け、ゆったりと体を動かす。
構えを取ったのちに、大きく腕を一回転させ、放つ。
渾身の一球。その結果……。
「二人どもーーーーー!勝っっっだよおーーーーーーー!」
彼女は叫びながら、俺達へと抱き着いてきた。
余りの勢いに二人が仮でも支えることは出来ず、俺達はその場に倒れこんだ。
彼女の顔は涙で濡れており、嘗てないほどに幸せに包まれている。
俺達は焦りながらも、満面の笑みを浮かべ、言葉を返す。
「マジでおめでとう!ほんまに凄かったわ!」
「ああ、本当に凄かった!優勝おめでとう!最後、相手のエース抑えたのとかまじ凄かったよ!てか、良く最後まで体力とか持ったな」
「頑張っだんだよおーーーーーー!本当に……凄ぐ嬉じいーーーー!」
彼女は叫びながら、只管に嬉し涙を流し続ける。
これ程までに涙を流したのは、十数年一緒にいる中で見た事がない。
優勝を手にしたのがどれ程嬉しかったのか、その感情が伝わってくる。
彼女は暫く泣き続けると、やがて涙を止め、ゆっくりと口を開いた。
「二人とも見に来てくれてありがとうね。二人が見に来てくれたおかげだよ!」
「いや、何言ってんだよ。お前が頑張った成果だろ」
「せやで!自信もてや!あ、チームメイトが呼んでるで、言った方が良いぞ」
「あ、うん!それじゃあ、また後で!」
最後にそう告げると、チームメイトの元へと一直線に駆け出す。
十数メートル離れた頃、突如足を止めたかと思うと、思い出したかのように再び俺達へと接近し始めた。
何事かと首を傾げると、彼女は俺の耳元まで顔を近づけ、囁くように言葉を放った。
「優勝したから、お願い聞いてね」
完全に脳内から消え去っていた。
いや、優勝と言う衝撃が大きく、その他の事が霞んでいたのだろう。
数日前に彼女と交わした約束。優勝すれば願いを聞くというもの。
彼女から言葉を聞くことによって、記憶の奥底から蘇るように思い出した。
それと同時に、優勝と言う出来事の嬉しさ以上の焦りと言う感情が心を支配し始めた。
一言も発しない俺を他所に、彼女は小悪魔のような笑顔を最後に浮かべ、再び駆けだした。
様々な感情が入り交じりながらも、一言たりとも発することなく、彼女の後姿を見送る。
何も知らず、ただ楽しそうにしている横の幼馴染に溜息をつきながら、十数秒脳内を働かせる。
最終的に彼女へのご褒美だと自分に言い聞かせ、今回ばかりは我慢する事に決定づけた。
願いの内容に恐怖しながら、諦めるように夕暮れに染まった空を仰いだ。
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