第9話俺達と世界移動実験
雲一つなく、快晴と呼ぶに相応しい天候。
一つの雲にも防がれていない真夏の暑い日差しが、無防備な体を襲い続ける。
自然と汗は流れ続け、どれだけ拭おうが止まる事はない。
数分前に購入した水を取り出すと、飲み干す勢いで喉へと流し込む。
水は一瞬にして喉を潤すが、それでも汗は止まらない。
暑さを少しでも抑えるべく、数秒後に再び水を流し込む。
繰り返すと未開封だった水は空に近い状態へと変化してしまっていた。
小さくため息をつくと、ペットボトルを鞄に押し込み、再び足を動かす。
ふと、隣へと目をやる。
数分前まで元気一杯だった幼馴染の美少女は、気が付けば一言も発さず、目的地へと向かうだけの歩く屍のような存在へと変貌していた。
笑顔は消え失せ、視線は道路のみを見つめている。
運動部員である彼女が元気をなくす程の暑さ。
余りの暑さに、絶望すら覚える。
視線を戻すと、暑さを忘れるように、数日間の記憶を遡る。
数日前。正確には二日前の事。
目を覚ますと同時に、違和感に気づいた。
時間は朝の7時頃。季節は夏で間違いない。
通常ならば、カーテンの隙間からは眩しい光が微かに入り込み、部屋の一部を照らしている。
しかし、当時は光は一切なく、室内は暗闇で支配されていた。
妙に思い、カーテンを開けると、外には最悪の天候が広がっていた。
雲は黒く、大量の雨粒を地上へと放出し続けており、室内にも聞こえる程の音を出しながら、雷が落下している。
何事かと思い、一階へ降りると、真っ先にニュースを確認する。
ニュース曰く、今日の天候は数日前から予想されていた事らしい。
稀に見ない巨大な雨雲が都内を襲い、非常に強力な豪雨が街を支配する。
最悪の雷雨が、一日中降り続ける。
その異常気象とも取れる天候に驚きながらも、スマホを手に取り、二日後の天候を調べ始める。
電波が荒れているのか、多少時間が掛かりながらも、何とか天候調査アプリを起動する。
そして、二日後の天候を目にすると同時に、一気に肩を落とした。
二日後の天候は曇り。
アプリ内ではそのように表示されていた。
残念ながら、幼馴染がこの世界へ来た日と同様の、快晴という天候とは違う。
深く残念に思いながらも、スマホをしまうと、顔を洗いに洗面所へと足を向けた。
この時は二日後に実験を行うのを完全に諦めていた。
しかし、二日後。つまり、今日に奇跡が起きた。
目覚めると曇りと言う予報は外れており、空は青空が支配していた。
テレビやネットで確認しても、天候は快晴。
状況を把握すると、幼馴染に連絡を取りつつ、すぐさま必要道具を纏め上げた。
全てを持った事を確認し、幼馴染と再会した上で、例の神社へと足を向けた。
二日前は実験を行えるとは夢にも思わなかった。
しかし、奇跡が起こったのか、天候は完璧。
当時を再現するための道具は揃い、シミュレーションも完了している。
問題があるとすれば、猛暑のみ。
暑ささえ消え去れば、完璧な状態で実験を行える。
多少で良いから、日差しが弱まってはくれないだろうか。
小さな願いを胸の中に秘めていると、例の神社が微かに見え始めた。
確認すると同時に、俺達は残りの体力を全て使う気で、全力疾走で神社へと向かいだした。
数秒で神社に到着すると、付近の木陰へと入り込み、その場に倒れるように寝転がった。
大きく深呼吸をしたのちに、体力を取り戻すように黙り込む。
数分後。多少体力が戻った所で、彼女が口を開いた。
「……暑いね」
「それな。……暑いな」
「これ……実験とか無理じゃない……」
「いや……暑くても……やらないと。……チャンスは今日しかないし」
脱力しながら軽く話すと、ほぼ空のペットボトルから残りの水を吸収し、大きく背伸びをする。
その後、やる気を出すように自らの頬を叩くと、彼女に声を掛け、実験の確認に取り掛かる。
面倒くさそうな表情を浮かべながらも、促されるままに彼女は話を聞く体勢になる。
