第14話俺達ともう一人の神主
「だ……え……ええ……」
目的地に到着すると同時。
目を大きく見開くと同時に、只管に唖然としていた。
他の三人は不思議そうにその様子を見ながら、軽い話を続けている。
その時、俺の目の前にそびえ立っていたのは、傷一つない綺麗な木造建築。
外見から察するに、建築されてから数年も経過していない新築だろう。
付属している庭は綺麗に手入れされており、奥には小さな家庭菜園が見える。
以前、俺達が訪れた建物とはかけ離れた外見に、動揺が止まらない。
暫く唖然とした後に、冷静を取り戻すと、何事もない様に話していた幼馴染へと口を開く。
「おい、鈴鹿。これ……だって……どういうことだよ。なんでこんなに綺麗なんだよ。…俺の世界の方は……もっとぼろかったじゃん!」
「あ、言ってなかったっけ。なんでか分かんないんだけど、中島さんの家だけ、尚也のいた世界とこの世界とでは見た目が違うんだよねー」
「お前……それ早く言えよ……」
平然と衝撃の発言を放つ彼女に呆れながらも、過ぎた事はどうしようもないと割り切り、目の前の現実に向き合う。
それと同時、もう一人の俺は明日に会いに来ることを約束した後に、その場を後にした。
実の所を言うならば、もう少しもう一人の自分と話してみたい気持ちもあった。
しかし、見た目が同一の人物が二人いるとなると、流石に問題になるのは目に見えている。
その為、事前に神主の自宅にはもう一人の俺を除いた三人で訪れる事に決めていたのだ。
もう一人の俺が完全に見えなくなったのを確認すると、神主と最も親密であろう彼女がインターホンを鳴らし、彼を呼ぶ。
インターホン越しに待つように伝えられてから数秒。
勢い良く玄関の扉が開いたかと思うと、見覚えのない男性が中から出てきた。
数世代前の男性が身に着けているような紺色の羽織を身に纏い、文才が被っているような特徴的な帽子を軽く被った黒髪の男性。
顔付などから察するに、歳は五十代後半。
雰囲気が神主に似ている事から、恐らくは神主の息子だろう。
「お……おー!久しぶりじゃないか、鈴鹿君に高弘君!最近見ないから心配してたんだよ!」
「久しぶりです、中島さん!最近忙しかったんですよー。……あ、一人知らないやつがいると思うんですけど……」
「あ、待って、当てるわ!……うん。君が尚也君だね!二人から君の話は何度も聞いたからね、正解だろう?あ、私?私は中島さん。御年56歳で独身の神主だ!」
「あ……中島さん、よろしくお願いします。…………ん?……え、独身?神主さん?……神主さん!?」
想定外の正体に思わず声を荒げてしまった。
建物の外見が大きく変化していた事から、神主本人にも何かしら変化した点が見られる可能性は考慮していた。
しかし、想像の域を超えている。
俺の世界で訪れた際の風貌とは似つかわしくないその姿。
以前、俺達が目にしたのは白髪で丸眼鏡をかけた見るからに八十代の男性。
それが五十代後半の黒髪男性へと変貌していた。思わず声も出てしまうものである。
世界が違うのだから、何か変化が起きても不自然ではないとしても、いくら何でもおかしい。
驚愕を露わにしていると、彼女達は変な物でも見たかのような表情を浮かべたのちに、普段通りに話を進めていく。
「それで、今日は何の様で来たんだい?」
「あ……実は、中島さんにお願いがあるんですけど……」
「……ふむ。雰囲気から察するに、長くなるんだろう!どうだ、取りあえずうちに上がっていきな!」
彼はそう言いながら俺達を建物内へと招き入れた。
こちらとしては願ったり叶ったりだった為、言われるがままに靴を脱ぎ、彼の後をついて行く。
以前、彼の家に入った際は、建物内へ入ると同時に、懐かしさを感じる、お爺さんの家で嗅げるような独特な匂いを感じていたが、今現在はその様な匂いは一切しない。
その代わりに、正反対のアロマの香りが廊下中を充満しているのが感じ取れた。
廊下は一切汚れておらず、何歩足を進めようとも、不安を煽るような音は一切聞こえない。
全くと言っていいほどに違う建物内に更に動揺しながらも足を進めると、彼は一つの戸の前で足を止めた。
戸の先には以前話をした際に利用した、広々とした畳の部屋が広がっていた。
見覚えのある景色に安心しながらも、軽い警戒心を持ちながら部屋へと足を踏み入れる。
促されるままに、机の傍に正座していると、彼はコーヒーと紅茶を二つずつ机上に置き、好きな物を取る様に促した。
俺と高弘がコーヒー、鈴鹿が紅茶を取ると、彼は残った紅茶を手に取り、口に付けた。
続くように俺達も手に取ったカップを口へと近づける。
コーヒーには深い苦みがありながらも、ほんのりと砂糖の甘さが感じ取れ、中々に美味しいものになっている。
紅茶も同様に美味しかったのか、彼女も相当幸せそうな顔をしている。
それからコーヒーの味を楽しみながら、世間話に花を咲かせていると、神主の方から本題を聞いてきた。
俺達は動揺しながらも、ゆっくりと本題に入って行く。
「実は……俺と鈴鹿は……家出したんです!」
「家出?それはまた珍しいな。何でそんな事をしたんだ?」
