第7話神社と神主
「はあはあ……はあ……疲れ……た…………」
目的地に到着すると同時に、全体力を消費し切ると、地べたに座り込んだのちに息を整える。
背に高校女子一名を乗せながら、十数分間自転車を漕ぎ続けるというのは、帰宅部からすれば拷問と言っても差支えのないレベルで大変な運動。
足腰が限界を迎え、体力はそこを尽きるのが当然だ。
「全く……だらしないよ、尚也。ちょっと自転車漕いだだけじゃん」
「おま……帰宅部には……きつ……」
「もっと体力付けないと、女の子にはモテないよー?……さて、早く神主さんに会いに行くよ!」
彼女は軽くそう告げると、古びた建物へと向かって行く。
帰りは彼女に運転させようと脳内で考えながら、ゆっくりと彼女の後を追って行く。
神主がいる建物は神社から数分間歩いた先にある。
建物自体は古い木造建築。建物に付属している庭には大量の雑草が生え茂っており、外観から察するに、相当昔に建築されたと考えられる。
彼女が建物の戸を叩くと、十数秒後、建物内から一人の老人が現れた。
老人は白髪で、在り来たりな丸眼鏡を装着しており、装束で身を包んでいる。
彼は驚いた顔を見せながら、ニッコリと笑い、小さな口を開いた。
「おやおや、秋元さんではございませんか。久しぶりですね」
「はい!久しぶりですね、中島さん!」
「それと……あなたは確か、秋元さんの近所に住んでいる……」
「あ、尚也です。高橋尚也です」
「高橋さんですね。私は近くの神社で神主をやっている中島です。今回はどういった要件で?」
「あ、実は中島さんに聞きたいことがあるんです」
彼女の言葉を聞くと、長話になる事を察したのか、彼は建物に入るように促した。
断る理由もないため、俺達は彼の後を歩き、建物内へと足を踏み入れる。
建物内へ入ると同時に、懐かしさを感じる匂いが鼻を香った。
ずっと嗅いでいたいという訳ではないが、嗅いでいるとどこか落ち着いてくる。
それはまるで、お爺さんの家で感じる独特な匂いと似ている。
何故、ご老人の家からは似たような匂いがするのかと疑問に思いながらも、使い古された廊下を一歩ずつ進んで行く。
一歩踏み出すと同時に聞こえる、ギシギシという床のきしむ音に不安に駆られていると、彼は一枚の戸の前で足を止めた。
戸を開き、部屋へ入ると、そこは広々とした畳の部屋。
あるのは木製の机一枚のみで、他は畳が広がっているのみ。
促されるままに、机一枚を挟み、彼の向かい側に正座すると、音を立てないよう、ゆっくりと緑茶を差し出した。
それを有難く受け取ると、俺達は同時に緑茶へと口をつける。
「良い緑茶でしょう。程よく渋く、旨味も味わえる。最近は、全国の緑茶を集めるのが趣味でしてね。歳をとると、体を要する趣味は出来なくなりますが、新たな趣味の発見もあります。これが意外と良い物なのですよ」
「へー、凄く良い趣味ですね。この緑茶、凄く美味しいです!」
「それは良かったです。秋元さんは心から喜んでいるように見えて、こちらとしても嬉しいですよ」
ニッコリと優しく笑う彼の表情は、どこか安心する。
自然とこちらも笑顔で、優しく接することが出来る。
軽く世間話をして過ごし、緑茶の残りが半分を切った頃、本題へ入るべく、バックから資料を取り出す。
表情から本題に入ろうとしている事を理解したのか、彼は優し気な笑顔を止め、真剣な眼差しで、俺から口を開くのを待ち始めた。
「それでなんですけど……えっと、まず聞きたいんですけど、中島さんはいつからこの街で神主をしてるんですか?」
「そうだね。ハッキリは覚えていないけど、ここの神社は1990年くらいからかね」
「なるほど。……少し、嫌な話になるかもしれないんですけど、丁度その年に起こった、失踪事件をご存じですか?」
「失踪事件?」
「はい。他にも、2年後、4年後にも起きてるはずなんですけど」
彼は深く考えるような仕草をとると、記憶を探るかの如く、考え始めた。
風貌から察するに、年齢は八十代前後。
数十年前の出来事を思い出すのにも、それ相応の時間が必要なのだろう。
彼は十数秒考えた末に思い出したのか、語るように話し始めた。
「思い出しましたよ。神主になって、すぐに起きた出来事ですのでよく覚えています。確か、神社のすぐそばで子供が行方不明になったんですよね。その子供は今でも見つかっていないとか。……全くもって、痛ましい事件です」
「……はい。それでなんですけど……感じを悪くしたらすみません。神主さんは事件について、何か知ってたりしませんか?」
「私がですか?……残念ながら、思い当たる節はありません。警察が事情聴取に来たこともありましたが、何の力にもなれず……」
「そうですか……」
一見すれば、彼は何一つ嘘をついておらず、事実として何も知らないように見える。
しかし、それだけで話を終わりにされては困る。
情報量が不足している現在、どれだけ微かな情報でも欲しい。
少しでも情報を得るべく、持参した資料を見せながら、失踪事件について、何か知っている事はないかと、一つ一つ質問を続ける。
しかし、彼の答えは知らないの一点張りだった。
十数分にも亘る質問は、何の成果も得られないという結果に終わった。
「……なんだかすみませんね、何の力にもなれないみたいで。私としても力になりたいのですが、知らないものは知らないので……」
