第20話国語教師と神隠し

「……とは言ったもののだ。どうやって、鈴鹿を助ける?そもそもとして、もう一つに行く方法すら分からないんやろ?」


「それなんだが……向こうの世界で気を失う前。ギリギリの所で方法を知ってるかもしれない人を見つけたんだ」


「知ってるかもしれない人?それって例の神主か?」


「いや、違う人だ。お前も少しは知ってる人だよ。時間的にも今ならいるかもだし、今から会いに行くか」


「今からって、もう夕方だぞ?腹減ったし、今日は飯行って、明日じゃ駄目なん?」


「そうしたいのは山々だけど、向こうの状況が分からないし、出来るだけ急ぎたいんだよ。とりあえず行くぞ」


 それだけ告げると、秘密を知っている可能性がある人物の元へと向かい始める。

 その人物が怪しいと思ったきっかけは、並行世界での最後の出来事。

 その人物は、この世界では教師をしている。

 少し変な所もあるが、大部分は普通などこにでもいる一般教師。

 毎日眠くなるような授業を行い、テスト期間では多少勉強すれば高得点を取れるような問題を出題する一般教師。

 

 二つの世界の共通点から考えれば、並行世界でも一般教師でなくてはならない。 

 しかし、彼は並行世界において、教師と言う職業についていなかった。

 彼が並行世界でついていた職業は……警察官。

 そう、並行世界で俺を取り押さえた警官の一人に、例の教師と全く同じ見た目の人物が混じっていたのだ。

 ハッキリ言って、違う職業についていると分かったのは偶然。

奇跡ともいえるかもしれない。どちらにせよ、ラッキーだ。

今日、彼と話、知っている事をすべて聞き出す。

そして、彼女を救い出す。


 急ぎ足で向かったからか、日が暮れる前に目的地である学校に到着した。

 未だ例の人物を断定できずにいる彼を連れながら、歩きなれた廊下を歩き、普段と変わらない階段を駆け上がる。

 そして、二階扉をノックしたのちに、彼がいるであろう職員室へと入室する。

 軽く職員室を見渡し、彼が作業をしているのを確認すると、クラス及び氏名を発言したのちに、彼を呼び出す。


「現代文教師の……稲葉先生はいらっしゃいますか?」


 自らの名を呼ばれたことに気づくと、作業を中断し、俺達の元へと向かって来る。

 夏なのにも関わらず、長袖スーツを身に着けた丸眼鏡が特徴的な男性教師。

 俺達には様々な物語を通し、現代文を教えている。

 何の変哲もない、一般教師。

 彼は目の前まで来ると、一切表情を崩すことなく口を開く。


「はい。何か用かな?」


「えっと……夏休み前にやってた現代文の内容で分からない所がありまして……」


「夏休み前の事を今?……まあ、分かった。どこが分からないんだ?」


「あ、資料も交えて考えたいんですけど、図書室までついて来てくれませんか?」


「……仕方がない。分かった、ついて行こう」


 彼が快く同意したのを確認すると、後ろに彼と動揺を隠せていない隣の幼馴染を連れ、図書室へと歩き始める。

 その間、俺達に一切の会話はなく、何とも言えない気まずい空気が周囲を覆いつくしている。

 そんな状況からか、緊張からかは分からないが冷や汗を掻きながらも、横目で彼の顔付を確認する。


 間違いない。近距離で確認し、確信に変わった。

 並行世界で最後に目にした警官は間違いなく稲葉先生と同一人物。

 そうなれば、彼が何かを知っている可能性も十分にある。

 問題はどうやって、彼から情報を引き出すかだ。

 正直に聞いて、彼が協力してくれるとは言い切れない。

 悪い人でない事は分かってはいるが、裏がないとも言い切れない。

 

 彼から情報を聞き出す方法を考えていると、あっという間に図書室に到着した。

 緊張しながら扉を開けると、体を癒す涼しい風が中から漏れ出してきた。

 その涼しさに幸せを感じながらも、すぐさま冷静を取り戻し、室内へと入って行く。

 室内には図書室の管理者が二名いるだけで、一般生徒は一人としていない。

 夏休み真最中であるため当然と言えば当然だが、人がいない図書室には何とも言えない感情を抱いていると、無言でついて来ていた彼から口を開いた。


「して、聞きたい所とはどこだ?」


「あ……えっとですね……」


「あ、先に俺から良いっすか?ここの神隠しに会ったヒロインと出会った時の主人公の気持ちなんすけど……」


 質問内容を考えていなかった俺を助けるように、高弘の方から質問を切り出した。

 心の中で彼にお礼を言いながら、彼から情報を聞き出す方法を考える。


 真正面から聞くか?

 いや、もしも彼自身が情報を伝えたくなかった場合、その時点で彼から情報を聞き出すのが不可能になってしまう。


 それならば、それとなく聞き出すか?

