第21話神主と俺のエゴ
床に置かれた愛用バックを手に取ると、慣れた手つきで中身を確認する。
確認終えると、暫く帰らない事を親に伝え、玄関へと足を運ぶ。
履きなれたスニーカーの紐を結ぶと、いってきますと一言残し、家を出た。
外は未だ暑さが残るが、数日前と比べると数倍過ごしやすい気温に落ち着いている。
軽く伸びをした後に、何度も通った道を歩き始める。
数分間足を動かすと、見覚えのある女子高生が見えてきた。
彼女は俺と目が合うと、優し気な笑顔を浮かべ、こっちへ駆け寄って来た。
「おはよ、尚也!……今日、行くんだよね?」
「ああ、まあな」
俺は今日、再び並行世界へ行く。
もう一人の鈴鹿を助けるため、鳥居を潜り、並行世界へ行く。
稲葉先生から貰った紙を解読する事により、並行世界への移動方法は判明した。
鈴鹿に冤罪が掛かった事件の真実も調べ上げた。
後は……並行世界へ行き、彼女を助けるだけである。
「悪いな急に呼んで。……一応伝えとこうと思ってさ。俺は自分の意思で鈴鹿を助けに行く。俺自身が助けたいからだ」
「うん。尚也がそうしたいなら、良いと思う!……本当の所、あたしも助けに行きたいけど、あたしが行ったらいろいろまずいだろうしなー。……尚也、もう一人のあたしをお願いね!あたしを……助けてね!」
「おう、任せろ!それじゃあ……行ってくる!」
「うん、行ってらっしゃい!」
彼女場満面の笑みを浮かべながら、俺の背中を強く押した。
俺は笑顔で答えると、前を向き、神社へと歩き始めた。
歩きなれた住宅街。見慣れた景色。
不思議と、今日は普段とは違うように感じる。
全てが見当たらしく、俺を応援しているようにも感じる。
気分は上がり、自信も沸いてくる。
そして、数分歩いたのちに神社に到着した。
周囲を見渡すが、そこに高弘の姿はない。
時間を確認し、少し早く来すぎた事を把握すると、一先ずは涼しい所に腰を下ろそうと木陰へと足を動かす。
その時、聞き覚えのある声がした。
そこにいたのは、一度だけ直接会ったことがある老人。
この神社の神主である、中島さんだった。
「……久しぶりですね。高橋さんですよね?少し……話をしませんか?」
「中島さん……良いですよ。話をしましょう」
軽く答えると、俺は彼に連れて行かれる形で、彼の家へと向かった。
大量の雑草が生え茂っている庭が付属している古い木造建築。
以前と何一つとして変わらない彼の家。
一言の会話もないまま、彼の家に到着すると、以前に訪れた時と同様の部屋に案内された。
彼は以前と同様に緑茶を一杯差し出してきた。
「新しく仕入れた緑茶です。どうぞ」
「どうも。…………それで、一体何の用ですか?」
「……時が過ぎるのは早いですね。稲葉君と知り合ってから、ここまでの時間が経っていたとは。……単刀直入に聞きます。君は今日、世界を跨ぎ、移動しようと考えていますね」
「……はい。やっぱり……知っていたんですね」
やはり、俺達の予想は当たっていたようだ。
彼は二つの世界について知っている。
言い方から察するに、相当前からだ。
「そうですか。……一つ聞いても良いですかな、何故、君は並行世界へ行こうとするのですか?二人の秋元さんはそれぞれの世界に戻った。最初の目的は達成できたはずでしょう」
「……確かにそうです。だけど、目的が変わったんです。もう一人の鈴鹿を助けたい。だから……」
「何故です?秋元さんはあなたのすぐそばにいるでしょ。あなたが共に時間を過ごしてきた幼馴染は戻って来た。すぐそばにいるのですよ。それなのに、もう一人の秋元さんを助ける必要なんてありますか?秋元さんは一人で十分でしょう」
「俺は……幼馴染の鈴鹿と、もう一人の鈴鹿は別人だと思うんです。確かに見た目とかは同じです。だけど、鈴鹿自身が経験してきたものは……その道筋ってのは二人で違う。その時々に感じた感情は少しかもしれないけど、違うと思うんです」
これは俺の導き出した答え。
高弘と話し、見つけ出した、俺の心の底からの本心。
二人の鈴鹿も、二人の俺も、二人の高弘も、全員が別人。
見た目や記憶が同じでも、その時に経験した感情が違う。
それまで歩いてきた道筋が違う。
だから、並行世界だろうが、何だろうが、俺達は全員違う、一人の人間だ。
