第6話 妖精のカフェ始めました
カフェの仕事にも慣れたある日の夕食時の事だ。
「ここにはですねえ、妖精さんがいるんですよ~」
泉天さんが微笑みながら言った。
「・・・」
?
待て。今彼女は、妖精がいると言ったのか?
妖精って、あれ?
おとぎ話や童話に出て来るやつだよね?まあ、乙女っぽい人だとは思っていたけども、これは・・・何て返せばよいか。
「はあ・・・」
僕は、泉天さんを不思議そうに見ていたのだろう。
「あー、信じていないですねえ」
いやいや、妖精がいると言われて、やすやすと信じる人は少ないだろう。まあ、でも、ここは泉天さんを立てておくべきか。
「あ、いえ、いえ。い、泉天さんには見えるってことですよね?僕にも見えるのかなあ?」
「あー、やっぱり信じていないですねえ」
泉天さんは、心外だと言わんばかりに眉間にしわが寄った。
「いや、信じてますよ。段々信じられるようになってきたかもしれない。うんうん」
「ブーッ」
泉天さんは、頬を膨らませてますます、不満を現した。
「もう、いいですよ~だ」
「よくないですよ!」
泉天さんの機嫌が悪くなるのを止めなくては!
「そろそろだと思っていたので、じゃあ、会いに行きましょう」
泉天さんは、急に笑顔になり、そう言った。
「え?」
「ふ~ふ、ふ~ふ、ふ~ん♪さーて、準備を考えないと。○○君にも手伝ってもらいますからねえ」
「はあ・・」
泉天さんは、自分の食器を持ち、シンクに運んだ。僕は、鼻歌を歌いながらご機嫌になった泉天さんの後姿を、呆然と見ていた。
ああ、泉天の心が、読めない・・・よう!
翌水曜日の閉店時間の17時だ。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
最後のお客様を見送り、僕は、カフェのドアに『close』の看板を掲げた。
店に入ると、泉天さんが忙しなく、何かを調理している。夕食ならまだ時間があると思うけど・・。
「何を作っているんですか?」
「テイクアウト・メニューですよ」
そう言えば、この間試食をしたあの肉厚のパテが肉々しくて地元の新鮮野菜が楽しめる厚めのチーズをトッピングしたハンバーガーかな?あれは、美味しかった~、などと考えているとお腹が空いて来てよだれが出そうになる。
いやいや、そうではないだろう!
問題は、何故、泉天さんがテイクアウトメニューを今作っているのかだ。
「これからお客さんが来るんですか?」
「え?来ませんよ」
泉天さんが何を言っているんだろうと不思議な顔をしている。
「じゃあ、何故テイクアウトメニューを用意してるんですか?」
「あ、言ってませんでしたねえ」
泉天さんは、ごめんごめんと申し訳なさそうな顔をした。
「これから・・・。妖精さんに会いにいきますよう!」
泉天さんは笑顔で胸を張る。
「じゃあ、それは妖精さんへのお土産ですかね?」
僕は、昨日の続きと思い、話を合わせようとした。
「何を言ってるんですか?妖精さんは、これは食べません。私たちの夕食ですよ」
「え、外で食べるってことですか?」
「そうです。さあ、出来ましたー!今から出かけますよう」
泉天さんは嬉しそうだ。
「はい」
まだ明るいが、日が沈んでいくこの時間に外で食べるのか?まあ、それも楽しいかも、と僕は思った。
それから、テイクアウトメニューをバスケットに積めて出かけた。
まだ日は沈んでおらず、明るい。
泉天さんの後についてカフェの裏手にある菜園を抜けて行くと、森のさらに奥へ通じる細い道があった。
「こんな道あったんですね。気づきませんでした」
「道が細いので、気をつけてくださいね。この先は崖になっている所があるので」
「はい」
少し進んで行くと右側が崖になっており、細い川が流れていた。そして道は降っていく。
10分位歩いた頃だろうか。
「あそこです。あそこで食べますよう」
