第2話 そのカフェでお手伝い
翌日、宿泊した安いホテルで目を覚ます。時刻は、11時頃だった。今日は、晴れていて日差しが眩しく感じた。窓を開き、大きく深呼吸をする。
山の澄んだ空気がこんなにも美味しいだなんて気づかなかった。
ふと、スマホを見ると、メッセージが一杯届いていた。また、電話も何度もあったようだ。ほとんどが会社の上司からだ。
仕事を勝手に休みやがって、お前なんか首だ。クビにするぞ、と。
留守電も入っていたが聞く気にならなかったので、無視した。
僕は、一言だけ返した。
『どうぞ』
昨日、僕はこのホテルにチェックインすると死んだように寝た。久しぶりにとてもぐっすり眠れた気がした。報われない、この地獄はいつまで続くのかと思い悩んでいたことから急に解放された気がしたからだろう。
そう、僕は、仕事では頑張ってきたはずだと考えられるようになった。これも昨日、あの森の中のカフェであった女性。
僕を救ってくれた女性。
そう、
今の仕事が全てではない。
僕の人生は自分で決められると少しだけ考えられるようになった。今の仕事は好きだが、今回の行動で辞めることになっても仕方ないと考えられるようになっていた。
泉天さんにまた会いたい。
そして、きっちりお礼が言いたいと思っていた。
そして昼頃に、僕は、あの森の中にある奇妙なカフェに行った。
カランカラン!
着いて、ドアを開ける。
そこは前日とは、打って変わって、お客が大勢来ていた。こんな森の中のカフェにわざわざ来るんだと呆気に取られていた。
「いらっしゃいませ」
カウンターにいる泉天さんのきれいな声が聞こえて来た。
僕はお辞儀をした。
泉天さんが、こちらにどうぞと手で合図をしてくれた。僕は、泉天さんの前のカウンター席に腰かけた。
「気分はどうですか?」
「はい、良いです」
僕は、頭を下げた。
「昨日とは、顔色が違いますね。良かったです。あの、すいません。今日はこの通り一杯なんです。お時間頂きますけど大丈夫ですか?」
「はい」
「すいません。注文が決まったらお知らせください」
泉天さんは、メニューを僕に渡すと、調理を再開した。料理を作っては、お客さんにそれを運ぶ。一人でせわしなく動く。泉天さんはテキパキとこなしているが、汗をかきながら働く姿はとても大変そうに思えた。なので、自分の注文のことは、どうでもよかった。
そうして忙しく動く泉天さんを見ていると、自分が手伝えることがあるように思えてきた。
彼女の力になれないか?
「あの、良かったら、僕が料理を運びます」
「え?そんな、お客様にそんなこと・・・」
「いえ、僕が運べば、僕も早く料理にありつけると思ったので。あ、僕の注文は『森のカレー』でお願いします」
「うーん、わかりました。では、これを窓際の2番のテーブルにお願いします」
「はい」
「お待たせしました」
料理を持っていくとお客さんに不思議そうな眼で見られた。
「あら、新しい店員さんかい?あの泉天ちゃんがよく雇ったわね。勧めても乗り気じゃなかったのに」
「あ、いえ。僕はお手伝いしているだけなんで」
「あら、そうなの?」
「あら、やだ。もしかして、泉天ちゃんの・・・。泉天ちゃんは、可愛い年下が好みだったなんて」
「は?」
「こら、そこ。もう、変な勘繰りはしないでください!」
泉天さんが、慌ててやって来た。
「あら、まあ照れちゃって。オホホホ」
「だから、違いますって」
「あら、そうなの?」
「このか、子は、私のし、親戚の子です。カフェを始めたと知らせたら、たまたま遊びに来てくれただけですよ」
「・・・・」
泉天さんは、僕に話を合わせるように眼で合図を送っているのが、わかった。
「えーと、そ、そうなんです。〇〇と言います。よろしくお願いします」
「で、しばらくこっちにいるので、その間手伝ってもらうことになったんです」
「ふーん、そうなの・・。まあ、いいわ。二人とも美男美女で微笑ましい関係ね。オーホホホ」
その年配のお客さんはあまり信じているように思えなかったが、とりあえず話は落ち着いた。
その後、僕はお店が落ち着くまで料理を運んだり、テーブルの片づけをした。お客さんが、引けると、泉天さんが、僕の注文した料理を出してくれた。
「本当に助かりました。手伝って頂いてありがとうございます。これは、お礼です」
「ありがとうございます。美味しそう」
僕は、ワンプレートにたっぷりのサラダが盛り付けられたカレーを食べようとスプーンを持つ。
「それと、ごめんなさい。親戚だなんてとっさに嘘を言ってしまいまして」