 簡単に言うが、一体どのようにそれとなく聞き出すというんだ。


 頭をフル回転させるが、良い案は降りてこない。

 ふと、顔を上げると、高弘が質問を出し切り、焦り始めているのが目に映った。

 それと同時に、現代文の教科書が目に映り、直近の授業の内容を思い出した。


「あの、稲葉先生。俺からも一つ良いですか?」


「なんだ、どこが気になる?」


「……この話で、ヒロインは神隠しに会って、神の世界に行ってますよね。もしも、本当に神隠しで神の世界に行くとしたら、どんな方法で神の世界に行くと思いますか?」


「世界を移動する方法か……」


 急遽考えたにしては、中々に良い質問だと思う。

 授業で扱ったのは、神隠しに纏わる小説。

 神隠しにあったヒロインを主人公が探し出すという物語。

 小説ではヒロインが神の世界へ移動していたのだが、世界を移動しているという点においては俺達の現状と少し似ている。

 二つの共通点を利用した、良い質問。

 

 彼は少し悩む様な仕草をとると、深くため息をついた。

 そして、予想外の言葉を放つ。


「……回りくどいな。図書館の本のページを破ったのは俺だ」


「……え」


 突然の告白に、思わず呆然としてしまった。

 まさに急展開。図書館の本のページと言うのは、二つの世界にて、別方法でページが消えていた、例の本の事だろう。

 その本のページを破ったのが自分であるという告白。

 つまり、二つの世界の事を知っていて、詳しい秘密も知っているという事。

 彼が秘密を知っている人物であるという事実と、俺達が本の事を理解していた事を知っていたという謎。

 予想外の事態に、言葉が見つからない。


「……中島さんから、何となくの話は聞いた」


「中島さんって……神主の?」


「ああ……悪いが、俺は何も話すつもりはない」


「え……いや、ちょっと待ってください。……あの、察するに全部知ってるんですよね。だったら、世界を移動する方法を教えてください。お願いします!」


「……何故、そんな事を聞きたい?」


「……大切な幼馴染が、もう一つの世界で大変な目に合ってるんです。……彼女を助けたい。だから、お願いします」


 彼は再び深くため息をつくと、付近の席に腰を下ろした。

 軽く頭を掻くと、足を組み、俺達へと冷たい目を向けてきた。


「……くだらないな。友情か、恋心かは知らないが、そんなもののために動いた所で物事は良い方には転がない。高校生一人に何が出来るというんだ」


「いやいや、高校生でも出来る事はあるやろ。尚也だって、ここまで色々頑張って来たんすよ。なんも知らないくせに……」


「何も知らないのは君の方だろ。中島さんの話では、世界移動に君は関わってないはずだ。何故関わってくる」


「そりゃあ、そうっすけど、俺は二人の友達だ。関わらないわけにはいかないでしょ」


「友情か?しょうもないな。……一つ、話をしよう」


 彼はそう言うと、一つの話を始めた。

 それは、二人の高校生の物語。

 二人は非常に仲の良い、中学生からの友人だった。

 片方は友達思いの心優しき女子高生。もう片方は行動力のある男子高生。

 二人は親友以上恋人未満の関係であり、毎日の様に言葉を交わし、毎週のように遊びに出かけていたそうだ。

 彼らは騒がしくも楽しい、そんな学園生活を送っていた。

 

 そんな時。彼らの目の前に、女子高生と全く同じ見た目の女子高生が彼らの目の前に現れた。

 話を聞いた所、彼女は並行世界から来たらしく、並行世界の女子高生との事。

 何でも、並行世界で鳥居を潜った次の瞬間。気が付けばこの世界にいたらしい。

 心優しき女子高生は、同じ見た目の彼女を助けるべく、元の世界へ戻る方法を探し始めた。

 男子高生は女子高生に協力する事で、間接的にもう一人の彼女を助けようとした。

 様々な文献を通し、調べ上げた結果。世界を移動する方法を見つけだす事に成功した。

 すぐさま、行動に移し、男子高生を含めた三人は並行世界へと移動する事に成功した。

 本当にその世界が女子高生のいた世界なのか、確かめるために多少世界を調査した。


 その時、一つの事件が起きた。女子高生ともう一人の女子高生が一緒にいる所を両親に見つかったのだ。

 当然、誤魔化すように嘘をつくが、数日間行方不明になっていた彼女の嘘を両親は信じる事はない。

 彼女の両親は毒親だったらしい。このまま女子高生の正体がばれた場合、ただで済むとは考えにくかった。

 彼女達はその場から逃亡した。雷雨の中、男子高生達は神社へと駆け出した。

 次第に雨は強くなっていき、十数メートル先の景色は全く見えない程になっていく。

 足元も悪くなり、思うように進むことが出来ない。そして、それは車も同じだった。

 

