第5話神社と神隠し

 時間は午前と午後の境目。丁度、お腹の虫が鳴き始めた頃。

 静寂に包まれている室内で、涼し気な扇風機の風に当たりながら、木製の椅子から動かずにいる。

 大量に積まれた書物の中から、勇逸開いていない古びれた書物を手に取り、ページを捲る。

 数年以上前から貸し出されているからか、ページの至る所には飲料が零された跡や、鉛筆で落書きの跡が残されていた。

 書物の状態から、どこか懐かしさのようなものを感じつつ、目的となる方法を探すべく、ページを読み取っていく。



 神社とは、日本固有の宗教である神道の信仰に基づく施設。

 様々な偉人や祖神が霊として祭られており、日本全国で数十万の神社が存在すると言われている。

 祭祀対象は神道の神であり、八百万と言われるように、神聖とされていた山岳や河川から、実在した人物まで、多種多様である。

 神は目に見えないものであるとされ、神社内でも神の形は作られなかった。

 そのため、神社の社殿の内部のご神体は神が仮宿する足場とされた御幣や鏡、ただの空間である事もあった。

 神社内部は神聖な場所とされており、今現在までその考えは引き継がれている。

 神社の入り口にある鳥居は、神域と呼ばれる神社の内側の神聖な場所と、俗界と呼ばれる外側の人間の暮らす場所との境界を表している。

 鳥居は神社へ通じる門や、神社のシンボルといった役割のほか、神社の中に不浄なものが入る事を防ぐ、結界としての役割もあると語られている。

 神の世界と人間の世界を繋ぐことから、鳥居には……。



 続く言葉を知るべくページを捲るか、次ページは黒いマーカーペンで塗り潰されており、続きの言葉を知るのは困難だ。

 恐らくは誰かの悪戯だろうが、公共物である図書館の本にする事としては質が悪い。

 続きを知れなかったために、悪戯へ怒気を持ちながらも、本をまとめ、内容を整理する。

 神社や鳥居に関する書物を読み漁った結果、神社や鳥居に加え、神社内での礼儀など、様々な知識を得る事には成功した。

 しかし、目を通した書物には、鳥居を潜ると別世界へ移動すると言った内容は書き綴られていなかった。


 実際の所、初っ端から手詰まりという状況。

 図書館ならば何か情報があると考え、勢いに任せて来てみたは良いものの、進歩は0に近い。

 当然と言えば、当然の結果。鳥居を潜った次の瞬間、並行世界に迷い込んでいたと書かれている書物が存在するとは思えない。

 現実とは思えない現実の事件。これを解決するためには、どのような手段を用いるべきなのか。

 全く考え付かない。


 貴重な休みの午前全てを消費して得た結果が、使用することがないであろう神社の知識のみ。

 並行世界に関する知識は全く得られなかった結果に、思わず気分も下がっていく。


「……まあ、そんな載ってたら、誰でも並行世界に行けるもんな。……はあ、いきなり詰まったな。どうするか」


「詰まったって、何に詰まったんか?」


 背後からの聞き覚えのある声に、驚きながらも振り向く。

 図書館が全く似合わない、幼馴染の男が仁王立ちしていた。

 俺の悩みを全く知らず、何も考えていなさそうなその顔を目にすると、自然とため息が零れた。


「……だからさ、何で仁王立ちなんだよ」


「良いだろ、俺の中で今流行ってるんや」


「変な流行りだな。てか、何で図書館にいるんだよ。珍しすぎるぞ」


「いや、それがさ。この間、理科の宿題を連続でやってなかったら、死ぬほど怒られてな。図書館で理科系の本借りて、内容まとめた物を出さないと、成績1にするって言われたんよ。酷ない!?」


