第15話俺達とこれから

 時間は昼過ぎ。外からはアブラゼミの鳴き声に加え、小学生の騒ぎ声が小さく聞こえる。

 神主の家から少し行った先には小学生が溜まり場にしている公園がある為、そこ周辺で遊んでいるのだろう。

 対して大人になりつつある俺達は扇風機一つの室内で、扇風機の周りに集まりながら堕落している。

 俺達を弄ぶように涼しげな風を放つ方向を変える夏の神器。

 少しでも多く風を浴びようと、自らのテリトリー内で極限まで神器について行く俺達。

 傍から見たら、餌を与える飼い主とペットの関係にも見えるかもしれない。

 この時間が永遠に続けばいいのにと考え始めていると、俺と同一の見た目を持った男が口を開いた。


「……いや、何やってるんだ俺ら。俺らは作戦会議?するために集まったんじゃないのかよ」


「だってしょうがないじゃんー。扇風機涼しいんだもーん。」


「鈴鹿お前なあ……おい、もう一人の俺。集めたのはお前なんだから、お前から話し進めろよ」


「えー……分かったよ……」


 面倒くさく思いながらも、動きたがらない体を動かし、古びれた机の横に座る。

 続くようにもう一人の俺が移動すると、確実に嫌な表情を浮かべながら幼馴染二人も移動する。

 扇風機から受ける風が少なくなったのを感じ、神主から授かった団扇を取り出すと、軽い力で自らを扇ぎながら、会議開始の宣言を行う。

 他三人はだらしない声で反応しながら、それぞれ持参の資料を広げた。


 最初に改めて状況を整理するべく、今後の目標を絡めながら全体状況を説明する。

 今後の巨大目標は一つ。俺と鈴鹿を元の世界へと戻す事。

 その為には自らの意思で世界を移動可能になる必要がある。

 問題点はどのようにして世界を移動するか。

 現状判明している、世界移動に関わる情報は一つのみ。

 鳥居を潜るという行動が世界を移動する鍵となる行動であるという事。

 様々な調査を行い、実験を行うまで至ったが、それ以外は何一つ判明していない。

 正直な話、状況は決して良いとは言えない。


 大体の説明を終えると、今後の行動について話し合い始める。

 まず、必ず取らなくてはならない行動が一つある。

 それは神主である中島さんの調査。

 話始めると同時に、一人の女が声を上げた。


「え、何で?だって、中島さんは良い人だよ?」


 その純粋無垢な瞳から察するに本心からの発言だろう。

 彼女は基本的に人を疑わない。それは彼女の良い所とも言える。

 しかし、今回ばかりはそれが裏目に出てしまっている。

 軽くため息をつくと、子供に説明するような優しい声色で説明を行う。


「良いか、鈴鹿。よく考えてみろ。二つの世界で神社の綺麗さが違うのは、今回の事件に深く関わってるし、分かる。だけどさ、他の物はほぼ同じなのに、神主の家と本人がここまで違うのはおかしいだろ。何か関わってるとしか考えられない」


「えー、でもさ、前聞いた時は何も知らないって言ってたじゃん」


「いや、隠して言わなかった可能性もあるだろ。それに、この世界の神主が知ってる可能性もある」


 簡単に説明したつもりだったが、それでも彼女は納得していない様子。

 頬を膨らませながら、何か言いたげな顔でこちらを見ている。

 様々な事を言いたくなりながらも、その気持ちを抑え、状況が理解できているであろう他二人と話を進める。

 

 問題は神主の調査を進める方法。

 彼が全ての状況を把握していたとして、素直に世界移動の全貌を説明するとは考えずらい。

 当然、俺達が探りを入れたとしても、警戒し、情報を一切漏らさない可能性も高い。

 彼から情報を聞き出すというのは容易ではない事は明らか。

 しかし、彼が問題を解決するための鍵となる人物であるのは変えようもない事実。

 今現在の最善策を講じ、何とか情報を引き出さなくてはならない。

 

