第6話神隠しと失踪事件

 チリンチリンと、夏の風物詩たる涼しげな音が部屋内に響き続ける。

 耳を澄ますと、アブラゼミの鳴く声も小さく聞こえてくる。

 迫りくる夏本番に様々な感情を持ちながらも、氷で冷やされた麦茶を口へと運ぶ。

 音を立てながら喉を通る麦茶に、至福の感覚を感じていると、一足先に飲み終えた彼女がノートを広げた。


「それでは、これより調査結果発表に入ります!準備は良い?」


「……お茶美味し。良いぞ、数日間の成果を発表していこうか」

 

 軽く答えると、数日間で得た知識が書き綴られているメモを取りだす。

 適当にバックの奥底で保存していたからか、数日前に購入したばかりの新品なのにも関わらず、表紙にはいくつもの汚れが目立っている。

 汚れを軽く拭き取りつつ、メモを広げ、話し合いに集中する。


「さて、この数日間、あたしたちは遊んだり学校行ったりしながら、並行世界や神社、そして神隠しについて調べてきました!まずはその成果を、あたしから発表します!」


「鈴鹿さんなら、凄い情報ゲットしてきたんだろうなー。ほとんど解決出来るくらいに情報得たんだろうなー」


「任せなさい!あたしの数日間の成果が……これだ!」


 自信ありげにノートのページを捲る。

 得た情報を確認するべく、ノートへ顔を近づけるが、そこには白紙のページが広がっているのみ。

 一文字すら書かれていない、新品同様のページが広げられているだけだった。

 ページの意味を理解できず、頭上にはてなマークを浮かべていると、彼女は申し訳なさそうに口を開いた。


「いや……そのですね。ソフト部のインターハイが近づいててですね、その練習で忙しかったんですよ。なので……その……すみません」


「……あんなに自信満々だったのに、本当に何もないのか?」


「うん、全く新しい情報はない!」


 何故か胸を張って言い放つ彼女に溜息をつきながら、机上に広げられたノートをしまうように指示を出す。

 熱心に取り組んでいる部活の大会が近いならば、多少は仕方がない所もあるのだろう。

 今回は彼女の所業に目を瞑り、俺が作成したメモを前に出す。

 メモには汚く、大抵の人物が読み取れないであろう文字で、隙間なく情報が書き記されている。


 中でも目立つのは表で纏められた、数日前から一週間前までの天気。

 上段には並行世界の一週間分の天気、下段にはこの世界の、現在世界の一週間分の天気が纏められている。

 これは彼女が覚えている限りの並行世界の天気情報。

 そして、天気予報アプリを使用し、彼女が覚えている期間と同様の期間の現在世界の天気を調べ上げた現在世界の天気情報。

 この二点を纏め上げ、規則的な箇所はないか調べた物である。

 

「さて、まず最初にだが、この表は並行世界と現在世界の天気を比べたものだ。何か感じる事はあるか?」


「んー……んー?」


 彼女は深く考え込むが、表で規則的な箇所を見いだせずにいる。

 彼女は成績優秀。勉学においては学校内で一二を争えるレベルの知識を所持している。

 しかし、勉学以外においては、意外にも知能指数が高くなく、どちらかと言えば低い。

 彼女と十分に親密でなければ、彼女は頭脳明晰だと考えるだろうが、実際は大抵がポンコツである。


 彼女は必死に表を眺めるが、熱心に眺めた所で、何かが変わる訳でもないようだ。

 彼女が眺める表には並行世界では左から、晴れ、晴れ、曇り、曇り、晴れ、晴れ、雷雨。

 現在世界では左から、曇り、曇り、晴れ、晴れ、雷雨、曇り、快晴と記入されている。

 

 初見の際、俺もその規則性には気づかなかった。

 しかし、数日間表と睨めっこを続けた末、一つの規則性に気が付いた。


「二日。二日後なんだよ。よく見てみろ、俺達が現在いる世界、現在世界の天気で曇りが来た二日後に、並行世界でも曇りが来てるんだ」


「あ、確かに。……あれ、よく見たら、その次の曇りも、晴れも、晴れも、雷雨も!」


「そうだ。規則性なんてないと思ってたけど、よく見たら、現在世界の今の天気が、並行世界の二日後の天気になるっていう規則性があるんだ」


 現在世界の天気は二日後の並行世界の天気。

 一週間分の天気結果を纏め、推測した規則性。

 規則性が事実である確証はなく、証明する方法も存在しない。完全な推測である。

 しかし、並行世界の天気を予測できる可能性が発生したのは大きな成果だ。

 