「えーと、ちょっとびっくりしましたけど。気にしてないです」
僕は、カレーを食べ始めた。
「美味しいです。このカレー!」
優しい甘~い味がグッと染み入る。
あ~、幸せだ。
「気に入っていただけたなら嬉しいです。このカレーは、思いれのある商品なんですよ」
「そうですか。本当に美味しいです」
「その、ここの人達って結構うわさ好きなんです」
「はい」
僕は、カレーを頬張りながらも聞かなくてはいけいないと思った。
「どうも、私が
色々気にかけてくださるのはありがたいのですけど、ちょっと困ってしまうこともあって。
忙しそうだから誰か雇ったら、紹介するよとも言ってこられるのですが、私は、まだそんな気になれなくてずっとお断りしてたんです。
でも、確かに最近は、自分でも忙しくてこれはマズいなと思い始めていた時だったので、あんなことを言ってしまったのかもしれませんね。
〇〇さん、すいませんでした」
泉天さんは、本当に申し訳なさそうに頭を僕に下げた。
「ごちそうさまでした」
僕は、カレーを食べ終えてナプキンで口を拭いた。そして、泉天さんの方を向く。
「泉天さん、あの話って本気にしていいですか?」
「あの話?」
「僕にここで手伝ってもらっているという話ですよ」
「ええ!そ、それは、咄嗟に出た嘘と言うか、本気にしなくて大丈夫です」
「そうなんですか?それは、残念です。むしろ僕は、命を救われたこの場所に何かあると思っていて、しばらくこの地に滞在しようと思っていたんです。なので、このカフェでお手伝いできるなら、とてもありがたいと思っていたんですけど・・・」
「え、あら、その・・・」
泉天さんは思いもよらなかったようで、困惑しているようだ。頬がほんのり赤くなっている気がした。また、その仕草が、冷静な日頃の泉天さんとのギャップが面白くて、とてもかわいらしく思えた。
暫く考え込んでいたが、泉天さんは考えをまとめたようだ。
「○○さんが、うちでお手伝いしていただけるならとてもありがたいです。賃金もちゃんとお支払いしますので、是非お願いします」
「良かった。こちらこそお願いします。僕、学生の時に飲食店で働いていたことがあるので、微力ながらお手伝いします」
「あの、それとですが、もし嫌でなければ、私の親戚だと言う話にも合わせてもらってもいいですか?その方が面倒じゃないと思いますので・・・」
「わかりました」
この後、僕は早速カフェの仕事を手伝った。テーブル上の食器を下げたり、テーブルの上を拭いたり、食器を洗ったりと。
お客さんは、その後も何人かチラホラやって来たが、お昼ほど混むことはなかった。ピークはやはりお昼のようだ。
そして、17時には、『close』の看板がドアにかけられた。
『Cafe・プリマヴェーラ』は、明るいうちに閉店する。
森の中の道中には、灯も無いので夜ここまで歩くのは危険だからだ。なので、冬の閉店はもっと早いようだ。
そして、片付けも一段落して、僕はホテルに戻ろうと思っていた。
「お疲れ様です。本当に今日は〇〇さんがお手伝いしてくれて助かりました」
「いえ、僕もいつもはデスクワークばかりで肩が凝っていたので、久しぶりに接客のお仕事をして少し疲れましたけど、リフレッシュできた気がします」
「あ、その、〇〇さんは親戚ということになっているので、呼ぶ時は〇〇君と呼んでもいいですか?それと、口調ももっと身近な人への口調にさせていただきますけど」
「はい。その方が僕も嬉しいですよ。泉天お姉さん」
「もう、お姉さんはやめてください。泉天でいいです!」
「そうですか?その方が親しみも込められると思ったのですが」
「確かに私の方が年上ですけど、○○さんには、そう呼ばれたくなくて」
「え?」
「な、何でもないです。○○君。いいですね?」
「は、はい。泉天さんがそう言うのでしたら」
二人とも何かちょっと照れ臭くなり、黙り込んでしまった。
「えーと、それじゃ、僕は、これで失礼しますね」
「え?どこに行くんですか?」
「どこって、ホテルに泊まっているので、ホテルに戻ります」
「ダメですよ。親戚なんだから、ホテルに泊まるなんて変じゃないですか?部屋はありますから、ここに泊まってください」
「・・・・」
(あれ、気のせいかな。泊まれって言ったような?)
「○○君の部屋を準備しますから、今日からここに泊まってくださいね」
「え、えーーーーーっ!」
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