第16話 そのカフェの新メニューは『妖精のパンケーキ』(前編)

 日曜日。

『Cafe・プリマヴェーラ』の定休日。

 午前11時頃。


「うううう・・・。うはぁーーぁッ」

 ああ、眠・・・。


 前日に会社から送られてきたプログラムのチェックで睡眠時間を削られた。やる気はなかったのだが、ノートPCを開き、つい見てしまうと、興味が湧いてきて、熱中してしまった。終わるのに朝方までかかり、寝たのは朝5時過ぎだったのがいけなかった。

 眠い目をコスりながらダイニングに降りて行くと、泉天さんが、買い出しから帰ってきた後だった。


「すいません。お手伝いできなくて」

「まあ、お寝坊さんですねえ。うふふふ」


 僕が、ぐっすり眠っていたので、疲れていると思って声をかけなかったという。

 泉天さんに申し訳ないことをしてしまった。


 僕は、泉天さんが用意してくれていたをいただく。

 白味噌の豆腐の味噌汁を飲みながら、一緒に買い物に行けなかったことを後悔した。また、ショッピングモールのカフェで美味しいランチが食べられたかもしれないな、などと考えていた。


 すると、泉天さんが話しかけて来た。


「〇〇君、その食事をしたら、お手伝いしてくれますか?」

「はい。勿論です。何をするんですか?」

 やった!名誉挽回のチャンスだ。

「エヘン、新しいメニュー作りです」

「へえ、新メニューですか?それは、どんな物ですか?」


「ターンタラターン♪タラタターン♪タラタターン♪タラタターン♪・・・・」


 え?

 泉天さんが競馬のファンファーレを口真似している。

 何で競馬のファンファーレ?

 いや、ここはつっこむのは、止めておこう。


 ファンファーレで、泉天さんの気分が盛り上がったようだ。

「では、発表いたしまーす。名前はあってですね。『妖精のパンケーキ』と言いまーす」

 泉天さんは、とても嬉しそうだ。

「へえ~。パンケーキですか。僕も好きです。それに素敵なネーミングだなあ。で、どんなパンケーキ何ですか?」

「はい。『妖精のパンケーキ』ですよう」

 泉天さんは再度ニコニコして言う。

 この表情に僕は弱い。

 可愛いとも美しいとも言え、輝いている。しかし、言うべきことは言わないと。

「それはわかりましたけど、味とか触感とか見た目とかがどうなのかな~と」


「え?」

「え?」

 お互い目が丸くなる。


「もしかして・・・、まだ考えてないとか?」

 僕は、思い切って聞く。

「そ、そんなことありませんよ。ちゃんとイメージはありますよう。これです」

 泉天さんは心外だと言わんばかりに、青いノートを取り出した。

「それは、もしかして・・・、」

「そうです。夫の書き残したノートです。この中に『妖精のパンケーキ』があります」

「へえ~。見てもいいですか?」

 僕は、期待が高まりノートを受け取る。

「どうぞ」

「初めて見せて貰えました。どれどれ・・」

 僕は、そこの部分を読んだ。


「『妖精のパンケーキ』は、妖精が周りに集まってくるパンケーキだ。妖精が集まるため、光り輝いているのか、はたまたパンケーキが輝いているのか、とにかく妖精を虜にするパンケーキだ。これは、ほっぺたが落ちるほど美味しいに違いない」


 そして、イメージ図が描かれていた。色鉛筆で描かれている。ふっくらしたパンケーキの周りに小さい羽根の生えた妖精が集まっていて、パンケーキを奪い合っている。その周囲は明るい粒子が舞っているようだ。


「・・・」


 僕は、暫し絶句した。


「こ、これを作るんですか?」

「はい」

「これって、レシピでも何でもない気がするんですけど・・」

「そうなんですよねえ。だから難しくて、ずっと悩んでいたんですよ。夫のメニューは、レシピがある物もあるのですが、そうではないモノも多くて。それは、まだほとんど実現していませんねえ」