「だけど、天気が分かったからって何かあるの?」


「もちろんだよ。今現在、何故鈴鹿が入れ替わったのかは分からない。だから、一番いい方法として、当時の状況を再現する方法があるんだ。その一環で、当時の天気の状況を再現できるようになったのは結構でかい」


 当時、彼女の記憶では並行世界の天気は雷雨。

 この世界の天気は雲一つない快晴。

 天気の規則性を利用すると、二日前に雷雨、当日に快晴。

 この条件が揃っていた場合、当時同様の天候を再現可能となる。

 天候を再現可能になった事により、残す再現要素は時間、行動、所持品など。

 多数の要素は残っているが、時間を掛ければ解決可能な物ばかり。

 また、天候に加え、再現によって事件解決に至らなかった場合を考え、他の情報も入手してきた。


 彼女がメモを確認し終えるのを目にすると、汚れたページを一枚捲る。

 新たなページにも前ページ同様、大抵の人物が読み取れないであろう文字で、隙間なく情報が書き記されている。

 特に表と呼ばれる物は書き込まれておらず、人名や地名が目立つように纏められている。


「次になんだが、高弘が言ってたみたいに、神隠しとかについて調べてきた。図書館とか調べても何の情報も得られなかったんだけど、ネットで調べたら色々分かった事がある」


 理解しやすいよう説明しつつ、バックへと手を入れ、荒々しく内部を探る。

 隅々まで手を伸ばしたのちに、目当ての物が手中に渡ったのを理解すると、強引に一枚の紙を引っ張り出す。

 図書館から借り出し中の書物に潰されたからか、様々な折り目の入った紙を伸ばしつつ、メモ横に紙を広げる。

 紙はモノクロで印刷されており、ここ数十年間、地元で発生した未解決の失踪事件一覧が表にされている。


「神隠しって事は失踪として考えられてると思って、数十年間の失踪事件を調べてみたんだ」


「なんか、思った以上に失踪して見つからない人っているんだね」


「ああ、そうだな。俺も調べてみて初めて知ったよ。地元だけで、こんなにいるなんてな」


 表には1985年から現在まで纏められており、大体毎年、確定で失踪事件が最低一件は発生している。

 老若男女問わず失踪は起こっており、どの事件も今現在まで解決していない。

 失踪した人物が何故消えたのか、どこへ消えたのか、全てが謎に包まれている。

 生まれてから今日まで暮らしている地元で、これだけの事件が発生している事を知ると、考え深いものがある。


「……それでなんだが、1985年から2年ずつ、一人の失踪者に線引いてるだろ?その人たちの最後の目撃場所を見てほしいんだ」


「どれどれー……神社近くの川、神社近くの公園、神社。……神社ってもしかして、例の神社の事?」


「そうだ。調べてみた所、分かる範囲でも2年に一回、例の神社近くを最後の目撃地にして、失踪者が出てるんだ。定期的に、一定の場所付近でだ。おかしいと思わないか?」


「確かに……こんなの、何かあるとしか思えない。実際に、あたしたちに起こった事を思うと……なんか、偶然とは思えないね。本当に、神的な力が働いてるとしか……」


 彼女の言う通り。これが偶然なんて事は考えられない。

 最低でも1985年から2021年までは続いている。

 この期間、同一の人物が人攫いを行っているという可能性も僅かに存在するものの、約30年間という長時間、定期的に、一定の場所付近で犯罪行為をするとなると、市の警察に逮捕されていないとは考えられない。

