第8話もう一人の幼馴染と日常生活
「ここで、主人公は彼に、半分は嘘の情報を与えた。何故嘘を教えたか、何故半分だけ嘘なのか。その理由は後で出ますが、テストに出すのでメモしておくように」
夏なのにも関わらず、スーツをキッチリと着こなしている丸眼鏡が特徴的な男性教師は説明を続けながら、黒板へと文字を書き込んで行く。
彼の重要な言葉を聞き逃さないよう、重要な箇所を書き写していく。
テスト期間が近づいているという事もあり、教室内は普段と違い、文字を書き込む音とアブラゼミの音が混じり、五月蠅くも集中しやすい環境に変化している。
夢の世界に落ちている者は数える程しかおらず、大部分の生徒は熱心に手を動かし続ける。
その様子に触れる事無く、彼は普段通りに面白味のない授業を続けた。
神主から情報を得た数日後。
鈴鹿がこの世界に来た際の状況を再現するための準備は完了していた。
日時を調べ上げ、当時に所持していた物を集め、周囲の状況を確認する。
全てを整え終え、残りの要素は天候のみ。
残り一つとなれば、簡単に再現まで漕ぎ付けるように思える。
しかし、現実と言うのはそう甘くはない。
残り一つの再現条件。天候を再現するのは非常に困難を極めている。
判明している情報から調べ上げた結果、二日前に雷雨、当日に快晴。
この二つの天候が発生する状況においてのみ、当時の状況を完全再現したと言える。
これが非常に困難なのである。
快晴は真夏直前の現在、再現するというのは容易である。
問題は雷雨。夏の天候は大凡が晴れ。
時折、雨の場合もあるが、雷雨までなる確率は低い。
さらに、快晴の二日前に雷雨でなくてはならないという条件付き。
この条件付きの状態で、確率の低い雷雨と言う天候を発生するのは奇跡その物。
何とかしようにも、天候を操る事は現在の科学力では基本的に不可能。
その為、今現在は奇跡を信じ、待機しているという状態。
それに加え、夏休み前のテストも迫っている現状。
もどかしかろうが、只管に授業に打ち込まざる負えない。
「……なんて思っても、やる気出ないな」
心の底からの思いに、思わず周囲には聞こえない声で呟いた。
実際の所、今最重要事項であるのは彼女を元の世界へ戻すという事。
最重要事項が詰まっているとなると、自然とテストのやる気も発生しない。
それに加えて、元より勉強が好きという訳ではない。
現在受けている国語も、本音を言うならば好きでない上に、勉強したくない。
さらに、今回の授業内容にも問題がある。
今期、国語で勉強中の内容は神隠しに纏わる創作本。
とある街に住んでいる男、小島。
彼が変哲もない日常生活を送っている所に、橘という女が現れた。
彼女は創作本の主人公であり、嘗て神隠しに遭遇し、神と出会った事があった。
そんな彼女と、彼が友情を深め、神隠しの謎に迫りながら、神隠しに遭遇した子供を助ける物語。
在り来たりと言えば、在り来たりの物語。
通常の学生ならば、深く感じる事はないだろう。
しかし、神隠しとある意味では似た出来事と出会い、解決するべく動いている現在。
神隠しと言う言葉を目にするだけで、自然と鈴鹿の件が脳裏を過ぎる。
この状態では、勉強も何もあったものじゃない。
今、俺はどうするべきなのか。
脳内で、事件やテストの問題が渦巻き始めた頃。
退屈な時間の終わりを告げる、最高のチャイムが学校内を響いた。
一瞬にして考えを止め、教師が教室を出るのを確認し、教科書をバック内に放り込む。
固まりつつある体を戻すべく、背を大きく伸ばす。
最高まで伸ばし終えると同時に、全身を幸せな快感が走った。
開放感に満たされていると、絶望的な表情の男幼馴染が机に手を着いた。
「尚也……俺やばいかもしれへん。今回のテスト、まじでやばいかもしれへん」
「何言ってんだよ、いつもの事だろ」
「今回はマジでやばいんやって!国語の内容意味分からんかったし、数学とか何一つ分からんくて、絶望的やし!マジで今回赤点やったら、成績があかんのよ!」
