第17話 そのカフェの新メニューは『妖精のパンケーキ』(後編)
泉天さんと僕はその後、お店が終わった後と休日に何日も『妖精のパンケーキ』の試作を重ねた。
それは、もうパンケーキが食べたくなくなるほどに・・・。
ある日の夕食時。
「私、○○君が教えてくれた『妖精の羽根が広がる』というイメージは、いいなあと思っています」
泉天さんが、夕食の最中にそう言った。
「ただ、前のクズ餅を使ったパンケーキは、表現の仕方がちょっと違っていたと思うんですよう」
「なるほど・・」
僕は、泉天さんが作ってくれたある料理を食べていた。
僕の大好きな料理だ。
頬っぺたが落ちるほど美味しい。
僕が好きなので、泉天さんはよく作ってくれる。
「うん、あれ?これって・・・」
そうだ!
「泉天さん、これですよ、これ!」
僕は、お皿の料理を指し、あることをした。
「あ、ああ!それ、いいかもしれませんねえ」
泉天さんも頷く。
イメージは固まった。
あとは、それを実現するだけだ。
しかし、それは口で言う程簡単ではない。
それから、また数日、泉天さんと僕は、『妖精のパンケーキ』実現のため奔走した。
「できました」
「やりましたね」
「これが『妖精のパンケーキ』です」
泉天さんが、カフェのカウンターテーブルにプレートを置く。
「おお!見た目も美味しそうです」
見た目は、ふわふわの甘そうな2段のパンケーキの上にさらに、ふわトロの黄色っぽいモノが乗っていて、横に黄色い綿あめのような見た目のふわふわの丸いものがお皿に添えてある。また、トッピング用のバニラアイスも用意する。
「では、いただきます」
「どうぞ」
僕は、パンケーキの上に載っているふわトロのものをナイフで中心に切れ目を入れた。
「うわっ!」
すると、生地がパンケーキを覆うように崩れて行くと、中から金色に輝くハチミツと白いフルーツの果肉、それと混じって黄色い粒粒が溢れ出て来てパンケーキの上に広がった。
割った瞬間、甘いハチミツの香り、瑞々しいフルーティーな香り、そしてそれをさらに強めるように黄色い粒粒の香りが広がり、僕の鼻孔をくすぐった。
これだ!
僕が泉天さんに提案したのは。
パンケーキの上に、妖精があたかも羽根を広げたかのように、柔らかい生地が広がること。
「このパンケーキを覆うふわトロの生地は何ですか?」
「クレープの生地を焦げ目がつかないように焼き上げてすぐ切れて破れるようにしました。中にはハチミツと地元の桃を使った自家製の桃のジャムを合わせています。黄色い粒粒はビーポーレンという丸い花粉の塊です。ロイヤルゼリーの原料にもなりますね。ビーポーレンの粒粒を妖精さんに見立てました。甘い香りに釣られて妖精さんが集まっているイメージです。また、ビーポーレンが甘い香りを引き立たせますね。この生地が破れてパンケーキの上に広がるのは、オムライスをヒントにしましたね。これは、○○君のアイデアですよう」
「ははは。照れますね。でも実際実現すると嬉しいですね。そして、この黄色い綿あめのようなものを上にのせるんですね」
「はい。上にちぎって落としてください」
「では」
そして、僕は、甘い瑞々しい薫りのパンケーキの上に、綿あめのようなふわふわの黄色いものをちぎってその上に落としていく。
すると、パンケーキに触れると粗熱で溶けだすとじゅわっとパンケーキの上に広がった。
バターの豊潤な香りが、下から一気に押し寄せてきた。
「うわ、この綿あめってバターの風味なんですね」
「はい。私はこれを『妖精のバター』と名付けました。『妖精のバター』は北欧の伝説上の妖精トムテが作ると言われるバターのことです。妖精トムテは、牛乳やパンなどを人からもらうと、お礼にこのバターを分けてくれると言われているようですよ。まあ、実際に『妖精のバター』がどんなものかわかりませんので勝手に名付けちゃいました。うふふふ」
「でも、このバターは、見た目も可愛くて妖精はそのまま口に入れてしまいそうです」
「そのままでは、美味しくないと思いますよ。パンケーキの味付けに作ったので、全部ちぎってのせてください」
「はい」
言われたとおり、僕は全ての黄色い綿あめのせた。
「おお!これは、ハチミツの甘い香りに白桃ジャムの瑞々しいフルーティーな香りにバターのコクのある匂いが解け交じりあい、美味しそうな匂いが押し寄せてきますね。実に美味そうだ。では、いただきます」
僕は、フォークとナイフでパンケーキを切り分け、フォークでその一切れを口に運ぶ。
「はい。味の方はどうでしょうか?」
「うわっ!」
僕は、眼を見開いた。
口に入れると、ふわふわのパンケーキが口の中で蕩け、甘いハチミツと豊潤な桃のジャムの風味が口いっぱいに広がり一体となって喉を潤す。
これは、歯が要らない飲み物か?
