第12話別世界の二人と並行世界

「う……え……?な……」


 突然の衝撃に加え、目の前に広がる光景に真面な言葉が出てこない。

 超常的な現象に、体が震え、口が塞がらない。

 ふと、隣へ目をやる。瞳孔が開き、口が半開きのまま完全停止している。

 数秒前まで笑顔で溢れていた彼女の表情は驚愕に支配されている。

 俺と同様に、現実を理解できていない様子だ。

 再び顔の方向を戻すと、強く目を擦り、目の前の景色が見間違いでないかを確認する。


 その時、俺達の目の前に広がっていたのは所々が破損していた古臭い神社ではなく、綺麗に清掃されている、傷一つ付いていない神社だった。

 十数秒前まで苔が生い茂っていた箇所には苔ない上に、汚れ一つとして付いていない。

 軽く周囲を見渡すが、そこは十数秒前の神社とは全く違う。

 今でも多くの人が訪れているであろう、何度も手入れされているであろう神社へと変わってしまっていた。

 

 突然変化した神社。数十秒前の行動と衝撃。

 以前、彼女が話していた彼女の世界の神社。

 現在の状況と今までの記憶を合わせた結果、導き出される答えは一つしかない。


「俺達は……並行世界に……鈴鹿の元いた世界に来たのか」


 間違いない。それ以外考えられない。

 鳥居を潜るとう行動に、変化した神社。

 何より、隣で衝撃を受けている彼女の表情がその事実を証明している。

 様々な感情が溢れ出しそうになる中、喜びという感情が最も大きく膨れ上がった。

 数日前。彼女を元の世界へと戻すべく実験を行い、結果的に失敗し、彼女を戻す事に失敗した。

 彼女を落胆させ、微かな希望を潰す事となってしまった。

 あれから俺は後悔し、自らの非力さに絶望していた。

 