泉天さんが、前方を指さしている。草木の茂る小川のたもとに
「さあ、着きましたあ!」
僕たちは、木造の東屋の中に入った。四角い大きなテーブルの周りにベンチ式の椅子が4つある。10人位は余裕で入れそうだ。
「こんな所があったんですね」
僕は四方を見回す。ジャンプしても渡れるほど細い小川があり、その周辺を草が生い茂っているような場所だ。夏の虫の声と小川が静かに流れる音が心地よい。
「さあ、明るいうちに食べてしまいましょうねえ」
泉天さんは、バスケットからテイクアウトメニューをテーブルに出していく。ハンバーガー、サラダ、スープの入った小さな水筒、紅茶の入った水筒をテーブルに広げた。
「はい、どうぞ」
泉天さんは、クラムチャウダースープをカップに注いでくれた。保温性のある容器に入っているため温かい。少し冷えて来たので、これはうれしい。
僕はカップのスープを一口啜る。
「美味しい。暖まります」
「はい、ハンバーガーもどうぞ」
カフェでも提供している人気の厚いチーズをトッピングしたハンバーガーだ。お店のよりも持ち歩き時間を考慮して野菜は少なくしている。その代わりにサラダをサイドメニューにしているようだ。パテが肉厚で肉々しくてとても美味しい。
「美味しいです!」
「そう、よかったですねえ」
全て食べ終えると、水筒からカップに温かいミルクティーを用意してくれた。
「はあ、落ち着きますね」
「はい」
ミルクティーを啜りながら、暫く夏の虫の声と小川のせせらぎの音に耳を傾ける。
辺りは、暗くなってきたので、持ってきたランタンに灯を入れた。
「自然の中で食べるのは最高ですからね。テイクアウトメニュー、お客様は満足してくれそうかしら?」
「します、します。間違いありませんよ。僕は、リピートしちゃうかも」
「うふふふ。それは、やりがいありますねえ」
そうして、ミルクティーを飲みながら時間を忘れて会話をしていると、すっかり暗くなっていた。
「あ、そうだ。妖精さんに会いに行くって言いましたよね?」
「そうですね。そろそろ見えるでしょう。灯を消しますねえ」
そう言って泉天さんは、ランタンの灯を消した。
辺りはすっかり真っ暗になっていた。
しかし、ぼや~っと光が浮かび出してきた。
「あ!」
辺り一面を覆う様にポツンポツンと小さな光が照らしている。
「蛍・・・。妖精って蛍のことだったんですね」
「はい。妖精さんは、とてもきれいに光ってくれていますねえ」
「ああ・・、感動です。僕、蛍見るのは初めてです」
僕は、本当に感動していた。強い光を発するもの、淡く光るもの、無数にも見える蛍の輝きは、
涙が出そうになる。
「それで・・ですね。ここでカフェをやりますよ」
「え?」
僕の眼は点になっていただろう。
「『妖精のCafe・フェアリー』です」
泉天さんは立ち上がり、両手を広げて身振り手振りで説明する。
「ここは、出張型のカフェですね。期間限定、人数制限で開きます。明日から告知しますから、頼みますよう。うふふふ、うふふふ・・・」
泉天さんは、嬉しそうだ。それなら、僕が反対する理由はない。
「わかりました。僕も頑張ります」
泉天店長に敬礼した。
「はい、お願いしますね」
泉天さんも、敬礼を返す。
僕等は、30分ほどその場で蛍の輝く美しい舞を見て過ごした。
翌日から『妖精のCafe・フェアリー』の告知を店内に貼り紙で行った。
『妖精のCafe・フェアリーが、期間限定オープンしますよ~!
妖精さんに会いにいきませんか?美しく光り輝く妖精さんを見るチャンスです!
開催期間: ●月●日(日)~●月●日(日)の日曜日
(雨天中止)
時 間: 18:00~20:00
お申込み: 定員10名です。予約をお願いします。スタッフにお申しつけください。
メニュー: 特製のテイクアウトメニューになります。お楽しみに!
