第22話俺と俺
「……まさか本当に来てくれるなんてな」
「そりゃあ、来るよ。てか、お前も世界の移動方法について知ってたんだな」
「まあな。お前らが元の世界に帰った時に知ったんだよ。それで、俺ならきっと来てくれるって信じて、俺はお前をこの世界に呼ぶべく、お前を呼んでたんだ。……って、順番が違うか」
暫く再会を喜ぶと、彼は真剣な眼差しになり、深く頭を下げた。
そして、周囲に響き渡る声で謝罪の言葉を放った。
突然の出来事に唖然としていると、彼は再び言葉を紡いだ。
「……鈴鹿の事だ。事件の事とか、鈴鹿の現状とか、全部隠しててごめん。鈴鹿に言わないでほしいって言われて、それを素直に聞いてたんだ。本当はお前も知るべき事だったと思う。それなのに、隠しててごめん」
「な……なんだよ、そんな事か。別にいいよ。多分俺でも同じことをしてただろうしな。俺達の仲?なんだから、そんな事で謝んなよ。それよりも、今はすべきことがあるだろ」
「……そうだな。ここに来たってことは、鈴鹿を助けるために来たんだろ。聞いときたいんだが、お前はどこまで知ってるんだ?」
「鈴鹿が冤罪で捕まったって事までかな。この世界での最後の記憶は、警官に抑えられるところまでだ」
「なるほど。それなら、鈴鹿が捕まった辺りからの出来事を話そうか」
そう言うと、彼は知っている事を話し始めた。
あの日、鈴鹿が警官に捕まった日。
あの時、あの場に警官が現れたのは偶然ではなかったらしい。
俺達が家を出る前、鈴鹿が自ら通報し、警官を付近へと呼び寄せたらしいのだ。
この世界に戻って来た頃から、鈴鹿はもう一人の自分に罪を擦り付けた事、俺に嘘をついている事に深い罪悪感を思っていた。
このままでは駄目だと日に日に強く感じていた彼女は、最後に俺と話したのちに、自ら警官に捕まろうと決めたのだ。
そして、俺も知っている通り、彼女は警官に捕まった。
鈴鹿は連行され、今現在は留置所に拘留されているらしい。
一方、警官に確保され、気を失った俺。
気絶した俺は事情聴取のためにも警官に連れて行かれそうになったらしいのだが、とある人物が協力してくれたことにより、神主の家へと連れ帰ることが出来たらしい。
その後、誤認逮捕であったため、一時解放された鈴鹿と俺は、俺を助けてくれたとある人物の手によって、元の世界へと戻されることになった。
その結果、俺は元の世界で目を覚ました。その後の行動は、俺自身が理解している通り。
「……なるほどな。警官は鈴鹿が呼んでたのか。……というか、俺を助けてくれた人って?」
「ああ、それは……」
「それは私だ!」
背後からの声に振り替える。
そこには、着物を身に纏った五十代後半の黒髪男性が仁王立ちでこちらを見ていた。
数日間ではあるが一緒に暮らしていたのだ、顔を見れば一瞬で誰なのか理解できた。
そこにいたのは中島さん。この神社の神主だ。
久しぶりの再会に言葉を交わそうとするが、十数分前の事が脳裏によぎり、反射的に一歩後退りする。
数日間で、良い人であるという事は良く理解できた。
しかし、俺の世界での事がある。
俺の世界の彼は世界移動を行おうとしていた俺を認めず、邪魔しようと行動していた。
話し合いはしたが、互いが納得する結果は得られず、無理矢理この世界へと移動してきた。
もし、彼が俺の世界の彼と同一の考え方の場合、強制的に元の世界へと戻される可能性がある。
彼の本心が分かるまで、警戒を続け……。
「いや、警戒し過ぎだろ!私は地球外生命体か!?」
「……はい?」
「いや……余りにも警戒してたから……地球外生命体を見た時みたいにさ……いや、なんかごめん」
「あ、いや、こちらこそすみません」
「……いや、二人とも何やってんすか。数日間一緒に生活してたんだから、気まずい間柄じゃないでしょうに。……まあ、良いや。おい、俺。お前の事を助けてくれた人ってのは、他でもない中島さんなんだよ。俺が世界移動の方法を知ったのも、彼のお陰だ」
「え、中島さんが!?」
想定外の人物だったため、顔に出して驚いてしまった。
正直な話、敵対し、俺達の邪魔をすることはあっても、友好的な行動するとは微塵も思っていなかった。
良くて、不介入。協力しない代わりに、敵対もしないというのが最善だろうと考えていた。
