第17話彼女と嘘

 翌日。翌々日。更にその翌日。その翌々日。

 アブラゼミの屍骸は増えていき、気温は数年で最高気温を叩き出していた。

 毎年恒例の夏祭りも近づきつつあり、夏が過行く事を感じさせられる頃。


 ページを破った者の正体を探るべく、俺達は必死に行動を繰り返した。

 ある時は図書館へ向かい、書物を借り出した者の特定を行おうとしたり。

 ある時はインターネットらを利用し、書物自体の内容を確認しようとしたり。

 ある時は付近の本屋を回り、同様の書物が販売されていないかを確認したり。

 問題解決に直結するであろう行動を繰り返してきた。


 しかし、数日たった現在。

 今だ、ページの続きや、破った者の正体を確認できずにいる。

 楽な道のりではない事は、何となく理解していた。

 それでも、三人の能力を使用すれば、数日以内には新たな情報を入手できると、楽観的に考えていた。

 それが現在。一つの情報も入手出来ずにいる。

 高弘からの新たな情報もなし。正直な話、心が折れかけている。

 自然と気分も沈み、無駄な事ばかり考え始める。

 

 俺達が消え去った、元から俺がいた世界はどうなっているのだろうか。

 俺が突如として消えた事により、みんなは心配しているだろうか。

 こんな事になるのなら、両親や高弘にも一言伝えておくべきだったかもしれない。

 行動を繰り返してはいるが、実際問題、俺達は元の世界へと戻れるのだろうか。

 戻れなければ、一生隠れながら生活しなくてはならないのだろうか。

 そう言えば、本物の鈴鹿は元気だろうか。

 インフルエンザも流石に治っているであろう頃。

 久しぶりに会いたくなってくる。


 考え始めれば、もう止まらない。

 突然、世界を移動して数日が経ち、冷静さを真の意味で取り戻したからというのもあるだろうか。

 心の奥底で不安に考えていた事が、一気に溢れ出してくる。

 そんな自分に鞭を打ちながら、横たわった体を起こす。

 軽い落書きが描かれたノートを閉じると、数日前に図書館から借り出した書物をその上へと開く。

 そして、書物の内容を確認するように、一ページ目から読み直していく。

 一日に一回は行っている書物の読み直し。

 一件意味のないような行為にも思えるが、読み直す事により、新たな発見をする可能性もある。



 神社の入り口にある鳥居は、神域と呼ばれる神社の内側の神聖な場所と、俗界と呼ばれる外側の人間の暮らす場所との境界を表している。

 鳥居は神社へ通じる門や、神社のシンボルといった役割のほか、神社の中に不浄なものが入る事を防ぐ、結界としての役割もあると語られている。

 神の世界と人間の世界を繋ぐことから、鳥居には……。



 恐らく、この文章において、今回の現象に多少なりとも関わっている可能性があるのは最後の三行。

 鳥居には神社の中に不浄なものが入る事を防ぐ役割や、神の世界と人間の世界を繋ぐ役割がある。

 ただの伝説的な話に聞こえるが、俺達の身に発生した出来事が現実離れしてることを考えると、この文章も事実である可能性が高い。

 とは考えた物の、これを言葉の通りに受け取ることは出来ない。

 

 不浄なものを防ぎ、神と人間の世界を繋ぐ。

 実際に鳥居を潜り、繋がったのは元の世界と非常に似た人間の住む世界。

 所謂、並行世界の様なもの。神の世界とは到底考えられない。

 不浄なものに関しては一切理解できない。

 関係しているかどうかだけでなく、言葉の真意も理解できていない。

 見返して、改めて続きのページを発見することの重要性が見えてくる。


「……まあ、改めて分かっても、犯人もページの内容も分からないんじゃなー」


「思い悩んでいるみたいですねー」


 ふと、背後から聞こえた聞き覚えのある声に反応し、振り返る。

 そこには可愛らしい私服で身を包んだ幼馴染が、のぞき込むようにこちらを見ていた。

 普段とは違う姿の彼女に軽く驚きながらも、冷静に言葉を放つ。


「その服どうしたんだ?服は世界移動するときに着てた制服と、中島さんから借りたパジャマしかなかったはずだろ」


「ふっふっふっ……あたしだって女の子だよ?ずっと制服か、古い男服じゃ嫌だからね!尚也にお願いして、私服を持って来てもらったのよ!どうよ!久しぶりに見た私服のあたしに、何か言う事はない?」


