第19話俺と一つの答え
時間は夕暮れ前。
陽が傾きつつあり、少しずつ空色が橙色に染まりつつある頃。
俺は一人、古びれたベンチに腰を下ろしていた。
そのベンチがあるのは夏の間、毎日の様に世話になっていたアイス自販機の隣。
他人に話の内容を聞かれづらく、長く話を出来る場所として、馴染みであるこの場所を選んだ。
幼馴染との待ち合わせ時刻前では数分ある。
団扇で風を起こしながら、ふと空を仰いでみる。
空には数える程の雲しかなく、誰がどう見ても晴天と言える。
それなのにも関わらず、数日前と比べ、体を襲う熱はそこまで高くない。
数日前からアブラゼミの鳴き声も小さくなり始め、真夏と比べると、数分の一程までに減っている気がする。
自然と夏が終わりつつある事を実感し、寂しく、何とも言えない気持ちになる。
「……そう言えば、まだ夏祭り行ってないな」
「確かに、今年はまだやなー。来週あたりに行くか!」
ポツリと呟いた言葉に、聞き覚えのある声が反応してきた。
仰ぐのをやめ、顔を元の位置へと戻すと、約束した幼馴染が一人立っていた。
彼は徐に財布を取り出すと、慣れた手つきで自販機を動かし、一つのアイスを入手した。
彼に促される形で俺も自販機を動かすと、普段と同様のチョコレートアイスを手に取った。
これまた普段と同様に慣れた手つきで紙を剥がすと、小さくアイスに噛り付く。
数日前と比べて気温が低くなったからか、以前に比べてそこまでの美味しさは感じ取れない。
それでも少しずつ食べ進めていき、アイスが半分程になった頃。
本題に入るべく、長く続いていた日常会話を止め、重い口を開こうとする。
しかし、開かない。今まで秘密にしてきたことを話す。
それも、話したところで信じてもらえない可能性が高い話。
心の中で話そうと決心しても、体が素直に従ってはくれないのだ。
そんな時、意外にも彼の方から話が切り出された。
「……そう言えばさ、お前ら少し前行方不明になってたじゃんか。お前ら何やってたん?」
「……え、まあ、いろいろとな」
「家出してたってお前の親からは聞いたけど、本当は違う理由じゃないのか?お前らが家出なんで、するわけないだろ。……夏休み前から様子おかしかったけどさ、何か関係あるのか?」
「…………」
怒涛の質問攻めに、思わず言葉に詰まる。
何から話せばいいのか、今一考えが纏まらない。
「俺もここ数日でいろいろ考えたんだよ。お前らが何してんのかとか、俺はどうすれば良いのかとか。けど、分かんなかったんよ。……だからさ、何が起きてるか教えてくれよ。俺達の仲だろ?ずっと一緒にいるだろ!なあ、俺の事を少しは頼ってくれよ!」
「高弘……」
俺達が悩んでいたの同時に、彼も悩んでいたのだろう。
恐らく、彼は内心で気づいていた。俺と鈴鹿が何かを隠し、裏で動いているという事を。
それについて、自分にだけ言ってくれない事に悩み、何をしているのか考えていたのだろう。
俺達は彼が大切だからこそ、巻き込みたくないと考え、話さずにいた。
しかし、逆にそれが彼にとっては悩みの種になってしまっていたのだ。
それに気づかないとは、幼馴染失格なのかもしれない。
俺は一度大きく深呼吸をすると、彼の目を見る。
真剣な彼の眼差しに鼓動を高めながらも、こちらも真剣な眼差しで言葉を放つ。
「……今から、俺達が体験したことを全部伝えるけど、信じてくれるか?あと、そこまで驚かないでくれるか?」
「信じるに決まってんだろ。この状況で嘘をつかない事くらい分かるわ。それに、驚きもしねえよ。大体は想像できてるからな」
彼の言葉を聞き、軽く胸をなで下ろすと、ゆっくりと説明を始める。
この夏、俺達が体験してきたことを、今起こっている事を、子供に読み聞かせるときの様にゆっくりと、分かりやすく伝えていく。
鈴鹿の異変に気付き、鈴鹿が別の鈴鹿であると知った時の事。
並行世界や神隠しについて調べ、神主と出会った時の事。
別の鈴鹿との騒がしくも楽しかった思い出の事。
失敗はしたが、少しは進むことが出来た実験の事。