それがまさか、知らぬ間に助けて貰っていたとは。
しかも、もう一人の俺に世界を移動する方法について伝授していたのも彼だったとは。
ハッキリ言って、理解が追い付かない。
想定外の連続だ。
「でも……なんで俺を助けてくれたんですか。それに、もう一人の俺に秘密を教えたのも、どうして……」
「まあ、それは……いや、そんな話をする前に場所を変えないか?暗くなってきたし、いつまでもここにいる訳にはいかないだろう。お前の事を待っている奴もいるしな!」
それだけ言い残すと、彼は神社を出発した。
続くようにもう一人の俺が動くのを確認すると、念のため警戒を怠る事無く、彼らの後ろについて行く。
時は宵の口。周囲は暗闇に支配され始め、心の中に小さな不安が生まれ始めた頃。
俺達は見覚えのある建物に到着した。そこは、数日前に俺達が居候していた、神主の自宅。
相も変わらず、傷一つない綺麗な木造建築で、俺の世界の神主家との違いを感じる。
神主は扉を開くと、俺達を中へと招待した。
一切遠慮することなく入って行くもう一人の俺に続いていく形で、俺も建物内へと一歩を踏み出す。
建物内も以前訪れた時と大きな変化はない。変化があるとすれば、以前より少し綺麗になったように感じる。
案内されるがままに廊下を進んで行くと、彼らは一つの戸の前で足を止めた。
軽く中の様子を確認したかと思うと、勢いよく戸を開け、室内へと足を踏み入れた。
後に続くと、そこでは鈴鹿とは別の幼馴染がコーヒー片手に寛いでいた。
彼は俺と目が合ったかと思うと、突如として立ち上がり、声を上げた。
「尚也……お前、尚也か!マジで来たのか、待ってたんだぞ!」
「おお、数日ぶりだな、高弘。……中島さんの言ってた、俺を待ってる奴って、お前の事だったのか」
「そう言う事よ!ほら、そこに座布団あるから、そこに二人とも座りな!今、コーヒーを出すからな!」
促されるままその場に腰を下ろすと、久しぶりに訪れた室内を観察する。
以前来た時とと比べ、差ほど変化のない畳の敷き詰められた部屋。
変化した点と言えば、古びれたテレビが追加されたくらいである。
室内にはアロマの香りが漂っており、自然と警戒が解け、落ち着きを取り戻していく。
寛いでいた彼と軽く話をしていると、部屋を出ていた神主がお盆を片手に戻って来た。
俺達に出来たてのコーヒーを手渡すと、古びれたテレビの電源を入れた。
その流れで、テレビで流れている番組の話をしながら、緊張を解きほぐしていく。
少しずつ空気が和らいでいき、約十分ほどの時間が立った頃、神主から口を開いた。
「……さて、和んで来た所で、そろそろ本題に入ろうか。まずは別世界の尚也君。先に、何か聞きたいことはあるかい?」
「そうですね……聞きたい事だらけですよ。まず、神主さんは一体何者なんですか?あの神社は何なんですか?なんで、俺の事を助けてくれたんですか?なんで俺達に協力的なんですか?」
「怒涛の質問攻めだな!……まあ、良いだろう!今日は時間もあるし、ゆっくり話そうか!」
そう言うと、彼は子供に読み聞かせを行う時の様に、優しく答え始めた。
彼は代々、例の神社の神主を務めてきた、歴史的一族の一人らしい。
例の神社が二つの世界を繋ぐ存在になったのは、今から数百年も前。
正確な年は分からないらしいが、恐らくは建造された直後から役割を持っていたと考えられている。
それが神による力なのか、奇跡的に出来た現象なのかは全く分からないとの事。
彼の一族は神社の神主として、神社を管理すると同時に、類似する二つの世界に巨大な変化が起こらないように監視するという役割も持っていた。
その役割に従い、彼は今日まで二つの世界を見守って来た。
そして、その役割の一環として、俺の世界の神主同様、彼も俺達以外に様々な人間が二つの世界を行き来するのを見てきた。
彼らの役割は飽くまで監視。自ら二つの世界を行き来している者達に関わりに行くことはしなかった。
しかし、二人の神主は根が優しい人間なのだ。
その者達から協力を求められた場合は、自らの気持ちに従い、何度もその者達に協力し、最善の結果になる様に彼は行動してきた。
しかし、その結果は一度として良い方向には進まなかった。
必ず誰かは不幸になり、満面の笑みで良かったと言える結果にはならない。