「あー、とても似合ってて可愛いですー」


「心が籠ってなさそうだけど……まあ、よし!」


 望んでいた言葉を得られたからか、彼女は鼻歌を交えながら、部屋のカーテンを開いた。

 同時に、眩い光が室内へと入り込む。数時間、光を抑えた室内で作業していたからか、光を異常に明るく感じ、身体の体力を削って言っているのが感じ取れた。

 身の危険を感じ、再びカーテンを閉めようとするが、容易く阻止され、その流れで引きずられながら部屋の外へと連れていかれた。


「暗い部屋の中にいても良いアイデアはでないよ。たまには外出て、空気を入れ替えよう!」


「はあ?こんな状況で何を言って……」


 制止する俺の言葉を完全に無視すると、部活動で鍛えた筋力で俺を抑えつけながら、軽々と室外へと踏み出した。

 猛暑の上に直射日光。想像以上に体温を奪うコンボに、一瞬にして体からやる気が水分が消えていく。

 何とか室内へ戻ろうとするが、帰宅部員が運動部部長に勝てる訳もなく、引っ張られながら外を歩かされる。

 抵抗が無意味な事を悟り、仕方が無く彼女について行くことに決めた。

 

 時間は昼過ぎ。

 太陽は頂点を過ぎたとはいえ、未だ頂点に近い位置に存在している。

 一直線に降り注ぐ陽光に、自然と汗が流れだしていく。

 満身創痍で手放さずに持ってきた団扇を仰ぐが、顔にかかるのは熱風のみ。

 涼しくなる所か、逆に体温を上昇させてしまう。

 無意味な事を悟り、団扇を動かす手を止めると、ふと隣へ目をやる。 

汗はかいているものの、彼女の表情は余裕その物。

 暑さに慣れているからか、何か対策を取ったからかは分からないが、この猛暑で辛い表情を一切しないというのは凄いと言える。

 彼女の余裕にに軽く尊敬の目を当てていると、彼女は何かに気づき、明るく言葉を発する。


「あ!尚也見て、あれ覚えてる?」


「ん……あれは……」


 彼女が指さした方に見えたのは、一つの公園。

 存在する遊具は鉄棒とジャングルジムのみ。

 遊具に塗られたペンキは落ちつつあり、公園の看板は錆び、名前を認識することすら困難である。

 当然と言えば当然。この公園は俺達が幼稚園児だった頃から存在した、非常に古い公園。

 小学生低学年の頃は頻繁に訪れ、鬼ごっこやボール遊びなど、多種多様な子供遊びを行っていた。

 ボロボロで、今では訪れない公園ではあるが、俺たちにとっては思い出深い公園だ。


「久しぶりに来たけど、相変わらずボロボロだねー」


「そりゃあ、ずっとある公園だからな。懐かしいな、昔はここでよく遊んだよな」


「だね!ほんとに懐かしいよ……サッカーしたり、鬼ごっこしたり。あ、尚也が顔にボール当たって、泣いたのもこの公園だっけか」


「は?何言ってんだよ。俺はそんなの知らないぞ。俺の世界ではそんな事なかった」


「いやいや、誤魔化しても無駄よ。どっちの世界でもあったに決まってるでしょ。だって、尚也だし」


「いや、小学生でもそれくらいじゃ泣かないわ」


「本当かねー。……いやー、なんかさ、思い返してみると、色々あったよね」


 当時の思い出を振り返りながら、再び俺達は一歩踏み出した。

 思い出を幼馴染と語るとなると、話は止まらなくなる。

 幼稚園児から高校生まで、彼女と過ごし、手にした思い出は数知れない。

 お泊り会をした事、帰り道に寄り道をした事、幼馴染旅行へ行った事。

 思い返してみると、俺達にも様々な出来事があった。

 学校が同じとはいえ、ここまで長く関係が続いているのは、ある意味奇跡でもあるのかもしれない。

 このまま、三人の関係は変わらず、大人になっても集まれるような仲で入れれば良いな。

 

 そんな事を考えながら、思い耽っていた時。

 ふと、いつも変わらない、アイスの自販機が見えてきた。

 軽く顔を見合わせると、互いの意見が合致したのを確認し、太陽から逃げるように自販機へと駆け出す。

 普段通りの方法でアイスを入手し、被り付く。

 付近に腰を下ろすと、猛暑で疲れ果てていた体を癒すように、無言でアイスを舐め続ける。

 深い事は考えず、熱いとか、時が過ぎるのは早いとか、夏も終わるとか考え始め、アイスの残りが半分になった頃。

 真剣な雰囲気を纏った彼女が、ゆっくりと口を開いた。


「……ねえ、少し変なこと聞くけどいい?……何で尚也はあたしの事助けてくれたの?」


「なんだよ急に……そりゃあ、幼馴染なんだから、助けるのは当然だろ」


「幼馴染だからか……けどさ、あたしは本当の幼馴染じゃないんだよ。尚也の知ってる鈴鹿と、あたしは全くの別物」


「いや、全くの別物じゃ……」


「別物は別物なの!……あたしは、尚也の知ってる鈴鹿じゃないんだよ」


 彼女の神妙な面持ちと声色に、思わず言葉に詰まってしまう。

 誤魔化すように残りのアイスを口に放り込むと、目をそらし、彼女の言葉に対する言葉を考える。

 