 泉天さんが頷きながら困ったなあ、という風にしているが、それよりも楽しんでいるようにも見える。

 

 料理のことは、詳しくないが、色々なアプローチがあるのだろう。漠然としたイメージがあってそれを具現化していくという工程も面白いかもしれないと僕は思った。

 

 何より・・・


 泉天さんの熱意に応えたい。


「わかりました。是非お手伝いさせてください」


 それから、カフェのキッチンに移り、パンケーキの試作を行った。

「では、始めましょう。私が試作したものを先ず作って見ますね」

 先ずは、泉天さんが、パンケーキを作ってみる。卵、薄力粉、ベーキングパウダー、砂糖、牛乳などに甘い香りのする香料を用意してフライパンで作る。泉天さんは手慣れた手つきで作業を進める。卵の白身でメレンゲをツノが立つくらいまで泡立てて適度に混ぜた生地と合わせる。それを少しづつ温めたフライパンに落とし、弱火で加熱する。両面を形を整えながら数分焼くと、ふわふわのパンケーキができた。これにハチミツや生クリームをトッピングして出来上がった。


「おー!美味しそうですね」

 皿を揺らすとトロンとしている。ここまで、柔らかく仕上げるには、とても工夫がいるのだろう。

「はい、どうぞ」

 僕はフォークとナイフでそのパンケーキを頂く。

 口に入れた瞬間に生地がとろけた。

「う~ん、これは美味い!」


 自然と僕の顔がほころぶ。

「そうですか。良かったです」


 このパンケーキは、とても美味しい。


 でも、これは・・・、


「『妖精のパンケーキ』では、売れないですね。そのネーミングは使えないと思います」

「そうなんです。『妖精さんのパンケーキ』とは、言えないです」


「うーん」


 僕と泉天さんは、考え込んだ。

「泉天さんは、ご主人の残したノートのパンケーキを再現したいわけですよね?」

「そうですね」

「ヒントは、このノートの絵と記述だけです。これをどう解釈して如何に具現化していくかになります」

「はい」

 

 また暫く僕と泉天さんは、頭を悩ませた。


「一つ思いつきました」

 泉天さんがポンと手を叩く。


 作業工程は先程と同じ感じで進む。パンケーキを焼くところまでは、一所だ。

「これにですね。これをまぶします」

 黄色い米粒位の粒粒を皿に出した。

 泉天さんは、フライパンから皿に盛り付けたパンケーキにその黄色い粒粒をまぶしていく。

「何ですか?この黄色い粒は?」

「ひなあられみたいなものですね。材料はほとんど同じです」

「なるほど。粒粒で妖精を表現したわけですね」

「はい。できました」


 妖精をイメージした光の点々を米粒位の黄色い粒粒で表現したパンケーキだ。


「さあ、頂いて見ましょう」

「はい」

 試作したパンケーキを食べる。

 パンケーキは先程食べたふわふわのパンケーキとほとんど変わらないが、それに粒粒のほんのり甘いあられの歯ごたえのある食感が加わる。


「・・・」


 美味しいことは美味しいのだが、果たしてこれが『妖精のパンケーキ』と呼べるか?


「うーん、だめですねえ」

 泉天さんもピンと来なかったようだ。

「はい。このあられの少し固い食感は、妖精は、好まない気がします」

「はい。やり直しましょう」


 そして・・・。

「うーん」

「うーん」

 二人が頭を悩ませること、2時間程経過した。


「見た目を妖精の羽根が広がるイメージとかはどうでしょうか?」

 僕が提案する。

「そうですねえ。それはいいかもしれません!何かできるかもしれません。でも、材料や道具が必要ですので、今日はこの辺にしましょう」

「はい」



 3日後、カフェが終わった後に、泉天さんは、『妖精のパンケーキ』の試作をまた行った。


 これは、ちょっと変わった見た目のパンケーキだぞ。


 先ずパンケーキ自体は、少し楕円形をしており、縦にお皿にパンケーキが2個斜めに並んでいる。それ以外の見た目は、前のふわふわのパンケーキと同じようだ。


 でも、何だろう?