「いやいや気にしないでください!あたしたちは聞いて貰えるだけでも嬉しいですから!」
「そうですよ。こちらこそ、不快な思いをさせるような質問ばかりすみません。……あの、もう一つだけ良いですか。中島さんは……神隠しとかって信じますか?」
自棄になりながらも投げかけた質問に、彼はこれまでで見た事もないほどに動揺して見せた。
何かあると感じ取ると、俺達はここぞとばかりに、何か知らないかと、質問を続ける。
彼は暗い表情を浮かべながら、静かに立ち上がると、窓へと近づいて行く。
「……難しい質問ですね。神を祀る者として、神を信じるのは当然です。しかし、神隠しは何とも言えません。……これは私の考えなのですが、神は見守る者であり、一人一人の人間に、深く関わる事はないと思うのです」
「深く関わる事はない?」
「はい。わざわざ、何か深い理由があって、人間を連れ去るなど、ある訳がないのです。何故ならば、神は我々に深い興味も、関心もないのですからね。……しかし、もし、本当に神隠しが存在するとしたならば、それはきっと神の戯れでしょう。高橋さん、あなたは小さい頃、蟻の住処の穴を潰した事はありませんか?」
「まあ、子供の頃なら」
今から十数年前。
幼稚園に通っていた頃、友と公園で遊んでいた時、ふと蟻の巣に繋がる穴を見つける事があった。
働き蟻は様々な物を集めると、それぞれの穴へと物を運んでいく。
小さい頃は、それに対して深い感情を持つ事なく、ただ暇つぶしに、穴を砂で潰したり、石で塞いだりと、散々な仕打ちをしていた。
今ならば申し訳ない事をしていたと感じるが、幼少期ならば誰しもが体験するであろう出来事。
仕方がないと言えば、仕方がない。当然と言えば、当然ともいえる。
「もし、神隠しが存在するとしたならば、人間が蟻にしているのと同様、ただの暇潰しのようなものでしょう。いや、暇潰しどころか、気まぐれですらないのかもしれませんね」
「暇潰しですらないって……中島さんは、どうしてそんな風に思うんですか?」
「……また、難しい質問ですね。長年神主を続けてきて、何となく至った考えだからですかね。まあ、飽くまで私個人の考えですから、お気になさらず。おや、いつの間にか結構な時間が過ぎていたようですね」
壁に立てかけられた時計へ目をやると、時計の針は4時の方向を指していた。
話に夢中になるあまり、2時間以上滞在していたようだ。
「すみませんが、私もこの後予定がありましてね、今日はこれでお開きという事で、よろしいでしょうか?」
「あ、はい。今日はありがとうございました」
「いえいえ。私も久しぶりに若者と話せて楽しかったです。是非また、お越してください」
軽く言葉を交わすと、ギシギシと音を鳴らす廊下を慎重に進み、彼に見送られながら建物を出た。
自転車を押して歩きながら、以前神社から帰宅したのと同様の帰路を進んで行く。
16時を過ぎているのにも関わらず、周辺は非常に暑い。
日中程ではないが、額を一粒の汗が流れているのが分かる。
暑さのせいか、周囲から騒音が聞こえないせいか、アブラゼミの鳴き声をより大きく感じる。
夏を感じながらも、状況を整理するべく、静かに口を開く。
「何て言うか……そこまで大きな成果はなかったな」
「だね……いやー、神主なら何か知ってると思ったんだけどな」
「よく考えたら、失踪事件について何か知ってれば、警察にも言ってるよな。取りあえず、切り替えて行こう。失踪事件と神隠しについては詳しく分かんなかったけど、当時の状況を再現するのには必要ないしさ」
失踪事件と神隠しの関係性が判明せずとも、彼女が元の世界へ戻れれば問題ない。
今現在、当時の状況を再現する事により、並行世界と行き来するというのが、彼女を戻せる可能性が最も高い選択肢である。
無理に他の方法を探し、彼女に起こった現象の判明を急ぐより、可能性が高い方法を取る方が効率的である。
「そうだね。上手く状況を再現出来れば、元の世界に帰れるかもだし。……そう言えばさ、中島さんが言ってたことどう思う?神隠しの話」
「あー、暇潰しとか気まぐれとかの話か。まあ、特に何も感じなかったな。ハッキリ言って、現実離れ過ぎて分かんないし」
「そっか。あたしはさ、なーんかムカついたな」
「ムカついた?」
「うん。あたしらはさ、本気で……悩みまくった末に選択肢を選んで、後悔しないように生きてるんだよ。それをさ、神様はただの暇潰しであたしたちの事を弄んでるんだよ?なんていうか……嫌だな!」
「なるほどな」
実際に自らの身に起きている出来事と重ね、彼女も思う所があるのだろう。
もしも、神様が本当にいるとして、暇潰し感覚で彼女の人生を狂わせているというのならば、それは彼女自身怒らずにはいられないのだろう。
「……まあ、たとえ話的なもんだしな。そんな気にすんな。ジュースでもおごるから、元気出せよ」
「え、ホント!?やったー!早くコンビニ行こ!」
彼女はそう言うと、勢いよく走りだした。
現金な奴だと考えながらも、普段の表情を取り戻した彼女に安心し、ゆっくりと彼女の後を追って行くのだった。
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