 素直に聞き出すのが難しいとなると、秘密裏に情報探り取るか、ボロが出るように誘導するなどして、自然な流れで情報を聞き出すのが良いだろう。

 秘密裏に情報を抜き取るのは、寝泊まり出来ている俺達が行うとして、問題は本人から情報を得る方法だ。

 彼が俺達が世界を移動したことを認知済みだとすると、俺や鈴鹿が変に聞き出そうとすると、怪しまれ、逆にガードが固くなる可能性が高い。

 そうなれば、家から追い出され、路頭に迷う可能性もあるし、何をされるかも分からない。

 様々な情報を整理すると、神主に近づき、情報を聞き出すのに適任者は一人しかいない。

 俺ともう一人の俺は一瞬目を合わせると、一人の男へと顔を向けた。


「……やっぱり俺か!まあ、そりゃそうか!」


「俺と鈴鹿はリスクも高いし厳しいし、もう一人の俺が行くのも問題あるからな。ここは高弘しかいないわ。頼めるか?」


「しゃーないなー……任せろ。大船に乗った気持ちでいてくれよな」


 彼は自信ありげに言いながら、ドンッと胸を叩いた。

 こういう状況での彼は信頼できる。

 普段はバカな事をしているが、予想以上に頭が切れ、冷静さを持ち合わせている。

 コミュニケーション能力も高いため、上手くいけば神主から情報を聞きだす事も出来るかもしれない。

 情報を聞きだす事は彼に一任し、神主と距離が近い俺と鈴鹿はボロを出さないよう注意ながら生活を送りつつ、家中で異常な物が無いかを探索する。

 神主に関わる問題は一先ずはこれで大丈夫だろう。


「他に取れる行動だけど……神主が何も知らなかった時の事考えて、俺達自身で世界を移動する方法を考えないとだよな。とりま、情報纏めながら考えてみるか」


 もう一人の自分の指示に従いながら、情報を纏めていく。

 今現在、世界移動について判明している情報は一つのみ。

 世界を移動する鍵となる行動は例の神社の鳥居を潜る事であるという情報。

 二度の世界移動において、鳥居を潜ったという点のみは共通しているという所から察するに、世界を移動する為には鳥居を潜らなくてはならないという条件がある事は確定して良いだろう。

 他に、以前調べ上げ、この世界で確定した事実として、二日前の俺の世界の天候がこの世界の天候となっている事や、基本的な歴史は同一であることなどがあげられるが、実験などから察するに、世界移動にはそこまで影響はないだろう。

 彼女のみに起きた世界移動と新たに発生した世界移動で共通する箇所を考えていくが、残りの共通する箇所と言えば時間帯が夕方周辺である事のみ。

 それ以外に共通するであろう箇所は考えられない。

 

 情報を纏めたのちに、現実とは思えない現状の問題を解決するべく、四人の頭脳を結集させる。

 三人寄れば文殊の知恵とよく言うが、問題が難解過ぎる場合、三人どころか四人集まろうと、解決できない事もあるようだ。

 数分間無言で考え込むが、誰一人として真面なアイデアを発言しない。

 現実離れ過ぎるのもあるが、情報が少なすぎるのが問題だろう。

 今現在確定している有益な情報が一つのみというのは余りにも少なすぎる。

 このまま考え続けて、良いアイデアが出るとは考えられない。


 俺達は軽く話し合った末、一先ず情報収集を優先する事で決定した。

 高弘は神主から情報を得る為に、親密度を上げるべく神主のいる神社。

 鈴鹿は家中で不審な物がないか探索しながら、インターネット上の情報を探るため、神主の家。

 俺ともう一人の俺は図書館で情報を得る為、街一番の図書館。

 一度この場を離れ、それぞれの場所で合理的に情報収集を行う。


「……って、何で俺ら2人でいくんだ?同じ奴が二人いるって問題になるだろ」


「いやさ、よく考えてみたんだけど、同じ顔の奴が二人で歩いてたとして、同一人物だと思うか?普通は双子とかだと考えると思うんだ」


「まあ……確かにそれはそうかもな。いや、だけど不思議に思う奴もいるだろ。何でわざわざリスクがある俺らが二人なんだ?」


「……まあ、それは後で話すよ。取りあえず、今は行動あるのみだろ。時間も限られてるだろうしさ」


「……まあ、そうか」


 頭上に大量のはてなマークを浮かべながらも、彼に考えがある事を信じて、それぞれの情報収集場所に形上は納得する。

 他二人が一言も反対の言葉を発すること無く同意すると、俺達は軽く話したのちに、荷物を纏め、それぞれ活動場所へ向かうべく、一時解散した。


 俺達が向かう図書館は現在地から徒歩十分。

 普段ならば何気なく会話を交わしていると、気付いた時には到着しているほどの距離。

 今回も同様に簡単に到着すると踏んでいたが、その往路は想像上に苦痛の時間であった。

 距離は問題ではない。問題は眩しく輝く太陽。

 太陽から放たれる熱。圧倒的な猛暑。

 数十歩足を動かしただけなのにも関わらず、異常なほどに汗が流れ落ちていく。

 ペットボトルが手から離れず、数十秒に一回の頻度で水を口へと運んでしまう。

 室内にいた際は気にならなかったセミの鳴き声も、猛暑の影響もあってか五月蠅く、非常に不快に感じ、軽く苛立ちが湧いてくる。

 