 トッピングとしてパンケーキの下からパンケーキを覆うように薄い黄色い透明な生地がそれぞれ、左右から覆っている。


 これは、もしかして・・・


「そのパンケーキの上にトッピングされているのもので、妖精さんの羽根をイメージしました。この状態は、妖精さんが羽根を畳んでいるイメージで、羽根を休めていますねえ」


 やっぱり、そうか!


「なるほど、素敵です!」

「はい」

「この薄い透明な羽根は、何ですか?」

「クズ餅ですね。型を使って薄くして羽根っぽくしました」

「へえ~、色も少し黄色っぽくて、妖精の羽根っぽいかも」

「はい。レモン果汁を使って、すこし爽やかにしているんですよ。食べて見てください」

「はい。これは、こうして食べるんですよね?」

 僕は、トッピングされた羽根を、一枚づつ横に広げた。


 おお、妖精が羽根を広げているという感じになったぞ!


 妖精が羽根を広げているところを表現した可愛らしい見た目のパンケーキだ!


「おお、これはえますね。写メしたくなりますね」

「お味はどうでしょうか?」

「いただきます」

 パンケーキを食べてみる。パンケーキにピラピラのクズ餅の羽根を乗せて食べてみる。


 うん、これは、美味しい。

 パンケーキもクズ餅に合わせたのだろう。若干酸味がある。


「美味しいです。これは、今の時期に食べたくなる爽やかなパンケーキですね。見た目も可愛いですし、お客様にも受け入れられるじゃないでしょうか?」


「そうですねえ」


 あれ?


 でも、泉天さんは、思案顔だ。

「どうしましたか?」

「これは、これでいいのかもしれませんが、これは、妖精のパンケーキでしょうか?」

「あっ!」


 泉天さんのご主人がイメージした『妖精のパンケーキ』は、妖精さえも虜にするパンケーキで妖精が群がって奪い合うほど美味しいというパンケーキなのだ。見た目を妖精に見立てることではないのではないか?


「確かに。これはご主人のノートのパンケーキとは違っています」

 僕は、わかっていなかった。

 僕が、「見た目を妖精の羽根が広がるイメージにしてはどうか」と提案したのが原因だ。


 泉天さんに余計な手間を取らせてしまった・・・。


「すいません。僕が余計なことを言ったから、泉天さんに余計な負担をかけてしまいました」

 僕は、深く頭を下げた。


 僕は、悲しくなった。泉天さんの力になるどころか、お荷物になっているではないか?

 こんなことで、本当に泉天さんの力になんてなれないだろう!


 しかし、泉天さんの反応は、僕の思ったものと全然違っていた。


「○○君、な、何を、頭を下げているんですか?」

 泉天さんが、慌てて困っている。

「でも、泉天さんに余計なものを作らせてしまいました」

「何を言っているんですか、○○君。私は、余計なものを作ったなんて思っていませんよ」

「え?」

「私は、これも『妖精のパンケーキ』と言ってもおかしくないと思います。それに、○○君は、これを褒めてくれました。私は、それだけで、このパンケーキを作って良かったなあと思っていますよう。うふふふ」

 そう言うと、泉天さんは安らぎの笑顔を僕に向けた。

 

 ああ・・・。

 泉天さんの『天』は、使の天だーーーーーーーーーーっ!


 ああ、今、「好きだーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

て、叫びたい。


 でも、言えない。


「あ、ありがとうございます」

「こちらこそ。○○君、まだまだ試作しますけど、一緒に頑張りましょうねえ。一人じゃ諦めちゃいそうだけど、○○君が手伝ってくれれば、必ずできると思いますからねえ」

「はい。僕も頑張ります」


 僕は、必ず『妖精のパンケーキ』を作ってやる、と心に誓った。


                                (つづく)

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