また、ビーポーレンの粒が溶けると甘い香りが、鼻孔をくすぐった。
「これは、美味しい!美味しいです。これは、ご主人のイメージしたパンケーキと言っていいと思います!」
「どれどれ、私も一つ頂きますね。まあ、本当・・!美味しいですねえ」
泉天さんも頬に手を当て、感心している。
「それに、一種の
「だと嬉しいですね。でもですねえ・・・。これは、提供する時間が重要です。もたもたしていると風味が落ちて感動が無くなると思います」
「確かに。このバターの綿あめも熱が無ければ解けませんからね。こうして食べてくださいと言うのも作った方がいいかもですね」
「ですね」
「それは、僕が作りますね」
「お願いします。私は、スムーズに提供できるように頑張りますね」
「はい、頑張りましょう」
それから1週間ほど僕と泉天さんは、『妖精のパンケーキ』の提供に向けて準備を行った。お客様に素晴らしいものを提供できるように。
ある晴れた日の朝。
『Cafe・プリマヴェーラ』営業前
「これでよし」
僕は、お店の前のメニュー看板に『妖精のパンケーキ』の告知を貼った。
(告知文)
「『妖精のパンケーキ』を数量限定で本日からお出しします。妖精をも虜にするパンケーキ、是非その夢のような体験をご賞味ください!」
写真は無い。
見てのお楽しみだから。
見て、体験して、食して。
その『妖精のパンケーキ』とお客様との一連の
「ふう・・」
お店に入ると、僕の口からため息が漏れた。
「○○君、大丈夫ですか?」
「え?」
「少し顔色が悪いようですよ」
「そ、そうですか?」
僕は、慌てて顔を撫でる。
しかし、泉天さんが心配そうな顔を向けている。
「平気、平気ですよ。元気、元気。ハハハハハ」
僕は、腕を回したりしてアピールする。
「そうですか。あまり無理してはダメですよう」
「はい」
失敗した。
実は、僕は、寝不足だった。会社から送られてくるプログラムの解析やバグの修正などを仕事が終わった後にやっていた。最初に手を出したのが行けなかった。それからも送られてくるようになり、つい手を付けてしまうと、日付を超えてしまうことが多く、昨日などは、朝方までやってしまい、ほとんど寝ていなかった。
いけない。泉天さんに心配かけないようにしないと。こんなの本末転倒だ。休職しているのに、会社の仕事をさせられるなんて。
しかし、放っておけばいいのに。手を出してしまうのは、何故だろうか?
僕は、もう会社を辞めるつもりだったのに、未練があるから・・・なのか?
「○○君、本当に大丈夫ですか?」
僕が、またボーっとしていたからだろう。
「大丈夫です。大丈夫です。すいません」
嫌、今は、そんなことを考えている場合じゃない。
『妖精のパンケーキ』を上手く提供することを考えないと!
お店をオープンすると、間もなく最初のお客様になることが多い野木さんがやって来た。
「いらっしゃいませ~」
「外の看板で見たのだけど、新しいパンケーキが食べられるのかしら?」
「はい、『妖精のパンケーキ』ですね。本日から数量限定でお出ししております。是非いかがでしょうか?」
「あら、ネーミングが素敵ね。どんなパンケーキ?」
「実は、体験していただくことで最大のご満足をご提供できると考えております。ですので、実際にご注文して頂いてお出しした時にこのパンケーキの説明をさせて頂ければと考えています。その方がお客様に感動を提供できると思っておりまして」
「あら、それは、余程自信があるということなのかしら?」
「試行錯誤を重ねて完成したパンケーキなので、多くの方にご体験頂ければと。コンセプトは、『妖精をも虜にする』パンケーキです。是非ご賞味ください」
「それは楽しみね。今日は、是非それを頂きたいわね」
「ありがとうございます」
一番客である野木さんからさっそく『妖精のパンケーキ』の注文を頂いた。
僕と泉天さんは、お互いニンマリした。
「はい。できましたーっ!お願いします」
泉天さんの声がかかる。
おお!
これが最初のお客様に提供する『妖精のパンケーキ』。
このままでも甘い香りが漂ってくる。
感動だ!
いや、そんなことに浸っている場合じゃない。
提供時間が大事なのでだ。素早く動かなければ!