今回行う実験は簡単だ。
単純に、彼女がこの世界に来た時の状況を再現するだけである。
再現する要素は天候・時間・服装・行動。
天候は、二日前の雷雨。今日の快晴によって再現完了。
時間は彼女の記憶から考えられる時間を導き出し、その時間帯に鳥居を潜る様に設定。
服装は当時彼女が着ていた物と同一の物を彼女に着て来てもらった。
行動は彼女に当時の行動を思い出してもらい、その行動を学校から完璧に行ってもらう。
作戦は完璧。準備も完璧。
今日まで、念密なシミュレーションも重ねてきた。
必ず成功させ、彼女を元の世界へと戻す。
その上で、もう一人の鈴鹿。本物の鈴鹿をこの世界へと戻す。
もう一度、本物の鈴鹿と一緒に普通の日常を送る。
絶対に……成功させる。
心の奥底で決心を固め終え、静かに時間を確認する。
学校との距離や実験開始時間を考えるに、彼女は数分で神社を出なくてはならない。
そして、彼女がここを出ると最後、彼女と俺が話す機会は無くなる。
もう一人の幼馴染。別世界の幼馴染。
本来ならば、絶対に出会う事はなかったであろう彼女との日々は、楽しく、幸せを感じる日々だった。
ここで別れれば、もう二度と会う事はない。
寂しさと悲しみが、キュッと胸を締め付けているのを感じる。
暫くの間、静寂が続いたのちに、彼女の方から口を開いた。
「なんかさ……ありがとうね。いろいろと」
「え、何言ってんだよ。俺らの仲だぞ、助けるのは当然だろ」
「いやさ、幼馴染だけど、実際は別人じゃん。それなのにさ、助けてくれてありがとう!」
「……ありがとうはこっちのセリフだよ。鈴鹿のお陰で、この数週間。滅茶苦茶楽しかった。本当に、楽しい毎日を送れたよ」
「もー、それはあたしのセリフよ!……それじゃあ、時間ないし、もそろ出るね」
「おう。……さよならは言わないでおくわ」
「……うん。またね!」
そう言った彼女の表情は辛く、寂しそうに見えた。
彼女は当時と同様の荷物を手に取ると、学校に向けて駆け出した。
その様子を見送ると、新たに購入した水を片手に、木陰に座り込む。
別れるのは寂しいが、仕方のない事。
切り替えて、再現を成功させるために、集中し始める。
とは言っても、今出来るのは信じて待つ事のみ。
俺自身が行える事は全て行った。
後は只管に神頼みである。
様々な思いを巡らせ、彼女を思いながら信じて待つ事十数分。
彼女が現れる時間が近づいている事を確認すると、木陰から離れ、彼女が現れるであろう方へと目をやる。
神社の周辺に異変はなく、順調と言って差し支えのない状態。
彼女の方はどうなのか。そう考えた次の瞬間、彼女は道路の向こうから現れた。
彼女は汗を流しながら神社へと走っており、その様子は全力そのもの。
現れたことに一先ずは安心しながらも、再現が成功するように心の奥底から願い続ける。
天候は完璧。服装も完璧。
残りは時間通りに、完璧に行動するのみ。
彼女は目の前を通り過ぎると、鳥居の目の前に一歩踏み込む。
予定時間と完璧に同じタイミングで足に力を入れ、勢いよく地面から離れる。
完璧な動きで地面から離れた彼女は、綺麗な動きで神社の鳥居を潜った。
次の瞬間。
彼女の足は神社内に踏み込んだ。
そして、何事もなかったかのように、その場に立った。
何も起こらない。その状況に、俺達は互いに目を合わせながら、呆然とした。
全てが完璧に揃った状態において、完璧な行動を取った。
それなのにも関わらず、彼女の身には何も起きず、普通に地面に足を着いた。
その人間の思考で理解可能な現状に、驚愕と落胆の気持ちが入り交じる。
数秒間の沈黙の末に、焦りながらも何とか声を出す。
「まだ……まだ。もう一回鳥居を潜ってみるんだ!もしかしたら、時間が少しずれてたのかも!」
「……う、うん」
彼女は答えると、すぐさま立ち上がり、鳥居を潜る。
しかし、彼女の身に変化は訪れない。