突然世界を移動し、別世界の自分達と出会った事。
そして、彼女たちの身に起きた真実を知った時の事。
全て、包み隠さずに伝えた。
全てを伝え終えたその時。
目の前の彼は、共に過ごした十数年間の中で一度も見た事がないような驚愕に満ちた顔になっていた。
開いた口は塞がっておらず、両目は限界まで開いており、手足は小刻みに震えている。
これが数分前、驚かないと言っていた者の顔には見えない。
数十秒間の沈黙が続いた末に、彼は自らの頬を全力でビンタした。
その後、独り言を呟きながら周辺を歩き回ったかと思うと、目の前で止まり、一言。
「……ガチ?」
「ガチだよ。嘘つかない事くらい分かるんじゃないのかよ」
「いや……まじか……まじなんだよな。ドラマとかの話じゃないんよな。うん……ええ……うううううんんん……」
彼は考えるような仕草をしながら、再び周辺を歩き始めた。
一、二分間歩き続けたかと思うと、またしても目の前で止まり、言葉を絞り出した。
「……分かった。信じるわ。並行世界の事も、鈴鹿の事も。信じられないけど信じる事にするわ」
「やっとかよ。お前驚きすぎだわ」
「そりゃあ、驚くに決まってる。最初からお前らを怪しんでなかったら、普通に信じてないわ。……まあ、分かったは分かった。それで、今の問題はもう一人の鈴鹿を助けるかどうかって話だろ」
「ああ。お前はどうすれば良いと思う?」
「……いや、それ俺に聞くのか?話してくれたの嬉しいけど、話聞いた感じ、お前自身が決めるべきなんじゃないん?」
「……それはそうなんだけどさ」
自分で決めなくてはならないという事は分かっている。
鈴鹿から話を聞き、現状を把握した。
どうするべきか一人で考え、行動を起こした場合、どのような結果になるのかも想像した。
俺がどの選択を取るのが、もう一人の鈴鹿や並行世界にとって良い事なのかも考えた。
考えて考えて考えた結果、どうするべきか分からなくなった。
俺自身、自分がすべきことを理解することが出来ずにいるのだ。
暫く黙り込んでしまった俺を見かねて、再び彼の方から言葉を放った。
「なあ、聞いてて思ったんだけどさ、もう一つの世界の鈴鹿って、鈴鹿って言えるのか?」
「……え」
「いや、見た目とか、記憶が同じなのは分かるよ。けどさ、お前らが別の世界にいた時、同じ世界に二人の鈴鹿がいたって事だろ。それおかしくね?二人同じ人間がいるなんてことあるのか?……いや、並行世界だからあるのか?訳わからんくなって来たわ」
「……いや、お前の言いたいことは分かるよ。てか、似たような事を何度か考えてきた」
もう一人の鈴鹿は鈴鹿と言えるのだろうか。
いや、鈴鹿だけじゃない。並行世界で出会ったもう一人の俺の事を、もう一人の俺であると決めつけていた。
しかし、本当に彼は俺と言って良いのだろうか。
見た目は同じ。大体の記憶は同じ。秘密や、思っている事も同じ。
ただ、それでも本当に自分と同じであるといえるのだろうか。
恐らく、これを考えていたのは俺だけではない。
もう一人の俺や、もう一人の鈴鹿。もしかしたら、本当の鈴鹿も考えていたのかもしれない。
ずっと、ずっと考えてはいたのだ。
俺達は同一人物なのか。並行世界の幼馴染は、幼馴染と呼べるのか。
全く同じ人間が二人いるなんてことがあって良いのか。
ずっと、ずっと、考えてはいた。それでも、知らないふりをしてきていた。
深く考えないようにしてきた。
深く考え、答えを出してしまえば、何かが変わってしまう気がしていたから。
しかし、ついに考えなくてはならない時が来た。
もう一人の鈴鹿は、俺の幼馴染と言って良いのだろうか。
俺の友達と言って良いのだろうか。鈴鹿と言って良いのだろうか。
「……なあ、そもそもとしてさ、一人の人間を一個人として判断する上で、一番大切な事は何だと思う?」
「え、何そのむずい質問。……やっぱ一瞬で判断できるし顔じゃね?……いや、性格も……いやけど……お前はどう思う、尚也。お前は何が大切だと思う?」
「そうだな。俺は……」
俺は……どう思う?