 事故だった。雨でスリップした車に撥ねられ、男子高生の友達である女子高生が死んだ。

 そして、女子高生を並行世界に連れてくる原因となった、もう一人の女子高生は責任を感じ、自殺した。

 結果。女子高生二人はこの世から姿を消す事になり、男子高生は一人、後悔しながら元の世界で暮らす事になった。

 

 数分かけた話が終わると、周囲は静寂に支配された。

 彼は丸眼鏡を取ると、眼鏡拭きで軽く汚れを取る。

 再び眼鏡を付けたかと思うと、呟くように話を続ける。


「……情で動いた所で、物事が変わるかは分からない。それどころか、全てが悪い方に行く事もある。それでも本当に助けたいと思うか?本当に力になりたいと思うか?」


 彼の疑問への答えが出ず、思わず口を噤む。

 隣の幼馴染も同じなのか、彼も黙り込んでしまっている。 


 恐らく、今の話は先生本人の話。

 彼は女子高生を救うべく、動き、真実まで辿り着いた。

 しかし、その結果二人の女子高生を失う事になり、全てが無駄になった。

 それ所か、大切な者を失った。俺に置き換えれば、二人の鈴鹿を失う。

 考えたくもない。最悪の気持ちだっただろう。


 ……彼の発言は事実なのかもしれない。

 俺が動いた所で、何も変わらないかもしれない。

 良い方に向かわず、逆に最悪な結果を迎えるかもしれない

 その可能性を完全に否定をすることは出来ない。

 しかし、それでもだ。それでも動かなくてはならない。

 心の奥底で決心したのだ。自分の気持ちに従うと決めたのだから、ここで折れるわけにはいかない。


「確かに、俺が動いた所で、良い方向に動くとは限らないし、最悪の結果を迎えるかもしれない。……それでも、俺は助けたい。ここで諦めて、鈴鹿の事を見捨てることは出来ない」


「……そのせいで、お前の救いたい奴らが死ぬとしてもか?」


「いや、死なせない。絶対に、何があろうと死なせない。誰一人として、不幸にはさせない。そのために、俺が動くんだ。目指すは全員が幸せな世界だけだ」


「高校生如きに、それが出来るとでも?」


「……俺一人じゃ無理かもしれないです。だけど、俺には他の人達が付いてます。もう一人の俺や、二人の高弘。もし、稲葉先生が協力してくれるのなら、先生だってついてることになる。そうなれば、絶対に出来ます!」


「そうっすよ!何を言われようが、俺は尚也に協力します。ただの情でね!何たって、俺達は親友だからな!」


「……くだらないな。後悔する事になるぞ」


「後悔はもうしました。これ以上……後悔はしません!」


 そうだ。後悔は既にした。

 鈴鹿の気持ちに気づけなかった事。

 高弘の事を最初から頼らなかった事。

 鈴鹿の事を助けられなかった事。

 後悔は出来るだけした。これ以上の後悔はない。

 後はただ進むだけだ。


 強い気持ちを胸に持ち、彼の事を強く見つめる。

 そして、再び深く頭を下げる。

 心の底から言葉を放ち、秘密を教えてくれるよう懇願する。

 只管、二人でお願いを繰り返す。

 彼は深くため息をつくと、徐に立ち上がり、椅子を元に戻した。

 神妙な趣をしたかと思うと、小さく呟いた。


「……人はそう簡単には変われないな」


「……え?」


「悪いが、中島さんとの約束があるんだ。教えることは出来ない」


「そんな……」


「……全くもって、無駄に時間を使わされたな。おい、無駄に時間を使ってやったんだ。俺の代わりにこのゴミでも捨てておけ」


 彼はそう言いながら丸められた一枚の紙を放り投げた。

 独特な触り心地の髪を開くと、そこには例の書物の続きのページと思わしき内容が書き綴られていた。

 俺と幼馴染は顔を見合わせると、前を向き、深く頭を下げた。


「本当に……ありがとうございます!」


「何がだ。……もう日が暮れる時間だ。生徒はさっさと帰るんだな」


「はい!ありがとうございました!」


 俺達は全力で答えると、図書室を飛び出し、廊下を駆けだした。

 情報を手にした事による嬉しさで、思わず足の速度も上がっていく。

 

 ついに……ついに手にした。

 稲葉先生の言動から察するに、ここに書かれている内容を読み取れば、並行世界への行き方が分かるはずだ。

 これで世界を移動できる。これで鈴鹿を助けに行ける。

 心は踊り、自然と感情が高ぶっていく。


「尚也やったな!これで……」


「ああ、これで助けに行ける。やるぞ……やるぞ、高弘!」


 俺達は喜びを分かち合いながら、階段を駆け下りていく。

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