それでも諦める事はなく、只管に鳥居を潜り続ける。
十数回同じ動きを繰り返した末に、彼女は動きを止めた。
「……やっぱり駄目だ。戻れない」
「駄目……か」
非情な現実に、思わず顔を下に向ける。
当然と言えば、当然なのかもしれない。
いつからか、当時の状況を再現すれば、彼女は元の世界へと戻れると、勝手に決定づけていた。
しかし、実際の所、その根拠はなかった。
そもそもとして、彼女がこの世界に来る際、何が起こり、どういった理由で世界を移動できたのか、その全ての理由は謎のまま。
何一つとして、理解出来ぬまま、一筋の希望に縋り付き、その一点のみを手段としてきた。
その結果が現状。彼女を元の世界に戻す事に失敗した。
理由を何一つとして解明できぬまま、再現のみで世界を移動するという事自体が、間違いだったのかもしれない。
数分間の沈黙の末、俺達は帰宅するべく荷物を纏めた。
前回同様の帰路につき、一言たりとも発する事もなく、下りゆく太陽を眺めながら足を進める。
神社を出発し、数分が経った頃。彼女は何かを目にしたかと思うと、突如として足を速めた。
走りゆく彼女を無心で眺めていると、彼女は一つの自販機の前で足を止めた。
それは毎年、夏になると幼馴染たちと頻繁に買いに来る、アイスの自販機。
彼女の仕草から察するに、食べてから帰りたいようだ。
断る理由もなく、軽く賛成すると、鞄から古びれた財布を取り出す。
慣れた手つきで財布から小銭を取り出すと、自販機に貼られた画質の悪い写真へ目をやる。
数秒写真を眺めるが、普段と同様の物を買う事に決め、小銭を一気に投入し、古びれたボタンを押し込む。
ガコンッという音を耳にすると、軽くしゃがみ、夏の初めにも手にしたアイスを手に取る。
見覚えのあるアイスに巻かれた紙を軽く剥がし、小さく口を開け、アイスに口をつける。
気温が高いからか、口に含まれたアイスは普段以上に冷えているように感じる。
不思議とチョコレートの甘みは薄く、普段とは多少違った味に感じる。
味の変わったアイスに違和感を覚えながらも、一言も発する事無く、アイスを食べ進める。
その空気に耐え変えたのか、彼女の方から口を開いた。
「なんか、ありがとうね!色々協力してくれてさ!本当に尚也の気持ちは嬉しかったよ!」
「え……あ、そうか?けどまあ、失敗したしさ」
「結果よりも、その気持ちが嬉しかったの!それに、今回失敗したからって、次があるじゃん!」
「次……?」
「うん!もし良かったら、協力してよ!また、考えてよ!あたしが元の世界に帰る方法を!」
「そうか……ああ、勿論だよ。協力するさ、大切な幼馴染のためだしな」
「よし!それで良い!」
彼女はそう言うと、ニッコリと笑った。
その笑顔は優しく、落胆した心に強く響いた。
不思議と気持ちが楽になり、多少なりともやる気が出て来るのを感じる。
恐らく、この場で最も落胆したのは彼女であろう。
それなのにも関わらず、俺を勇気づけようと、笑顔を向ける。
別の世界の鈴鹿であっても、自らを犠牲にし、他人のために行動するところは変わらない。
それは彼女の最高に良い所であり、悪い所でもある。
「あ、そうだ!尚也知ってたっけ?今週末、部活の大会があるんだけど、高弘と見に来てよ!あたし初っ端から出てるんだよね!」
「あー、ソフトのやつか。良いよ、見に行くわ」
「やった!それでなんだけどさ……もしあたし達のチームが優勝出来たら、一つだけお願いを聞いてくれないかな?」
「お願い一つって……何をお願いするつもりだよ!……まあ、そうだな。勝ったら考えてやるよ」
「やったー!さて、アイスも食べ終わったし、帰ろっか!」
彼女はそれだけ言うと、軽い足取りで帰路に戻る。
アイスのゴミを捨てると、軽く笑いながら、その後を追った。
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