彼が絶望的表情を浮かべるのも理解は出来る。
彼は中間テストにおいて、半分の教科で赤点を入手するという快挙を成し遂げた。
期末テストにおいて、同教科で赤点を取れば、それこそ成績最悪。
教師からの呼び出しにあい、個人面談を受けざる負えなくなる。
「尚也……ジュース奢るから、勉強教えてくれ!数学やったら、鈴鹿よりも得意やろ!」
「いや、無理だわ。悪いけど、今回も俺まだ勉強してないからさ。俺一人じゃ教えきれないわ」
「じゃあ、あたしも教えてあげようか?」
背後からの声に振り向くと、もう一人の幼馴染が笑顔で椅子に手を着いていた。
体の向きを90度曲げ、二人と話しやすいように動きつつ、彼女の話に耳を傾ける。
「数学は尚也には負けるけど、そこそこ良い点数だし、場所によっては教えられると思うよ!他の教科もあたし点数良いし!」
「おお!神様、仏様、鈴鹿様!マジで助かる、後で絶対ジュース奢るわ!」
「よし、ならこの後、図書室で勉強会でもするか?」
『賛成!』
二人の返事で勉強会の開催を決定すると、放課後に図書室に集合する事を約束し、次の授業の準備へ取り掛かる。
中間テスト以来の勉強会に多少胸を躍らせながらも、重要な言葉を聞き逃さないよう、授業へ真剣に取り組んで行く。
放課後。教室の掃除を終えると、図書室へ向かうべく、埃で汚れた階段を上る。
窓ガラス越しに校庭の様子を見ると、陸上部が汗を流しながらランニングをしているのが見えた。
数週間後に大会が控えてあるため、大会に向け、猛特訓を行っているらしい。
大会に向けてとはいえ、この猛暑の中、投げ出さずに練習に取り組むのは素直に尊敬する。
そんな事を考えつつも階段を上がっていくと、十数秒で図書室の前に到着した。
極力音を立てまいと、静かに扉を開けると同時に、室内から涼し気な冷気が体を襲った。
幸せを感じさせる冷気に笑みを零しそうになりながらも、冷気を漏らさぬよう、すぐさま扉を閉める。
図書室独特の匂いに心を和ませながら、ルールに従い、無駄な騒音を出さぬよう静かに幼馴染を探す。
数歩歩いた所で彼らが手を振ってるのを目にし、軽く手を振りながら、彼らの元へと向かった。
「遅かったじゃんよ。もう勉強始めてるで」
「仕方ないだろ、思った以上に掃除に時間が掛かったんだよ。二人とも何の教科を勉強してんだ?」
「もちろん数学だよ。今回試験範囲も多いし、高弘も数学が一番教えてほしいらしいしね」
「おっけー。じゃあ、俺も数学からやるか」
軽く言葉を交わすと、発言通りに数学の勉強道具を広げる。
至る箇所に落書きの跡があり、真面目に勉強しているとは考えられない教科書。
実際、数学に関しては真面目に取り込んでいない。
しかし、それなのにも関わらず、何故か数学に関しては毎回点数が良い。
大した勉強をしておらず、教科書の問を一度解くだけで、授業もろくに聞いていないのにも関わらず、何故か学年トップクラスの成績を叩きだす事に成功している。
持論だが、恐らく俺は理系向けの人間。
生まれつき、数学系統の学問が得意なのだろう。
しかし、自身が好きなのは、どちらかと言えば文系。
数学は嫌いな勉強においても、最も嫌いな教科。
やる気と言うのは起こすものだというが、起こす気にもならない。
それでも、迫りくる期末テストに、無策で挑むわけにはいかない訳で。
一人の場合、確実に勉強に力は入らない。
彼らと同時に勉強出来る、今この時に勉強しなければならない。
仕方がなく、試験範囲を確認しつつ、計算方法を覚え、問を只管に解いて行く。
最初はやる気が皆無だったものの、図書室と言う集中に特化した教室内に響き渡る、扇風機と文字を書き込む音により、自然と集中力が増していく。
不思議よ勉強に力が入り、気付けば数ページの問を解き終えていた。
新たな問いに入ろうとした所で、隣の男が肩を叩いた。
「尚也、ここってどうやって解けば良いか分かるか?」
「あー、ちょい待ち。そこは多分、この式のXに代入すればいいんじゃね?」