ある時は誰かが死に、ある時は誰かが絶望し、ある時は誰かが壊れる。
二つの世界に関わった者達は必ず何かを失ってしまう。
これは偶然なのか、それとも神による力なのかは分からない。
しかし、何度もそんな結果を見てくると、人と言うのは変わってしまうのだ。
「……大体の状況は理解している。そっちの世界で、そっちの私に邪魔されたんだろ」
「え……まあ……はい」
「……やっぱりか。悪かったな。私もきっと悪意があった訳じゃないんだよ。私達は多くの人達が二つの世界に関わり、悲惨な現状に抗った結果、絶望してきたのを見てきたんだ。絶望する者達を見続けた結果、神は人間の事を何とも思っていない。俺達が何かをしても、神は暇潰しの様にそれを無意味にする。だから……何もしないというのが一番良い選択であると、もう一人の私は考えるようになってな。その考えに則って、尚也君を止めようとしたんだろう。分からないかもしれないが、色々見てきたからな。仕方ない所もある」
「………………」
何も言う事が出来ない。
確かに、現実に抗い続けた結果、最終的に絶望する人達を何人も目にしてきたのならば、抗うのを止めてしまうのだろう。
そんな経験をしていない俺には彼らの気持ちを完璧には理解できない。
それでも、彼の表情から察するに、想像を絶する経験であった事は理解できる。
「……正直な話さ、私もあいつの気持ちは分かる。見てきたからな。分かるが……俺はあいつと違って、簡単には変われなかった」
「……え、変われなかったって……」
「最初はあいつと同じように、本当に何もしない。するとしたら多少邪魔をくらいにしようと考えた。だけどな、お前らを見てて、考えを変えた。友のために、必死に努力する高弘君。そして、二人の尚也君。皆を見て、もう一度だけ、人間の底力を信じてみようと思った。だから、私はお前らに協力する!」
それだけ言うと、彼はニッコリと笑った。
その表情から、全ては彼の本心であると悟ると、彼同様に笑顔で答える。
「なるほど……良く分かりました。中島さんの事も、もう一人の中島さんの事も。……中島さん、俺はあなたを信じます。お願いします、一緒に鈴鹿を助けてください!」
「ああ、任せなさい!そもそもとして、冤罪で知り合いが捕まるのを見過ごすわけにもいかないからな!」
「ありがとうございます!それじゃあ、大体の事は分かったんですけど、」
「一応、とっておきの物がある!まず最初にだな……」
そう言い始めて、彼らは十数分かけて、作戦の説明を開始した。
何でも、俺が元の世界へと戻った直後、彼らは本心で語り合い、鈴鹿を助ける事に決めたらしい。
そして、それから毎日のように話し合い、彼女を助けるための作戦を考えて行った。
そんな、長い時間を掛けて考え付いた作戦。時間を掛けただけあって、その内容は中々にいい作戦だった。
警察内の協力者の力を借り、鈴鹿を外に出す。
その後、俺達が全員協力し、完璧に警官から逃れる。
聞いた感じでは七割……いや、八割の確率で成功し、鈴鹿を助けられる可能性がある。
「……どうだ、俺達の作戦!」
「凄い。確かにこれなら、上手くいけば鈴鹿を助け出せる!」
「だろ!後の問題は、どうやって鈴鹿の冤罪を解くかだ。真犯人がやった証拠があれば良いんだが……」
「あ、それなら良い物がある」
自信満々に答えながら、持って来ておいたバックを探り始める。
パンパンに膨らんだバックを数秒間探った後に、一冊のノートを見つけると、全員に見えるようにそれを広げた。
そこには事件情報ノートと書かれており、中には最近の新聞の内容や、事前に調べ上げた事件に関する内容が記されている。
「多分ですけど、二つの世界で真犯人が被害者を殺した方法は大差ないと思うんです。なので、前の世界の事件について調べたこのノートを使えば、真犯人の証拠を見つけやすいと思います」
「これまじかよ、めっちゃ調べられてるじゃん。流石は俺だな」
「まあ、高弘たちにも協力してもらったからな。だけど、俺達が調べても、それを真面に取り合ってくれるかだ。所詮は高校生と神主だし……」
「それなら問題ない。一応ではあるが、作戦に協力してくれる彼に伝えれば、何とかやってくれるだろう」