「はい」
ドリンクもそれに合わせて、用意していた。併せて配膳トレイにのせてテラス席の野木さんの元へ運ぶ。
「お待たせいたしました。ご注文の『妖精のパンケーキ』とモーニングコーヒーです」
僕は、パンケーキのプレートとコーヒーカップなどをテーブルに置く。
「まあ、美味しそうな見た目のパンケーキね。甘い香りが食欲をそそりそう。美味しい食べ方はどうなのかしら?」
「はい、先ずこのようにナイフで上の生地に切れ目を入れていただきます」
僕は、食べ方の写真を交えた手順図を作っていた。野木さんがナイフを取りそのとおりにする。
「何これ!一気にふわふわの生地がパンケーキに広がり、ハチミツとフルーツが溢れて来たわ。うーん、甘い香りとフルーティーな香りがとってもいいわね。この黄色い粒粒は何かしら?」
「それは、ビーポーレンという丸い花粉の塊です。ロイヤルゼリーの原料となるもので、甘い香りが増すと思います」
野木さんは、手でバタバタさせて香りを確認する。
「あら、本当ね。次は、この綿あめのような黄色い丸いのをちぎって落とすのね」
「はい」
野木さんは、そのようにした。
「あら、パンケーキに触れたら、バターの豊潤な香りがしてきたわ。これって、バターなのかしら?」
「はい。それは、泉天さんが、『妖精のバター』と名付けたものです。北欧の妖精伝説から取ったものです」
「うーん、甘いハチミツとビーポーレンの香りに、フルーティーな桃の香り、バターの豊潤な香りと色々な香りのハーモニーのようね。実に食欲をそそるわ。さっそく頂くわね」
「はい、どうぞ」
野木さんは、パンケーキをナイフで切り分け、一片を口に運ぶ。そして眼を見開いた。
「これは!美味しいわ。口の中で溶けて、スルッと喉を通って行っちゃった。口の中に甘い余韻が残るのは、ビーポーレンのせいかしらね。うーん、こんなのおばさんでもペロッといっちゃうわよ」
「ご満足いただけましたか?」
「うん、大満足よ。毎日でも食べたい位だわ」
「良かったです。こちらは、トッピング用のアイスクリームとお好みで『妖精のバター』は追加してご利用いただけますので。では、ごゆっくりしてください」
僕は、満足そうに『妖精のパンケーキ』を頬張る野木さんのところを後にした。
そして、店に入ると僕は小さくガッツポーズをする。
「よし!やりました。野木さんに美味しそうに食べていただけました」
「そう、良かったわあ」
泉天さんも評価が気になっていたようで、少し安心したようだ。
その後も、新メニューの『妖精のパンケーキ』を注文いただくお客様が続き、お昼頃には、限定の10食全て完売となった。注文したお客様が写真を撮ったり、食べているのを見て、連鎖的に注文が続いたのだ。
「何あのパンケーキ、すごい美味そうじゃん。俺にもあれ頂戴」
いつものようにカウンター席に座ると、関さんが言う。
「すいません。今日は完売してしまって」
「えー、マジで。凄い美味そうだから残念だわあ。じゃあ、泉天ちゃん、いつもの定食で」
「はいはい」
泉天さんは、満足そうに頷いた。
新メニュー『妖精のパンケーキ』の評判は、上々だった。お客様に、味もそうだが、その遊び心とメッセージ性が受けて楽しんでもらえたのだと思う。
お店を閉店すると、僕等はカフェで一息つき喜びを分かち合った。
「『妖精のパンケーキ』、上手く行きましたね?」
「○○君、やりましたあ!」
泉天さんは、本当に嬉しそうだ。
「『妖精のパンケーキ』は、私一人では無理だったと思います。○○君、本当にありがとうございます。また、夫の夢が一つ叶いました」
「そ、そんな、僕なんか大したことをしていません。泉天さんの熱意が、実を結ばせたんだと思います」
「それに○○君が応えてくれたからですよう」
「そう言われると、照れますね」
僕は、頬を搔く。
「それでですね、今度は、この『森と滝流れるサラダ』を作ろうと思うんです!」
泉天さんは目をキラキラと輝かせて、ご主人の青いノートのそのページを指し示した。
「え?ええ!もう次ですか!」
「はい!」
泉天さんの開発意欲は旺盛なようだ。
「ハハッ、ハハハハハハ」
僕は、思わず笑ってしまった。
「もう何が可笑しいんですか!」
「いえ、そうじゃなくて・・・」
あれ、なんか、急に眩暈が・・・
あれ?
あれ?
やばい・・・。
「○○君、○○君。しっかりして!○○君・・・・・・」
ああ、意識が遠のいていく中で、泉天さんの心配そうな顔と声が薄らいで行った・・・。
(おわり)
(※ご一読いただきましてありがとうございます。このお話の『妖精のパンケーキ』は、あくまでもこのエピソードのために想像したものです。実現性などは考慮していません。あくまでフィクションです。念のため)
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