「おー!行けたわ、せんきゅう!」
聞きたい事だけ聞くと、彼は教科書へと顔を戻した。
前回の勉強会と比べ、彼は見違えるほどに真面目に取り組んでいる。
余程、今回のテストで赤点を取り、個人面談を受けたくない様に見える。
熱心な様子に感心していると、再び彼は顔を上げ、別の問の解き方を質問してきた。
慣れた動きで問を確認し、解き方を考えようとするが、問を半分読み終えた所で、やむを得ず手を止めた。
「……悪い、この問題は俺には解けないわ。俺もここまでは勉強してないんだよな」
「えー、そこを何とかならん?」
「ならんー」
「そこであたしという訳ですよ」
俺達の会話を聞いていたのか、目の前に座っている幼馴染が前のめりに会話へと参加してきた。
彼女は任せてと言わんばかりに、自信満々に問を確認すると、計算方法を横目に、問を解き進める。
十数秒も過ぎないうちに手を止めると、彼女は自信満々に説明を始める。
流石は学年トップクラスの成績優秀者。
普段のポンコツ具合が嘘と思えるほどに、理解しやすく、完璧な説明を聞かせてみせた。
「そう言う事か!流石鈴鹿やわ、完全に理解した!」
「まあね、こう見えて知的キャラで売ってますから」
それならば、普段も知的でいてほしいものだ。
脳内でそう答えながらも、適当に褒めて終わらせ、再び勉強に取り組む。
集中力を切らすことなく、勉強を続け、数十分後には数学の試験範囲全てを学習し終えた。
横に目をやると、他二人は数分前に数学を終え、別教科の勉強に取り掛かろうとしていた。
視線に気づいたのか、彼はこちらに目をやると、思いついたかのように口を開く。
「お、尚也も数学終わった感じか!それならさ、数学の試験範囲内の章テストあるじゃん。あれみんなでやって、合計点で勝負しね?最下位の奴はジュース奢りってことで!」
「お、良いね!丁度やってなかったし、やろうよ!ジュース奢り、絶対ね!」
軽く合意すると、全員同一のページを開き、手を動かし始める。
数分前に勉強した内容だからか、自然と解き方を理解でき、スラスラと答えを書き込んで行く。
他二人も同様の理由からか、普段以上に素早く問を解いているように見える。
数式を書き込む音がひっそりと聞こえる室内で、集中力を遺憾なく発揮し、数分で全ての回答を記入し終えると、シャープペンを赤ペンに持ち替え、模範解答と比較していく。
全員が終えたのを確認すると、全員が自信満々の状態で、結果を同時に広げる。
「どうよ!俺は72点よ!……って、お前ら高くね!?95点に85点って!」
「いやー、一問差で尚也には勝てなかったかー!いけると思ったんだけどな」
「俺は後一問で全問正解がなー、計算ミスしたわ。……という事で、高弘奢りよろしくな」
「畜生、言い出しっぺがなるパターンの奴かー!……なあ、二人ともこの後暇?暇だったら、カラオケ行かね?ジュースの代わりにドリンクバー奢るからさ!」
「急だな。まあ、暇だし良いぞ」
「もちろん、あたしもおっけーよ!」
軽い返事で返すと、彼は満面の笑みを浮かべ、今後の予定を決定づけた。
一時間後、図書室が閉鎖する時間帯で勉強を終了し、三人でカラオケへと向かう事を約束し、三者三様の教科の勉強を開始した。
御褒美を用意したからか、一時間は騒音が全く気にならない程に集中が続き、充実した勉強時間を送る事に成功した。
その後、時間を確認しつつ、教材を片付け終えると、冷気で支配されていた教室を静かに後にした。
廊下内は静まり返っており、俺達以外の生徒は一人として見当たらない。
陽が完全に沈む時間帯まで残っていた俺達が珍しいのだろう。
そんな事を気にも留めず、明るい空気感で幼馴染でのみ可能な昔話を交えつつ、カラオケへと向かって行く。
行きつけのカラオケ店は学校から徒歩数分。
学生証を提示する事により、格安の値段で歌う事が可能なため、学生内では有名な店である。
普段ならば、その人気具合により、数十分待ち時間が掛かってしまう場合もある。
