第4話幼馴染と並行世界

「それでさ……どうする?」


 彼女は橙色に染まる空を眺めながら、呟くようにそう尋ねた。

 神社から自宅への帰路を進みながら、動かない脳を軽く動かし、言葉に反応する。


「どうするって……こっちが聞きたいよ。取りあえず、今後の目標は二人の鈴鹿が元の世界に帰る事だろ」


「うん。……あ、けどさ、それと同時にやりたいことがあるの。よく考えなくても、この世界とあたしの世界の尚也たちは違う訳じゃん。だからさ、この世界の尚也たちとも沢山遊びたいなってさ。だって、奇跡的に会えたんだしさ!良いでしょ?」


「それくらいなら全然いいよ。もう一人の鈴鹿も、どうせ向こうの世界で楽しんでるだろうしな」


 明るい性格の彼女の事だ。並行世界に行ったとしても、楽しく過ごしているのは確定的だ。

 しかし、遊ぶのは良いが、問題はどうやって元の世界に戻すかである。

 鳥居を潜った次の瞬間には、既にこの世界に訪れていた。

 あの神社の鳥居に何かがあるのは間違いない。

 しかし、神社で何度鳥居に潜ろうが、変化は何一つとして起こらなかった。

 考えられる可能性として、天候や時間、日付などの外的要因が合わさった際に、並行世界への扉が開くという可能性があげられる。

 元の世界に戻るためには、当時の状況と出来る限り一致する状況を作り出し、同一の行動をさせるというのが一番効果的であろう。

 とは言っても、それには時間が必要不可欠。

 出来る事ならば、この夏の間に元の世界へ戻してあげたい所ではあるが……。


「……そう言えば、鈴鹿のいた世界とこの世界って、どれくらい違うんだ?」


「うーん、本当に大きい変化はないよ。技術や人は全く変わらないし。そうだなー……あ!例えば、今の総理大臣が就任した日が、この世界の方が三日遅かった!あとね、学校の授業のやってる内容が、この世界の方が一回分早かったかな!」


 大臣の就任日が三日遅い。授業内容が一回分早い。

 彼女の言動から察するに、この世界と並行世界で、起こった出来事の時間が一律でずれているという事はないようだ。

 あるとしても、ずれている時間はランダム性がある可能性が高い。


「なるほどねえ。……あれ、てことは一回分授業受けてなかったってことだよな。よく授業内容分かったな」


「まあ、そこはあたしだからね!成績優秀学生ですから!」


「本当に成績だけは良いからなー……むかつくわー」


「なんでよ!」


 他愛ない会話を交わしながら、歩きなれていない道を進んで行く。

 空が橙色に染まり切っている時間帯なのにもかかわらず、多少の暑さが周囲を包んでいる。

 汗は出ないものの、扇風機が欲しくなる気温。その気温から、夏本番に大きく近づきつつあるのが理解できる。

 

 去年のこの時期は、幼馴染三人で夏休みの計画を立て、妄想を膨らませていた。

 一度しか存在しない高校生活を楽しむべく、綿密に計画を立て、全力を尽くし、その一瞬を遊ぶ。

 自然と、今年も同じような一年になると想像していた。

 それがまさか、現実とは思えない、不可思議な現象によって潰されるとは夢にも思わなかった。


「……人生何が起こるか分からないなあ。……そうだ、遊びたいって言ってたよな。それなら、毎年恒例の祭りに行かないか?もし帰るのが結構早かったら、別の所のでも良いからさ」


「あ!やっぱりこっちの世界でもやってたんだ!毎年恒例、幼馴染三人での夏祭り参加!良いね、やろうよ!思い出作りにさ!」


 今日一番の笑顔を浮かべると、彼女は軽いスキップで歩き始めた。

 その様子から察するに、余程嬉しかったのだろう。

 分かりやすく、単純な彼女に飽きれながらも、内心では少し楽しみに感じつつ、彼女の後を追って歩く。

 

 俺達は毎年、夏休みの終わりに夏祭りへ行っている。

 小学生時代から続く、幼馴染イベントの一つだ。

 大抵は近所の広い公園で行われる、巨大な夏祭りに参加し、夏を締めくくっている。

 夕方に集合し、屋台で夕食を済ませ、遊んだのちに、巨大な花火を眺める。

 夏の終わりに行われる、最高の流れだ。


「楽しみだなー、夏祭り!」


「その前に、どうやって戻るかを考えてからだけどな」


「分かってますよー。けど、何か考えでもあるの?」


「全くないよ。まあ、普通に考えたら、こういう意味分かんない出来事を調べるためには図書館に行くのが一番だろ。……あ、あとさ、高弘にはどうする?やっぱり伝えるか?」


「あー、いや、高弘には何も言わないでいいよ。ほら、心配させちゃうとあれだしさ!」


「あー、確かにそうかもな」


 彼は大抵の状況では頼りになり、奇想天外な方法ではあるが解決してくれる。そういう男だ。

 普段なら、彼女自ら彼の力を借りに行き、三人で問題を解決する。


 しかし、状況が状況。

 相談できないという気持ちも良く理解できる。

 そもそもとして、俺達の中だとしても、彼がこんな現実離れの話を信じるとは到底考えられない。

 ただの冗談だと考え、笑って適当に返すだけだろう。

 それならば、彼には話さず、二人で考えるのが合理的。

 彼には悪いが、別世界の事は内密にする事にしよう。


 今後の方針を考えていると、見覚えのある分かれ道に到着した。

 普段、彼女との待ち合わせ場所に使っている分かれ道。

 分かれ道を別方向に進んだ所に、互いの家は建っている。


「あ、明日学校休みだったよな。善は急げって言うし、明日図書館に行かないか?」


「あー、明日部活あるんだよね。もしかしたら、午前だけかもしれないから、午後なら行けるかも」


「それじゃあ、俺は先に図書館に行ってるよ。午後時間が出来たら来てくれ」


「りょーかい!それじゃあ、またね!」


「おう、またな」


 別れの挨拶を交わすと、彼女は小走りで家へと向かいだした。

 小走りと言っても、身体能力が高い事もあり、十数秒立った頃には小さく、殆ど見えなくなっていた。

 彼女を見送ったのちに、彼女とは別の道をゆったりと進んで行く。

 異常と思えるほどに様々な出来事があった今日一日を振り返りながら、空を見上げ、一歩ずつ歩き続ける。

 合間に夕飯のメニューを考えていると、体感時間は数分で家に到着した。

 俺は普段通りの家に特に何も感じず、家の扉を開け、家へと入るのだった。

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