 何度か考えてはいた。

 この間、もう一人の俺と話した時も、考えてはいたのだ。

 彼女は本当に俺の幼馴染と言って良いのか。

 見た目は同一。性格も同様だろう。

 違う点と言えば記憶や経験が少しだけ。

 しかし、その記憶や経験が問題なのだろう。

 実際に、俺が一緒に遊びや勉強を経験したのはもう一人の鈴鹿。

 今、目の前にいる鈴鹿とは一緒に深い何かを経験したという事はないし、幼馴染としての友情も、偽物と言えるのかもしれない。


 

「……ねえ、尚也。幼馴染じゃないあたしを、何で助けたの?なんか……ごめん、あたし言葉で表すの苦手だからさ。そりゃあ、もう一人のあたしを助けるためだよね。けど、それならあたしを助ける必要はなかったでしょ」


「いや……だって、お前だって元の世界に戻りたかったろ。それに、二人が入れ替わったなら、二人を入れ替えるのが簡単だし……てか、さっきから何なんだよ。一体どうしたんだ?」


「……ごめん。最後だからいろいろ言いたくなっちゃったのかも。……ねえ、尚也は気づいてた?あたしさ、この世界に戻る前、元に戻るのに全然協力してなかったんだよ。部活を言い訳にしてさ」


 彼女の言葉で、ふと記憶を呼び覚ます。

 思い返してみれば、世界移動を行うために、様々な調査を行っていたのは基本的には俺だった。

 関係しているであろう情報を見つけ、二つの世界の共通点を発見したのも。

 実験の内容を考え、実験をどのように行うのか考えたのも俺だった。

 確かに、彼女が積極的に参加し、重要な情報を発見したことは一度もない。

 そう言えば、大きく関わっている可能性がある、中島さんやその家が二つの世界で変化している事も、伝えてはくれなかった。

 しかし……。


「いや……それは本当に部活で忙しかったからだろ。中島さんの件とかも、覚えてなかっただけだろうし。さっきから、何言ってるか分かんないぞ」


「全く……バカだな、尚也は。認めたくないからって、そんな事さ。……いろいろ言ったけど、あたしを助けてくれようとしたこと、嬉しかったよ。もう一人の尚也と高弘によろしく伝えといて。もう一人のあたしには……最低でごめんって、謝っといて」


「いや、何言って……」


 彼女の言葉を理解できず、近づこうと一歩踏み出した直後。

 数人が駆けてくるような足音に、反射的に振り返る。

 振り返った先にいたのは複数の警官と思わしき人物たち。

 何事かと考えていると、彼らは俺を通りすがると、鈴鹿の元へと集まった。

 そして、彼女の手に何かをはめ込み、口を開いた。


「秋元鈴鹿だな。殺人容疑及び、留置所からの逃走の容疑で逮捕する」


「………………へ……逮捕って……」


「君、大丈夫かい?何かされなかったかい?もう大丈夫だよ」


「いや、大丈夫って……ど、どういうことですか?」

 

 突然の事に動揺しながらも、咄嗟に丸眼鏡を掛けた茶髪の警官に質問を投げかける。

 彼は他の警官と軽く言葉を交わしたのちに、説明口調で言葉を発する。


「彼女は、殺人を起こした上、逃走を図った犯罪者なんだよ。大丈夫。僕たちが来たからには、もう安心だよ」


「おいバカ、犯罪者とか言うのはやめろっていったろ!」


「あ、先輩、すみません」


 警察官二人が軽口で話しているが、会話の内容が頭に入ってこない。

 突然、警察が現れ、鈴鹿を逮捕した。殺人を、鈴鹿がしたと言っていた。

 彼らの言葉が脳内で木霊し続けているが、一切内容を理解することが出来ない。

 理解が出来ず、一切動けずにいると、彼女が警官に連れていかれるのが見えた。

 状況は理解不能。それでも、彼女の顔が目に映り、体が勝手に動いていた。

 ただ、彼女を取り返すべく、警官を振りほどき、彼女へと向かって行く。

 しかし、予想外の出来事に動揺しながらも、慣れた動きで対応した警官に軽々と取り押さえられた。

 その時、ふとこちらを見る、悲しそうな彼女の表情を最後に、俺の意識は消え去った。



 次に目が覚めたのは周囲が闇に包まれた夜。

 もう一人の鈴鹿と共に、古びた神社の前で目を覚ました。

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