「いやまあ、自業自得だな」


 理科の教師は温厚で、簡単に最高成績をくれると有名な教師である。

 優しさの塊とも呼ばれる教師を怒らせるとは、宿題忘れ以外にも様々な事をしでかしたのだろう。

 大体予想すると、連続で授業に遅刻した事、授業中居眠りを続けた事のせいだろう。

 だらしのない彼に飽きれていると、彼は不思議そうな顔で口を開いた。


「てか、お前は何やってるん?お前こそ図書館なんて珍しい」


「あー、それがさ……」


 理由を話す直前で、自らの口を塞ぎ、言葉の放出を抑えた。

 自然な流れで並行世界や鈴鹿の事を話しそうになっていた。

 昨日、鈴鹿と彼には話さないと約束していた事が、一瞬頭から消えていた。

 少し時間を置き、彼にはどんな理由で図書館を訪れたと話そうか考える。

 数秒考えこんだのちに、教えられるギリギリの範囲で、嘘交じりに言葉を発する。


「……俺は専門科目の宿題だよ。神社と鳥居の意味とか、並行世界とかについて調べてるんだ」


「へー、良く分からんけど難しそやな」


「まあな、少し詰まってる所よ」


「ほーん。じゃあさ、気分転換に飯でもどうよ?どうせなら、そこの女も一緒にさ!」


 彼の指さす方へ目をやると、見知った女が笑顔で近づいてきた。

 今日、俺が午前を潰す事となった理由を作った張本人。

 ここ数日間、俺を悩ませ続けてきた、もう一人の幼馴染だ。

 彼女は机を挟んだ向かい側に立つと、机に手を置き、俺達と均等に近い距離に、顔を近づけた。


「二人ともおはよ!尚也だけだと思ったけど、高弘もいたんだ!」


「おう!鈴鹿は飯食ったか?今から尚也と飯行こうって話してたんやけど、お前もどうだ?」


「お、良いね!行きたい行きたい!それだったら、いつものラーメン屋行こうよ!」


「良いな、賛成だ。けどその前に、本片付けてくるよ」


「あ、それなら俺らも手伝うよ」


 長時間椅子に座ってたことにより、固まり始めた体を解すべく、天井目掛けて伸びをする。

 その後、軽く欠伸をした後に、山の様に積み重なった古びれた書物の山を三分割し、三人それぞれで本棚へと戻し始める。

 積み上げる際は、それだけでもそれ相応の時間を用いたが、二人の力を借りたことにより、四分の一程の時間で全てを片付ける事に成功した。

 

 図書館を出ると、太陽はほぼ真上に浮かんでいた。

 図書館に入る前と比べると、より高く、より明るくなっているのが感じ取れる。

 室内で涼し気な空間に居座っていたからか、外の熱が異常に高く感じ、自然と汗も流れだす。

 暑さに嫌気が指しながらも、空腹を満たすべく、通いなれているラーメン屋へと足を運ぶ。


 暑く、考える事すらも苦しい空間。

 一人ならば、暑苦しく、拷問ともとれる時間だろう。

 しかし、幼馴染二人の楽し気な会話により、自然と笑みは零れ、暑さも多少ではあるが和らいでいるように感じる。

 仕舞には話し込んでいる内に、行きつけの店に到着した。

 通常ならば十数分かかる所だが、体感時間は五分ほどだ。

 

 軽く店内の様子を伺い、空席が存在することを確認すると、スライド式のドアを勢い良く開く。

 それと同時に、店内の天国の冷気が俺達を襲った。

 余りの気持ちよさに、思わず今日一番の笑みが零れる。

 話し込み、暑さへと意識が離れると言っても、暑いものは暑い。

 辛い暑さの後のキンキンに冷えた冷気は、他にない幸せを感じる。


 外へ冷気が漏れないよう、滑らかな動きで店内に侵入し、ドアを閉じる。

 店内に充満するラーメンの良い匂いに食欲をそそられながら、付近のテーブル席に腰を下ろす。

 店員からお冷を受け取ると、慣れた動きで、普段通りのメニューを注文する。


 俺達は中学生の頃から、このラーメン屋に通っている。

 ラーメン星。親子が経営する個人経営のラーメン屋で、とんこつラーメンを中心に、多種多様なラーメンを販売している。

 基本的には、俺が特製とんこつラーメン、鈴鹿が塩ラーメン、高広が魚介ラーメンを注文している。

 今日も普段と同様、それぞれが好みのラーメンを注文。

 