「……なるほど。それも一つの考え方なのかもしれませんね。しかし、それならば尚更です。幼馴染でないのなら、出会って数週間しか立っていない秋元さんを助ける筋合いはないはずですよね」
「確かに幼馴染ではありません。それでも……彼女と一緒に培ってきた時間は本物なんです。彼女と過ごし、仲良くなって、このまま見捨てられないと思った。だから、助けるんです」
「理解出来ませんね。……それでは、もしその行動によって、並行世界が壊れてもですか?」
「……え?」
突然の想定外な言葉に、思わず動きを止める。
そんな俺を一切気にすることなく、続けて言葉を放つ。
「考えても見てください。ここであなたが秋元さんを助ければ、並行世界の事実というのが変わってしまうのです。秋元さんが警察に捕まり、そのまま少年院へいく。これが並行世界での現実なのですよ。真犯人が捕まるのはこの世界の現実。分かりますか?あなたが何をしようとしているのかが」
「…………」
何となく、彼の言いたいことが理解できた。
この世界と並行世界は非常に似ている。しかし、並行世界は並行世界。
二つの世界は似て非なるものなのだ。
この世界では例の事件で老人を殺したのは主婦であるというのが事実。
しかし、並行世界では老人を殺したのは女子高生であるというのが事実。
それぞれの世界の事実は異なっており、その事実がそれぞれの世界の歴史となっている。
これに俺が干渉し、鈴鹿を助け、事件の真相を暴く。
これはつまり、並行世界の事実を、その歴史を破壊する事になる。
考えようによっては、並行世界を壊す事になってしまう。
正直な話、学生である俺にはどれだけ大変な事なのか、何となくでしか理解できない。
ただ、世界規模で見た場合、俺が良くない事をしようとしているという事だけは、明確に理解できた。
一人の友達を助けて、一つの事件を解決するために、異なる世界に深く干渉する。
その結果、何が起こるのか分からないのにも関らずだ。
世界規模で考えれば、絶対に良い行動とは言えないだろう。
それでも……。
「……それでも、俺は助けます」
「……理解していないようですが、今あなたが世界に与える影響は、あなたが思っている以上に大きいのですよ」
「それでもです。正直、いきなり壮大過ぎて詳しくは分かりません。ただ、俺が動いたら世界が変わってしまい、結構大変な事になる事は理解出来ました。それでも……それでも俺は助けますよ」
「高橋さん。あなたは……」
「中島さん。俺は良い人じゃないんですよ。皆を守るヒーローとか、悪を倒す勇者とか、そう言うんじゃ俺はないんです。俺はただ、大切な友達を助けたいから助けるだけなんです。ただ、俺の自己満のために動くだけなんですよ。どちらかと言えば、自分のために動く悪い奴なんです。だから……俺は好きなように鈴鹿を助ける。世界なんて、知った事じゃない!」
「正気とは思えませんね」
「そうかもですね。認めたくないのなら、認めなくて良いですよ。俺はただ……俺がしたいようにするだけです。分かり合えないのなら、邪魔されようが、無理矢理にでも助けるだけです!」
自分でも、相当異常発言である事は理解している。
簡単に言えば、一つの世界の安定と一人の友達を天秤にかけた結果、友達を選ぶような物だ。
普通に考えて、頭のおかしい行動だろう。
しかし、知った事ではない。俺の中では世界よりも友達一人の方が大切だ。
これが俺の今までの道の中で見つけた、俺の考え方だ。
何を言われようが、この考えは変わらない。
「……それじゃあ、俺は行きます。邪魔しても良いですけと、乗り越えていきますからね」
「全くもって……」
俺は彼の言葉を最後まで聞くことなく、立ち上がり、緑茶のお礼を告げたのちに部屋を飛び出した。
スニーカーを急いで履くと、急ぎ足で家を出る。
腕時計に目をやると、時計の針は18時を指している。
想像以上に時間を使ってしまったことに焦り、神社へ行こうと一歩踏み出したところで、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返ると、そこには自転車に乗った高弘が全速力で俺の元へと向かって来ていた。
「お前、こんな所にいたんか!何やってるんや、時間は限られてるんやぞ!」
「悪い高弘、いろいろと話してたら時間忘れてた」