一目で判断できることを考えると、顔が一番大切。
いや、大切と言えば内面。性格が一番ではないのだろうか。
いやいや、欠かせないのは記憶。記憶が無ければ、その人は構築されないのではないだろうか。
顔、性格、記憶。簡単に思いつくものと言えばこの辺り。
だとすれば、並行世界の俺と俺は同一人物と言える。
顔は同じ。性格も変わらない。記憶も大部分が同一。
それならば、俺も、高弘も、鈴鹿も、並行世界と同様の人物であると言える。
顔、性格、記憶のいずれかが最も大切ならばだが。
本当にそれらが最も大切なのだろうか。
本当に、それらが最も人を人たらしめる要因なのだろうか。
俺は……本当にそう思っているのか。
……いや、違う。
もしそう思っているのなら、並行世界の自分と俺が別人であるなんて考えないはずだ。
俺はどう思ってるんだ……俺は……俺は……。
「なあ、高弘。今年の年始に羽根つきしたの覚えてるか?あれ楽しかったよな」
「え、ああ、そうだな」
「今回の数学の宿題難しくね?終わる気がしないわ」
「え、まあ、分かるわ。けど、それがどうしたんだよ」
「分かったよ。先に言っておくけど、これは俺の勝手な考えだ。……人間を一個人とする上で一番大切なのは……経験だ。顔や性格じゃない。記憶ってのともちょっと違う。ここまでの、生きてきた道筋的な奴だ」
「道筋?」
「ああ……」
経験。これまでの道筋。
それが俺の出した結論だ。
並行世界の俺と出会って分かった。
確かにもう一人の俺は顔が同じで、性格も、記憶も同じだ。
しかし、完璧に同じだとは思わない。
上手く言葉で表すことは出来ないが、確実に違うのだ。
馴染みの店でラーメンを食べた記憶。
水族館で遊んだ記憶。
悩み、考え続けた記憶。
確かに、出来事に関する記憶については同じかもしれない。
しかし、そこで感じた何かはそこで得た何かは確実に違うはずだ。
そこで得た、小さな経験と言うのは確実に違うはずだ。
一つ一つの小さな経験。
ほとんど変わらないかもしれない、小さな経験。
大したことはない物かもしれない。ほとんど同じかもしれない。
しかし、間違いなく俺だけが経験した、小さな経験。
そんな小さな経験が集まってできた俺の人生。
俺のこれまでの道筋。それは俺だけの物。
いくら俺と似ていたって、そいつは俺とは別の道を歩いてきたはずだ。
俺達は歩いてきた道が、道筋が。そして、経験が違うんだ。
「……それが俺の答えだ」
「なるほど。……良く分かんなけど、良い感じにまとまったなら良かったよ」
「良かった……のかな」
俺ともう一人の俺は違う。
この結果に至ったという事は、この世界の鈴鹿ともう一人の鈴鹿も違うという事になる。
つまり、彼女は俺にとって幼馴染ではない。
それどころか、友達でもないのかもしれない。
深く関わった事のない、人物なのだ。
「……で、どうするんだ?」
「どうするって?」
「鈴鹿の事だよ。助けるのか?」
「……結果的に、もう一人の鈴鹿は俺の知ってる鈴鹿とは違った人間なんだ。幼馴染でも、古くからの友人でもない。助ける義理も、そこまでする理由もなくなったんだよ」
「確かに、まあ、最近知り合っただけの他人になるかもな。それで、お前はどうしたいん?」
「俺は……俺は……」
改めて、思考を巡らせる。
自らの考え方を纏めた上で、改めて考える。
そして、考えが纏まる前に、一つの感情が、口を突いて出ていた。
「……助けたい。俺は助けたいよ。……もう一人の鈴鹿は幼馴染じゃない。古くから知ってるわけでもないし、鈴鹿の偽物なのかもしれない。だけど……あいつと過ごした日々は本物だった。あいつと過ごして得た経験は無くならない!深い関係がないからって、見捨てられない。あいつももう、大切な存在になってるんだ。俺は助けたいんだよ!」
様々な感情が入り交じる中、心の底から出た本音。
考えに考えを繰り返し、自らを証明する上で最も大切な者を導き出した。
その上で、結論として出した、心の底からの言葉。
「……ったく、半泣きで叫びやがって。そりゃあ、そうだろうな!お前は誰よりも優しいんだから、そうするに決まってる!じゃあ、助けよう!もう一人の鈴鹿を!秋元鈴鹿を!」
「ああ……ああ!」
自らの考えをすべてさらけ出した。
そして、一つの答えを出した。
幼馴染であろうが、無かろうが。
鈴鹿であろうが、無かろうが、俺は彼女を助ける。
これが心の底からの本音。
溶けつつある残りのアイスを一気に口へと放り込むと、目を擦ったのちに、覚悟を決めた。
その時のアイスは非常に甘く、何とも言えない最高の味だった。
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