「それなら、安心ですね。後は……作戦を使い、鈴鹿を助けるだけ。作戦の実行日はいつになりそうですか?」
「明日だ」
「……え、明日!?」
予想外の早さに、驚きを隠せなかった。
鈴鹿が留置所にいる期間を考えると、急がなくてはならない事は理解していた。
しかし、明日とは流石に想定外だ。多少ではあるが時間があるものだと思っていた。
脳をフル回転させ、改めて作戦の内容を考える。
聞いた作戦ならば、恐らくは鈴鹿を助け出すことは出来る。
しかし、実際に練習もせず、ぶっつけ本番で成功するのだろうか。
……いや、成功させるしかない。
明日を逃した結果、留置所から移動し、助けられなくなる可能性もある。
明日、確実に成功させる。失敗はない。
大丈夫。今の俺には高弘に中島さん。
そして、もう一人の俺もいるんだ。
明日、俺達は鈴鹿を助けるんだ。
「……分かりました。明日、鈴鹿を助けましょう!」
「良くいった!さて、それじゃあ……っと、もう8時か。どうだ、明日の事もあるし、今日はみんな泊っていくかい?」
「まじすか!?それじゃあ、有難く泊まらせてもらいます!あ、それだったら、親に連絡だけしてきます!」
それだけ告げると、高弘は電話をするためか和室を後にした。
それに続く形で、夕飯を作ると言い残し、中島さんも部屋を後にする。
二人残された俺達は広げた資料を集めながら、他愛もない話を交えて時間を潰し始める。
元の世界へ戻った後、一体何をしていたのか。もう一人の鈴鹿は何を言っていたか。
最近発売のゲームはどうだったか。この夏何をしたのか。
深い話から、薄い話まで、多種多様な話を繰り返していく。
そうしていると、やはり信じられない程に話が合う事を実感する。
流石は、半分ではあるがもう一人の俺である男。
そんな事を考えていると、彼は突然口を閉じたかと思うと、重い口を開くようにゆっくりと話し始めた。
「ごめん、まじで滅茶苦茶突然なんだけどさ。前に言ったこと覚えてるか、俺とお前は同一人物なのかって話」
「あー、一応覚えてはいるな」
それは数日前。図書館へ向かう際中。
俺達は同一人物なのか。鈴鹿達は同一人物なのか。
二つの世界の人物はそれぞれ同一人物なのかという話。
当時、俺は同一人物なのか、そうでないのか分からず、結局曖昧な答えを出していた。
「……俺にはまだ分からないんだ。だけど、それでもいいと思ったんだ。俺達は同一人物であり、別人なんだと思う。上手く言えないけど、そんな混沌とした関係が俺らなんだと思うんだ。それが俺の答えって奴なんだ。そして、俺なりの答えを決めて、今疑問に思ってることがある。……なあ、お前は何で鈴鹿を助けに来たんだ?」
「何でって……」
「聞いておきたいんだ。今回の一件は相当やばいと思う。お前は俺であると同時に、もう半分は別世界の奴なんだし、わざわざリスクを冒してまで、別世界の鈴鹿を助ける必要はあるのか?もし、本当は関わりたくないのなら……」
「はー……仮にも俺がそんなこと言うなよ。お前の考えに従うのなら、お前は俺でもあるんだから分かるだろ。俺は助けたくて、ここまでやって来たんだから、今更やめるはないよ」
「だけど……何でそこまでしてくれるんだよ」
「……深い理由なんかないよ。ただ、俺の為だ。俺が助けたいと思った。俺の本心から思った。今回ばかりは、俺自身の心に従おうって決めたんだ。だから、助けるんだよ。後、しいて言えばだけど……鈴鹿とまだできてない事があってな。その約束のために、俺は動くんだよ」
「……ったく、かっけえな、お前。いや、俺か。……変なこと言って悪かったな。一応、聞いておきたかったんだ。お前がそう思うのなら、俺は止めないよ。一緒に、鈴鹿を助けよう」
「……おう!気張って行こうぜ、俺!」
「ああ……俺!」
俺と俺は、俺と尚也は言葉を交わすと、再び握手を交わした。
最も大切なのは道筋と考え、結局は俺達は別人と考えた俺。
全てが同じだが、少し違う。そんな俺達は同一人物であり、別人である。
この混沌とした関係性が俺達であると考えたもう一人の俺。
異なる二つの考えを手にした、並行世界の俺達は一人の友を助けるべく、手を取り合った。
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