「……ったく、後ろに乗れ。神社まで連れてくぞ」
彼に促されるままに後ろに乗ると、彼は勢い良くペダルを漕ぎ始めた。
流石は学年屈指の運動能力の高さ。自転車は高速で動き始め、神社へと一直線に向かって行く。
陽は次第に落ちていき、空は橙色に染まっていく。
時間が迫りつつあることに焦りながらも、彼を信じ、出来る限りの準備を整える。
稲葉先生からの紙を読み取り、今現在判明している世界を移動する方法は三つある事を知った。
一つ目の方法は、二つの世界の同一人物が、別の世界に行きたいという強い気持ちを持った状態で、同時に例の神社の鳥居を潜る。
そうする事により、二人は入れ替わり、それぞれの世界へと移動する事になる。
鈴鹿達が世界を移動するに至った原因はこれだ。
当時、この世界の鈴鹿は部活の大会へのプレッシャーに少しではあるが悩んでおり、別の世界へ行き、プレッシャーから解放されたいと考えていたらしい。
もう一人の鈴鹿は別世界に行き、警察や罪から逃げたいと考えていた。
そして、偶然そんな二人が鳥居に触れたのだ。
二つ目の方法と言うのは、特殊な人物が世界を渡る扉を開ける。
特殊な人物。書物では神の世界を守るものと書かれていた。
その内容から察するに、恐らくは神主の事。
中島さんが二つの世界の事を知ってる事を考えると、確定で良いだろう。
そして、三つ目の方法は……空が橙色に染まった頃、二つの世界の同一人物のうち、片方が世界を移動したいと願い、もう片方がこの世界に来てほしいと願い、同時に鳥居に触れる。
そうすることにより、移動したいと願った者はもう一つの世界へと移動する。
今回利用するのは、三つ目の方法。
この三つ以外にも方法はあるのかもしれないが、新たな方法を見つけるよりも、判明している方法を利用する方が、世界を移動できる可能性が高いと考え、三つ目の方法を選んだのだ。
問題があるとすれば、もう一人の自分と意思疎通を図れないという点。
もう一人の俺が世界を移動する方法に気づいているのか。
そもそもとして、俺の事を着てほしいと願っているのか。
正直、もう一人の俺の現状が分からない以上、客観的に見れば失敗する可能性は大いにある。
しかし、不思議と俺自身は大丈夫な気がしてならない。
何か理論に基づいていたり、証拠があって思っている訳ではない。
ただ、俺ならばやってくれると思っている。
これは一応は同一人物でもある、俺だからこそ分かる。
俺ならきっと、大丈夫なはずだ。
「おい……つ、ついたぞ……」
思い耽っているうちに、俺達は神社に到着したようだ。
自転車を漕いでいた彼は全力で漕ぎ続けていたからか、額からは大量の汗が流れ落ち、呼吸も荒いように感じる。
そんな彼を心配しながらも、既に陽が沈みつつある事を考え、荷物を身に纏いつつ、自転車を降りる。
そして、彼に深く礼を言うと、鳥居へと一歩踏み出した。
その時、後ろの彼から心配するような言葉が放たれた。
「ちょ……待てよ。尚也、お前ちゃんと事件の資料は持ったんだろうな?」
「ああ、ちゃんとバックに入ってるよ。それじゃあ……」
「あ、尚也待てって、稲葉先生から貰った紙は持ったか?」
「持ったから大丈夫だよ。それじゃあ、時間も限られてるだろし……」
「……尚也!」
「今度は何だ!?」
「……鈴鹿を頼む」
振り返ると、彼は真剣な表情で、言葉を放った。
今日まで長年一緒に過ごしてきたが、ここまでの表情は初めて見た。
俺はしっかりと彼の目を見ると、軽く笑って、心の底から答えた。
「…………おう!任せろ、絶対助けて帰って来る!」
俺達は最後に強く拳を合わせた。
そして、振り返ると、再び鳥居へと一歩を踏み出す。
一歩、また一歩と階段を駆け上がると、強く地面を蹴る。
右手を伸ばし、勢いよく鳥居を潜っていく。
次の瞬間。覚えのある強烈な衝撃が頭を襲った。
以前と同様に思わず目を閉じ、衝撃が消えた所でゆっくりと目を開ける。
その時、俺の目の前には見覚えのある男が一人立っていた。
軽く笑みを零すと、様々な感情を胸に持ちながら、言葉を発した。
「よう、信じてたぜ、俺」
「それはこっちのセリフだよ、俺」
そして、俺達は目一杯の笑顔で、深い握手を交わした。
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