 それが今日。思わぬ形で彼女を元の世界へ戻す事に成功したのだ。

 突然な上、今だ方法は理解できていない。

 しかし、彼女を戻す事に、彼女の願いを叶えることに成功したのだ。

 抑えようとしても、体が勝手に喜びを露わにしてしまう。


「鈴鹿……鈴鹿!やったな!お前の世界に戻ってこれたんだよ!やったな!なあ、ここは鈴鹿の世界で間違いないんだよな?おい、鈴鹿!」


 暫く呆然としていた彼女だったが、肩を揺らす事によって目を覚まし、素早い動きで周囲を見渡す。

 境内の中を隈なく観察したのちに、道路へと飛び出し、更に隈なく周囲を観察する。

 数十秒間観察を繰り返すと、彼女は目の前に戻り、ニッコリと笑って口を開いた。


「うん……間違いないと思う。ここはあたしのいた世界だよ。あたし、戻ってきちゃったんだ。やった……やったよ、尚也!」


 元の世界に戻れたことに対し、笑顔で喜びをあらわにする彼女。

 その時だった。一瞬彼女の表情にどこか違和感を感じた。

 本心からの笑顔ではなく、作り笑顔の様に。不思議と彼女が喜んでいないように感じたのだ。


 目標を達成し、自らの元いた世界へと戻れた。喜ばないはずがない。

 それなのにも関わらず、彼女が本心から喜んでいるようには思えない。

 様々な考察を脳内で開始しようとする。

 しかし、即座に俺は考えるのを止めた。

 よく考えなくても、この状況で彼女が喜ばないわけがない。

 恐らくは、俺の勘違いだろう。作り笑顔ではなく、本心からの笑顔のはずだ。

 違和感を感じながらも、勘違いだと自らに言い聞かせ、俺は笑顔で彼女と話しを続けた。


「……とは言っても、まだ確定したわけじゃないしな。取りあえず、一回探索でもしてみるか?並行世界ってのを俺も見てみたいし」


「そ、そうだね!それじゃあ……一回家にでも行ってみる?」


「おう!」


 軽く話すと、鳥居を潜り、見慣れた道路を一歩ずつ歩き始める。

 高まる鼓動を抑えながら、冷静を装いつつ、周囲を見渡す。

 何度か通った神社から自宅への帰路。見た目は俺の世界の道と変わらない。

 以前の彼女の発言通り、俺の世界と彼女の世界とでは大した差はないようだ。

 ここまで見て違った建造物は例の神社のみ。

 やはり、あの神社には何か秘密があるのかもしれない。

 俺達がいくら考えても分からないような、神様が関わってくるような秘密が。


 脳内で軽く考察しながらも、周囲に少しでも違った箇所がないかを観察しながら、見覚えしかない道を歩き続ける事、十数分。

 深く見覚えのある自販機が目に留まり、俺達は足を止めた。

 毎年、夏になると幼馴染たちと頻繁に買いに来る、アイスの自販機。

 夏の始まりや、神社での実験後にも訪れた馴染みの自販機。

 未だ収まらない胸の鼓動を抑えるべく、一度休憩を取る事に決め、この場でアイスを購入する事に決めた。

 財布を手に取ると、なけなしの小銭を取り出し、自販機と向かい合う。

 俺の世界と全く変わらず画質の悪い写真を数秒見つめたのちに、普段と同様の箇所に配置されているボタンを深く押す。

 ガコンッと聞き覚えのある音を耳にすると、ボロボロの取り出し口から前回食べたのと同一のアイスを手に取る。

 素早く紙を剥がすと、大きく口を開け、アイスに噛り付く。

 アイスが舌に転がると同時。一瞬にして最高峰の甘みが口内を支配し始めた。

 チョコレートの優しい甘さ、ほんのりと感じる軽い苦み。

 普段以上に美味しく感じるアイスに、自然と口角が上がっていく。


 隣の彼女はと言うと、普段とは違う苺味のアイスを小さい口で食べ進めている。

 彼女はどこか遠い目をしており、真夏の暑さの中味わうアイスを深く堪能しているように見える。

 次に自販機でアイスを購入する際は、苺味にしようと心に決めていると、ふと一つの疑問が上がった。


「……なあ、そう言えばなんだけどさ。本当にここが鈴鹿の世界だとしたら、俺の知ってる鈴鹿とこの世界の俺は……この世界にいるのかな?それとも、もう一つの世界にいるのかな?」


「あ……確かに。よく考えたらどうなってるんだろ」


 世界を移動する事によって、鈴鹿を元の世界へ戻すことは出来た。

 これによって、世界にどのような出来事が起こったのか。

 可能性として挙げられる出来事は二つ。

 一つ目は、鈴鹿がこの世界に来る際、入れ替わりでもう一人の鈴鹿が俺達のいた世界へと移動した。

 二つ目は、入れ替わりが起きず、もう一人の鈴鹿もこの世界に存在し、この世界に二人の鈴鹿が存在することとなった。


 仮に鈴鹿が世界を移動すると同時に、もう一人の鈴鹿も強制的に世界を移動させられるのなら、鈴鹿が入れ替わったという問題は解決したことになる。

 しかし、その代わりに、俺自身が別世界の俺と入れ替わったという問題が発生してしまう。

 もし、入れ替わりが起こらなかった場合、鈴鹿がこの世界に二人存在するだけでなく、俺も二人存在することとなる。

 こう考えてみれば、この世界に俺が来てしまったというのは全体で見れば良くない出来事だったのかもしれない。


 一瞬、この世界に来てしまったことに後悔を覚えながらも、突然な上、何故起こったのか理解が出来なかったという事を考慮し、今回の出来事は仕方がなかったと考える事にした。

 大切なのはこの後どうするか。全ての状況を整理した上で考えると、最初に取った家に行くと言う選択肢が最も適切なのかもしれない。

 家に行けば、今現在疑問に思っている事の大抵は理解できる。

 解決できない問題と言えば、どのようにして世界を移動したかのみだ。


 脳内で現在の状況を整理し終えると、残りのアイスを口に頬りこみ、残ったゴミをゴミ箱へと放り込む。

 軽く背を伸ばし、軽く襲い掛かってきていた眠気を弾き飛ばすと、スマホの電源を入れ、時間を確認する。

 17時12分。夕方と夜の中間辺りの時間帯である。

 今後の予定も考えると、急ぎ目で家へ帰った方が良さそうだ。

 彼女に時間を伝えるべく振り向くと、彼女は口を大きく開け、アホずらともいえる表情で固まっていた。

 突然の表情に強い疑問を浮かべていると、彼女は食べかけのアイスを地面に落とし、ゆっくりと右手で何かを指さした。

 今だ何も理解出来ぬまま、彼女の指の先へと目をやる。


 その直後。

 俺は彼女同様にアホずらになりながら、完全停止した。

 その時、俺達の眼前に立ち尽くしていたのは、カッコ良くはない、何とも言えない顔つきで、俺が毎日確実に目にしてきた人物。

 そして、その人物の古くからの友人であり、俺自身も鈴鹿と同様に仲良く接してきた人物。

 そこにいたのは、我らが幼馴染の高弘。そして、俺自身。つまり、高橋尚也だった。

 彼らは信じられないものを見たかのように、俺たち同様のアホずらでこちらを眺めていた。

 それから暫くの間、俺達の間には静寂が続くのだった。

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