 それに加え、二人の間に流れる無言の時間も心を蝕んで行く。

 別世界の自分と、初めての二人っきり。

 冷静に二人になると、何から話して良いのか。この世界の俺は一体どんな人物像なのか。

 考えれば考える程、最初の一言が出てこない。


 誰しも一度は考えたことがあるかもしれない。

 もしも、自分と同じ見た目の人物が、自分がもう一人現れたらどうなるのか。

 交代で学校へ行ったり、様々な出来事を手分けして行ったりと、多種多様なことが出来るのではないか。

 好みが完全に一致しているもう一人自分が目の前にいるのだ、趣味などの話で盛り上がり、一番の親友になれるのではないか。

 妄想に妄想を重ねたことがあるかもしれない。


 実際の現実がこれである。

 何から話せばいいのか分からず、気まずい空間が周囲を支配している。

 俺が話し出せないのだ、もう一人の自分も話し出さないに決まっている。

 何とか話を切り出そうと、一言目を模索するが、これと言った言葉は思い浮かばない。

 暑さによって次第に頭も茫然としていき、一層考えが纏まらなくなってくる。


 その時。何かを潰す感覚がすると同時に、グシャッという嫌な音が真下から聞こえた。

 瞬間的に嫌な予感が脳裏を過ぎり、俺達は互いの顔を見合わす。

 何とも言えない感覚と、聞き覚えのあるような嫌な音。

 そして、周囲を包み込む虫の鳴き声。

 足元を見ていないため、正確には分からない。

 しかし、状況から察するに、足の裏にある物が鳴き声の主である可能性が非常に高い。

 想像すると同時に顔は青ざめていき、下を向く気が消え去っていく。

 それでも、現実を見ないわけにはいかない。

 俺達は互いに落ち着くように言うと、息を合わせて顔を下げる。

 その時、俺達の目の前にあった物は……ポテトチップスのゴミ。

 俺達は再び顔を見合わせると、冷や汗を飛ばしながら同時に笑みを零した。 


「いやー、びっくりした!セミ踏んじゃったかと思ったわ!」


「俺も思ったわ!音的に絶対そうだと思った!」


「いやー、まじで良かったー。セミ踏んでたらメンタル壊れてたわ。マジセミ無理」


「分かる。俺セミっていうか、虫全般が無理だからさ。俺だったら死んでるわ」


「同じく。ってか、同一人物なんだから、それはそうだろ」


 一気に拍子抜けしたからか、数秒前の重苦しい空気は吹き飛び、古くからの友と話すように軽口で言葉を発する。

 そこから緊張も解けていき、互いの趣味を確認しながら会話を重ねる。

 当然と言えば当然だが、互いの趣味は同じ。

 好みや苦手なものも同じで、文字通り自分自身と話しているようだ。

 そうなれば、自然と話は弾み、自分同士でのみ話せる事を話していく。

 友人に対して考えている事や、誰にも話していない夢についての話。

 最近感じている体の違和感など、多種多様な話。


 それによって会話が盛り上がり、互いに一切の遠慮がなくなった頃。

 彼は少し口を閉ざしたかと思うと、神妙な面持ちで口を開いた。


「何て言うか、ありがとうな。鈴鹿を助けてくれて」


「え、何だよ急に。そりゃあ、幼馴染が困ってたら助けるだろ。お前だってそうだろ」


「……そうかもな。……なあ、俺達こうやって話してるけどさ、全く同じ人間なんだよな。今この場には、俺が二人いるってことなんだよな」


「まあ、そう……なのか?」


 彼の言葉で、軽く考えを巡らす。

 実際、この場に存在する高橋尚也は同一人物なのだろうか。

 念密に調査した訳ではないため、確実とは言い切れないが、見た目や数分前までの会話から察するに、外的要素は同一。

 鈴鹿達からの証言や会話から察するに、性格も同一。

 相違している点と言えば、記憶や経験のみ。

 大部分は同一だが、経験してきた事は多少違う。

 問題は身体や思考が同一ならば、記憶や経験が相違していようと、完全な同一人物と言えるかどうか。


 実際の所、それに関しては個々の考えによって変化するだろう。

 身体の状態が完全に同一であれば同一人物とする者がいれば、経験してきた状況や感情の記憶が同一であれば同一人物と考える者もいる。

 個々の考えによって答えが異なる場合、一概にこれと言うことは出来ない。

 結局、俺が目の前の彼を同一人物とするかどうかだが……。


「……うん。正直分かんないわ。目の前にいるのは確かに俺ではあると思う。だけど、完全に同じ奴だとは言い切れない感じもする。何とも言えない。……急にどうした?」


「いやさ。最近色んなことが起き過ぎて、良く分からなくなっててさ。……もし、俺とお前を別人とするならさ。鈴鹿達も別人になるよな」


「まあ、そう考えるならそうだな」


「そうだよな。……あー、駄目だ。考えれば考える程、今何が起きてるのか分からなくなってくるわ。……まあ、取りあえずは出来る事やるのが一番か。丁度見えてきたしな」


 彼の言葉を耳にすると、正面へと目をやる。

 別世界にて何度か訪れ、その都度必要としている情報を入手する手助けをしてくれた図書館。

 その見た目は別世界の物と変わらず、一切の変化は見られない。

 その状態に多少安心すると、猛暑から逃げるように、駆け足で館内へと入って行く。

 館内には冷房器具が大量に設置されており、猛暑によって熱された体が一瞬のうちに冷やされていく。

 その冷気に癒されながらも、目的を思い出し、簡単に行動を振り分ける。

 俺は元より調べる予定のあった書物の収集。彼は神社に関する書物の収集。

 現在時刻を確認し、時計の針が半周するまでに集まる事を約束すると、それぞれが本を収集するべく館内を歩き始めた。

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