ドリンクは選べます。事前にお伺いします。
注 意: 妖精さんのカフェまでは、10分ほど森の中を歩きます。
歩きやすい靴を履いてご参加ください。
冷えないよう上着をお持ちください。
妖精のカフェではお静かにお願いします。
』
毎週4回やる予定で初回は次の日曜日だ。
日があまりなかったたが、それでも面白そうと予約が入り、第1位回目は2組6人のお客様での開催となった。うち二人は子供だ。定員は10名にしている。東屋の席の数とスペースを考慮するとそれ位になる。6人なら初回としては、上出来だろう。
参加希望の方から質問を受ける。
「ところで、妖精ってのは、何かな?」
まあ、聞かれるよな・・。僕も気になったもの。
「それは、見てからのお楽しみでお願いしますね。すいません。その方がお客様も喜んでもらえると思いますので」
「テイクアウトってことは、外で食事するのかしら?」
「はい。そのための自慢のメニューを用意していますよ」
まあ、そんなこんな気になることもあると思うけど、お客様が楽しんでもらえるよう上手く行くよう頑張ろうと泉天さんと準備を進めていった。
そして、日曜日がやって来た。日曜日は、『Cafe・プリマヴェーラ』はお休みなので、昼間から、『妖精のCafe・フェアリー』の準備をしていた。お客様の人数が少ないとは言え、準備は念入りにやらなくてはいけない。
「ゴミは確実に回収しましょう。飲み残しなども川に流さないように。妖精さんに一時場所を借りるだけなので、邪魔にならないように、荒らすことがないようにしませんと」
「はい。ドリンクも回収しやすいダストボックスを用意しました」
その通りだ。蛍は、奇麗な水辺を好むし、そうでなくても、自然を荒らさないよう飲み残しを捨てるなどしてはいけない。
荷物が多くなるので、テイクアウトメニューは、ドリンクとスープを除き各お客様にここで渡し、持って行ってもらう予定だ。遠足みたいでそれも良いかと思った。
時間が近くなると、参加のお客様がやって来た。
プリマヴェーラの店内で、時間まで待って貰う。
「うふふ。楽しみにしていたのよ」
「さて、どこに連れて行ってくれるのかしら。ワクワクするわね」
「ワクワク、ワクワク、ワクワク」
そして、まだ明るい18時に『妖精のCafe・フェアリー』に向けて出発した。
細い崖道など10分位行くと、東屋が見えてきた。
「あ、何か建物があるよ」
「ホントだ!」
「ワーイっ!」
子供たちは嬉しそうに東屋に走って行った。それを泉天さんが追いかける。
「あー、ダメですよ。ここでは、静かにしましょうねえ」
「えー、何で?」
「ここにはですねえ。妖精さんがいますから。騒いじゃうと、妖精さんが逃げちゃって会えなくなっちゃいますよう。それでもいいですか?」
子供たちは首を横に振る。
「ありがとうございます」
泉天さんは、笑顔で子供たちの頭を撫でた。
「ここが、『妖精のCafe・フェアリー』。素敵ね」
僕と泉天さんは、前に二人でここに来た後準備をしていた。一つは、看板を掲げること。東屋の入り口にカフェの看板を取り付けた。それと、東屋に色を塗ったことだ。淡い緑色を塗った。あまり濃くならないように木目が映えるよう薄く塗った。小川と森の中に建物がマッチするようにそうしたのだ。
東屋に入り、お客様とテイクアウトメニューをテーブルに広げる。ハンバーガーとサラダは、お客様が手持ちしたので各自でテーブルに出してもらう。スープのクラムチャウダーは、冷めないようにポットで持ってきたので、保温性のあるマグカップに注ぎお客様に配る。ドリンクは、コーヒー、ミルクティーに子供用の桃のジュースをそれぞれカップに注いで配った。また、二人で来たときは無かったがデザートを用意した。デザートは、子供も好きそうな弾力性のある少しモチモチっとした触感のプリンだ。バニラビーンズがまぶしてある。これは、食後に配る予定だ。
「それでは、明るいうちに食べましょう。」
「うわあ、この肉厚のチーズバーガー、まだ温かくて美味しそうね」
「うわ、このパティは肉々しくて美味いな。これ好きだわ」
「サラダと合うわね」
「うまい、うまい!」
子供も喜んでくれた。
「はい、デザートはプリンですよう。どうぞ」
泉天さんが、モチモチ触感のプリンを出すと、バニラビーンズの甘い香りが食欲をそそった。量もそれなりにあるサービス品だ!