 授業内容やネットニュースなど、最近の出来事を普段と同様、軽口で話していると、物の数分でラーメンは届けられた。

 近距離で漂って来る食欲を誘う香りに、自然と涎が分泌されていく。

 軽く手を合わせると、割り箸を綺麗に割るのに失敗しつつ、麺を啜る。

 食べなれた味。しかし、いつ食べようとも、最高の味を味わえる。

 

「うーん、美味しい!やっぱり、ここのラーメンは最高だよ!」


「うん。ここのとんこつはマジで美味いわ」


「だな!……いや、なんか良かったわ!」


「ん?何がだ?」


「ほらさ、なんか最近二人ともギクシャクしてたじゃん?大丈夫かなーって思っとったけど、仲直りしたみたいで良かったわ!」


「高弘……」


 笑顔で話す高弘の言葉に、自然と箸が止まる。

 何も考えていないように見える彼だが、内では俺達の事を考え、仲裁者になり、元通りの関係になるよう努力していたようだ。

 彼に心配をかけてしまった事への罪悪感や、影で動いてくれたことに対する嬉しさで、言葉で表せない言葉が、俺の中を渦巻いている。

 再び箸を動かすと、ラーメンを口に運びながら、軽口で答える。


「いまさら何言ってんだよ、大丈夫に決まってるだろ。今までだって、何回も喧嘩しては、何回も仲直りしてきたじゃんか」


「確かに、それもそうかもな!」


 彼の普段通りの様子に、胸が締め付けられるような痛みが走る。

 愚直で、少し知能指数が低い所があるが、真正面から話してくれる彼。

 彼は普段から嘘をつかず、正直に話をする。そんな彼に俺達は今、嘘をついている。


 個人的本音を言うならば、彼にも二人の鈴鹿の事を共有したい。

 幼馴染三人で、この巨大な事件を解決していきたい。

 しかし、張本人である彼女の意見を無下にする事は出来ない。

 混沌とする心中を何とか落ち着かせ、出来る限りの範囲で、彼が事実を知った場合、どのような現状の打開策を聞くべく、言葉を放つ。


「……なあ、これは俺が今、適当に考えた事なんだけどさ。神社の鳥居を潜ったら、一瞬にしてこの世界とそっくりな並行世界に移動していた。ってことが、現実であると思うか?」


「はあ?急に何言いだすかと思えば、ホントに何言ってるねん。鳥居を潜って、一瞬にして移動するか。……うーん、知らん!」


 愚直な彼の言葉に落胆しながらも、当然の事だと考え、忘れるようにと告げた。

 今のは質問が悪かった。突然、現実離れの妄想のような話を聞かされても、答えは否定か無回答。

 突然の質問では、そうなるのは必然である。

 

「……あ、けどさ、それって、なんか神隠しみたいだな。いや、ちょっとってか、大分違うか!」


「神隠し……いや、確かに違う。全く違う。……けど、一部は似てるかも」


「お、だろ!突然いなくなったり、あとほら、神隠しって神社で起こるイメージあるやんか!やば、俺天才かも!」


「いや、それはないけど……確かにそうかもしれない」


 今回、二人の鈴鹿に起こった出来事と、噂に聞く神隠し。

 実際の内容は大分違う。しかし、現実とは思えないという一点においては、深く結ばれている。

 そして、彼の言う通り、神隠しと神社の関係性。

 人が突如として、その世界から消え去るという出来事。

 この二点において、上手くいけば結び付ける事が可能である。


 出鼻を挫かれた様に考えていたが、何も知らない彼のお陰で、大きな前進でスタート出来る可能性が出現した。

 夢物語ともとれる出来事が起こったならば、夢物語のような言い伝えを元に考えれば良い。


 多少考えた末に顔を上げると、彼女と目が合った。

 その表情から察するに、彼女も俺と似たような考えに至ったようだ。

 俺達は互いに軽く笑顔を浮かべると、再びラーメンを口へ運び始める。

 その様子を目にした彼は、何事か理解できずとも、雰囲気を楽しみ、笑顔でラーメンを食べ進めた。

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