「その……しょうもない事なんですけど、親に小言を言われるのが嫌になったり、後は少し喧嘩したり。……だけど、俺達は高校生ですし、行くところがないんです。それで……」
「それで、うちに泊めてほしいって感じか?」
「……はい」
これは道中で四人の知恵を結集させて作成した設定。
十数分前、流石に別の世界から来たと直接話すのはどうかという話になり、俺達は納得のいく泊めてほしい理由を考える事に決めた。
そして、生み出されたのが家出設定。
家出ならば、家に帰らない理由になる上、泊まる場所を探している理由にもなる。
家出理由について深く聞かれる事もないだろうし、泊めてほしい理由としては持って来いである。
問題はこの理由で彼が俺達を泊めてくれるかだが……。
「うーん……良いぞ!泊めてやろう!」
「え、良いんですか?」
「勿論!困っている子供に手を貸すのは神主にとって当然の事。幸い、ここは空き部屋もある。数日間であれば、自由に寝泊まりして良いぞ!」
「中島さん……ありがとうございます!」
俺達は深く頭を下げると同時に、心の奥底で大きくガッツポーズを掲げる。
想像以上に簡単かつ素早く了承してもらえた。これは良い意味で想定外だ。
一先ず、これで数日間は安心して眠りにつくことが出来る寝床を入手することが出来た。
俺達が元の世界へ戻るまでの間、身の安全を確保できたのは大きい。
お陰で、深い不安を抱える事無く、問題の解決のみに尽力を注ぐことが出来る。
「よし、泊まるという事はご飯も食べるよな!今日は神主特製特別晩御飯を作ってやろう!そうだな……鈴鹿君はこの部屋のほぼ目の前。尚也君は玄関横の部屋を自由に使いたまえ!ご飯が出来るまでゆっくりしてるよ良いぞ!」
彼はそれだけ告げると、晩御飯を作成するべく部屋を後にした。
俺達は数分間、改めて現状を整理すると、明日話し合う事を約束し、畳の部屋を出た。
泊まる予定のない高弘を見送ると、彼女と軽い会話を交わしたのちに、それぞれの部屋へと向かう。
指示通りの玄関横の部屋の前に立つと、軽く深呼吸をした後に静かに戸を開く。
一歩踏み込むと同時に、畳特有の独特の匂いが鼻を襲い、懐かしいような感情を呼び起こされる。
数分前まで居座っていた部屋の畳と比べ、多少の柔らかい感触の畳に違和感を覚えながらも、異常な物がないかを確認しつつ、部屋に存在する物を把握する。
一通り確認した所、特に異常な物は存在せず、ある物と言えば古びれた机に、謎の掛け軸。
それに加え、長い事使用されていないと思われる、押し入れの中に保管されている敷布団のみ。
変哲のない、昔ながらの部屋に安心感を覚えると、荷物を頬り投げ、壁に寄りかかる様に座り込む。
体に合う寄りかかり方を模索し終えると、体の力を抜き去り、瞼を軽く落とす。
周囲から聞こえるのは夏を象徴するアブラゼミの鳴く声のみ。
五月蠅くも静かな室内に、深く落ち着きながら一日を振り返る。
何の変哲もない学校の修了式。ただ楽しいだけの幼馴染との水族館。
普通に生活を送っていたはずが、突如として訪れた世界の移動。
俺の世界と大部分が同じ世界で出会った幼馴染ともう一人の自分。
そして、大部分が同じはずの世界で何故か大きな違いがあった神主の周囲。
一日で生じた様々な事象に、頭の理解がようやく追いつき始めた。
そもそもとして、何故俺達は世界を移動する事が出来たのだろうか。
彼女が入れ替わった際の状況とは大部分が違う。同じ箇所は恐らく鳥居を潜った点のみ。
入れ替わったのではなく、俺達のみが世界を移動したという点から、彼女の時と違っても深く驚愕する事はない。
しかし、それならば何が入れ替わりと移動との違いの要因となっているのか。
また、何が世界を移動する為の鍵となる行動なのか。
解決すべき物事は多いのにも関わらず、大半が理解できていない。
最初は進歩したと考えていたが、考えように乗っては状況を悪化させた可能性もあるのではないか。
一人で脳を働かせると、勝手に嫌な方へと考えを持って行ってしまう。
いくら脳を働かせて嫌な考えを働かせても意味がないと悟ると、深く考えるのをやめ、良い事のみを考える。
様々な事があったが、一つ確実に良かった事がある。
本物の鈴鹿。俺が元から知っている彼女の身の安全を把握できた事である。
最初に高弘やもう一人の自分と出会った際、彼らは夢でも見ているかのように動揺していた。
あの状態から察するに、彼女が別世界の彼女である事を把握していなかったのは本当だろう。
彼らが把握していないとなると、他の人物も把握できていないと考えるのが妥当。
彼らの証言的にも普通の生活を送っている様子。
病気が心配だが、元気ハツラツな彼女ならば大丈夫だろう。
本当に、彼女が無事で良かった。
深く安心しながら、晩御飯まで多少の余裕があるであろう事を考え、瞼を上げる事なく、その場で深い眠りについた。
次に目を覚ましたのは日付が変わった頃。
俺は一人、神主が用意した晩御飯を食べる事になるのだった。
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