しかし、周囲が暗くなった頃の時間帯にカラオケ店に到着したのが功を奏し、一分の待ち時間もなく、一瞬にして入室する事が出来た。
入室し、それぞれが好みの飲料水を運び終えると同時に、男幼馴染が意気揚々とマイクを手にした。
画面に映し出された曲は、最近、学生内で流行っているボーカロイド曲の一つ。
テンポの速さや歌詞の難しさで、高難易度と考えられている曲。
それなのにも関わらず、彼は自信ありげな表情を崩さない。
その様子を評価するような目で見つつ、順番でない俺達二人は拍手でリズムを取りつつ、場の雰囲気を盛り上げていく。
場の雰囲気に流されやすい彼は調子に乗りつつ、全力でリズムに合わせ、言葉を発していく。
三分弱に渡る熱唱の結果。採点は85点。
平均点82点なのを考えると、上々の点数と言える。
「よっしゃーーー!どうや!これが俺の実力ってわけよ!」
「凄いじゃん!結構難しいのに、良くこんなに上手く歌えるね!それじゃあ、次はあたしが!」
彼女は未使用のマイクを手に取ると、立ち上がり、姿勢を正す。
ゆっくりと流れだしたメロディーに合わせ、足でリズムを取り始める。
メロディーから察するに、彼女が歌っていたのを何度か目にした事がある、ドラマの主題歌。
世間一般において、恋愛ソングと呼ばれている曲。
この曲を聴くだけで、不思議と恋愛をしたくなる。
彼女が居ればどれだけ良いかと、考えさせられる曲だ。
彼女は盛り上げる俺達を見渡しつつ、自信満々な表情で、楽しそうに歌い始め、勢いに乗ったまま歌い終えた。
その結果は94点。プロと言っても過言ではない程に綺麗で、聞き惚れる歌声。
何度聞いても、彼女の歌は聞き入ってしまう。
「す、凄いわ。やっぱり、鈴鹿歌うますぎだろ」
「まあね!さて、次は尚也の番よ!」
「そうだな。それじゃあ……プロの実力ってやつを見せちゃうかな」
溢れんばかりの自身を胸に、マイクを右手に取る。
声出しとして使用している、何十回と歌って来た恋愛ソングを入れると、一気に気合を入れる。
画面に目を向け、リズムを確認しつつ、音に乗せて言葉を放つ。
誰もが一度は聞いた事がある、有名な恋愛ソング。
圧倒的歌声に乗って流れる、感動的な歌詞。
全てが噛み合った歌に、室内の者は誰一人として声を出さない。
全歌詞を歌い終えたのを確認すると、疲れた喉に炭酸飲料を流しこむ。
全力で歌った後の水分補給。運動後と同様とは言えないが、それなりに水分を美味しく感じる状況での水分補給。
コップ半分ほどの炭酸を飲み終えると、再び画面に目を戻し、点数を確認する。
結果は平均点85点に対し、72点。
まさに、圧倒的ともとれる点数差だ。
「……ま、こんなところかな」
「いや、こんなところかなじゃないが!自信満々に歌っといてそれかよ!お前は本当に……音痴だな!」
「音痴なんじゃない。ただ、個性的なだけだ。まあ、お前には分からないかもしれないがな!」
「いや、誰も分からんわ!この音痴が!」
音痴の称号を持つ二人で冗談を交わしていると、コップ片手に様子を眺めていた彼女が笑みを浮かべた。
その表情は普段と同様、傍から見れば元気で、可愛らしさを感じるものだった。
しかし、不思議と普段以上に嬉しそうで、寂しそうにも感じる。
彼女の最近の状況から察するに、並行世界の俺達の事を思い出しての表情だろう。
何とも言えない感情を持ちながらも、それに触れる事はなく、彼との会話を続ける。
彼女は本物の鈴鹿ではない。
それでも、この時間が本物の幼馴染三人で過ごしている時間と同様に、楽しい時間であるというのは事実。
このまま永遠と言うのは無理だろう。せめて、彼女が元の世界へと帰るまで。
それまでの間。三人で、普段以上に楽しい時間を過ごしていけたらと、
心の底から、そう思った。
しかし、数日後。
もう少し続いてほしいと願う俺の思いとは裏腹に、時は訪れた。
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