「うわあ。でけえ!」
「意外と量があるのね。食べられるかしら」
「まあ、これモチモチの触感で美味しいわ」
「ペロッといけちゃいますね」
デザートも楽しんでもらえたようだ。良かった。
そして、少し暗くなってきたのでランタンの灯を入れた。
「たまには、こういうのもいいわね」
「ええ、夏の虫の声が森の中で合唱しているようで風流よね」
そして、食事も終わり、辺りはすっかり暗くなっていた。会話もまばらになっている。
「では、妖精さんの準備もできたようですので、灯を消しますね」
僕は、泉天さんの合図でランタンの灯を消した。
すると、徐々に周りが点々と明るくなってきた。灯が漂っているところもある。
「うわーーっ、光ってるよ!あれ、何?」
子供たちが歓声を上げる。
「まあ、蛍ね」
「へえ、こんな場所で蛍が見られるなんて思わなかったわ」
子供たちが、キャッキャと嬉しそうにはしゃいでいる。
「ねえ、近くで見てもいい?」
「ええ。でもうるさくしちゃだめですよ。妖精さんが怖がらないようにしてあげてくださいねえ」
「うん。わかった」
「うわーい!」
蛍はゆらゆらと黄緑色に光り、辺り一面を明るくする。
幻想的な光景だ。
「本当に素晴らしいものを見せてもらったわ」
「こんなものを見られて幸せだね」
「料理も美味しかったし、今日は最高の日曜日になったわね」
どうやら、『妖精のCafe・フェアリー』の評判は、上々だったようだ。泉天さんと僕は、満足そうに笑った。
そして、お客様には十分に堪能してもらい、カフェを終えることができた。
もう森の中は真っ暗なので、お客様を安全な道路に面した駐車場までお見送りをした。
子供たちのいた最後のお客様の車を、手を振って見送る。
「お姉ちゃん、また妖精さんに会わせてね」
「はい。また、お待ちしていますねえ」
最期の車を、二人で手を振ってお見送りをした。
「では、帰りましょうか」
「はい」
僕は、懐中電灯を持ち、『Cafe・プリマヴェーラ』までの林道を先に歩いていく。
懐中電灯が無かったら真っ暗闇だ。足元にも注意が必要だ。僕は慎重に、いや緊張して歩いていた。
「上手く行って良かったですね」
僕は、黙っていると、暗闇で怖かったので、泉天さんに話しかけた。
「はい・・。ちょっと、○○君、歩くの早いですよう」
「あ、すいません」
どうも、暗闇が怖かったので、早歩きになっていたようだ。泉天さんの近くに戻る。
「すいません。恥ずかしいのですが、僕は、暗いの苦手で・・」
「まあ、うふふふ、うふふふふ」
「そんなに笑わないでくださいよ。今心臓ドキドキなんですから」
やばい。足も震えて来た。
「わかりました。じゃあ、こうしましょうねえ」
泉天さんが僕の手を突然握ってきた。
「!?」
「これなら、暗いのも怖くないですよね。うふふふ」
そう言って、僕に笑顔を向ける。
泉天さんの手・・。柔らかいし、細いし、すべすべだし・・・。ちょっと冷たいかも。
ああ~~!
別の意味でドキドキするだろ。
やばいって、これ!
「は、はい」
そうして、僕らは手をつなぎ、懐中電灯を頼りにカフェに向け再度林道を歩き始めた。ドキドキして、返って言葉が出てこない。
泉天さんは、鼻歌を歌っていて全く緊張していないようだ。ああ~。全く意識されてないわ~。それはそれで、落ち込む。
すると、突然泉天さんが、口を開いた。
「フェアリーをやるの、勇気が必要だったんですよねえ」
「え?」
「フェアリーも夫のノートにあったアイデアだったんですけど、一人ではやれないと思っていたから。準備はしていたんですけどね。中々決心がつきませんでした」
「確かに、あそこまでお客様の誘導とか、夜だし危ないですからね」
泉天さんが頷いた。そして、泉天さんが僕の手をギュッと握って来た。
「○○君がいてくれたから、やろうと思えたんですよ。今しかないと思ったんです」
暗い中で、泉天さんの頬がほんのり赤みがかっているように見えた。
「泉天さん・・・」
「だから、○○君のおかげですねえ。うふふふ」
泉天さんが、満面の笑顔を向けてくれた。
「・・・・」
僕らは、カフェに到着した。
「さあ、着きました。片付けるから、先にお風呂に入ってください」
「あら?」
急に僕は、立ち止まり、手を繋いでいたので、泉天さんが僕の方に引き戻される形となった。驚いて、泉天さんが振り向いた。
「○○君?」
僕は俯いていた。
今しかない!
僕は顔を上げた。
「あ、あの!僕、泉天さんのこと・・・」
(続きます)
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