 彼女達の身に起きた出来事から想像するに、失踪者の身に起きた出来事は、今回の事件同様の出来事か、似たような人知を超えた出来事である可能性が極めて高い。

 まさに、神隠しと言って過言ではない出来事。


「まあ、とは言ったものの、実際に失踪した人に鈴鹿が体験したことが起こったかとか、人知を超えた神隠しにあったかどうかは分からない。そこでなんだが……どうする?」


「どうするって……え、何かあるんじゃないの?」


「いや、俺が調べたのはここまでだ。失踪した人についてとか、神隠しとかは分からなかった」


「ええ……駄目じゃん」


 呆れ返ったように顔をする彼女に軽く殺意を覚えながらも、心を落ち着かせるべく、麦茶を喉に流す。

 彼女に言われたくはないが、彼女の言葉は事実でもある。

 あの神社に何かがある可能性や、彼女と同様の出来事が起こった人物が存在する可能性が高いというのを発見できたのは進歩ではある。

 しかし、それを発見したからと言って、現状として何かが変わるという訳ではない。


「……あ、そうだ!待って、あたし良い事考え付いたかも!」


 思いついたかのようにスマホを取り出すと、慣れた手つきで何かを調べ始める。

 突如として動き始めた彼女を眺めながら、再び麦茶を口に含む。

 十数秒かけ、麦茶を飲み干すと、欠伸を交えながら彼女を眺め続ける。

 こうして眺めていると、彼女は鈴鹿にしか見えない。

 別世界の鈴鹿なのだから、当然と言えば当然だが、鈴鹿と瓜二つで、俺の知っている鈴鹿でないと考えると、やはり変な感覚になる。

 思い耽っていると、彼女は調べ終えたのか、スマホの画面を向けてきた。

 画面内ではトークアプリが開かれており、画面上部には近所グループと表示されている。

 参加人数は十数名で、内数名は見覚えのある名前で登録されている。


「尚也のお母さんは知ってるだろうけど、近所のお年寄りに何かあった時、一早く行動できるように、近所のグループを作ったんだ!近所で連絡を取る手段も欲しかったらしいしね」


「へー。そのグループがどうかしたのか?」


「知ってるだろうけど、あたし結構人と話すの好きでさ。グループきっかけで、近所のおばあちゃんやおじいちゃん達とも仲良くなったんだよね。そこで知り合ったんだよ。神主さんとね!」


「神主さんって……例の神社のか?」

 

「そうよ!だからさ、神主さんに直接聞いてみようよ!尚也が調べた事とか含めて、神社に何かあるのかーってさ!もし神隠しみたいな伝説的なものなら、神主さんこそ知ってそうじゃん!」


「なるほど……」


 例の神社を取り仕切る神主に、直接話を聞く。

 話を聞きに行くのは簡単だが、実際に話を聞きだすのは相当難易度が高いと考えていた。

 何の繋がりもない状態、初対面の状態で神社で神隠しが起きていると騒ぎ立て、疑問を投げかけ続ける。

 普通ならば、頭のおかしい者と決めつけられ、厄介払いされるか、警察を呼ばれるなどの対応をされ、話を聞く事すら出来ない。

 しかし、彼女が神主と友好な関係ならば、話は変わってくる。

 まさしくファンタジーのような話ではあるが、真面目に話は聞いてくれるだろう。

 それに加え、俺が纏めた失踪者の資料により、神主が誤魔化そうとしようが、そう簡単には言い逃れが出来ない状況を作り出せる。

 今の状態なら、神主に話を聞きに行くというのも良い手かもしれない。


「うん、今ならいいアイデアだと思う。神主なら神社の伝説とかも知ってそうだし、神隠しについても、何かわかるかもしれない。てか、神主と仲良いなら先に言ってくれよ」

 

「しょーがないじゃん、言われなかったんだからさ!……んー、時間的に、今なら神主さんいつもの所にいるかも。どうする、今から行く?」


「そうだな。この後は予定もないし、行ってみるか」


 互いの意見を一致させると、荷物を纏め、家を出る。

 長年、共に地元を駆け巡った自転車に腰を下ろすと、後ろに鈴鹿が跨った。


「おい何やってんだよ、自分の自転車あるだろ?」


「いいじゃん、久しぶりに二人乗り!……あーあ、あたしが居なかったら、神主さんと話せなかったかもしれないなー」


「……ったく、ちゃんと掴まっとけよ」


「うん!」


 元気の良い返事で答えると、彼女は腰の辺りに手を回す。

 完璧に掴まっている事を確認すると、力一杯にペダルを漕ぐ。

 想像以上のペダルの重さに、思わずバランスを崩しそうになりながらも、全力で足を運び、夏の道路を進んで行く。

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