番外編 高橋の逆襲

 とある夏の日の朝。


 ザーーーーーーーッ。

 チュンチュン、チュンチュン、ホーッ、ホケッキョ・・。


 滝の流れ落ちる水音、小鳥の囀り、木々から伝う木漏れ日。

「う~ん、清々しい空気、心地よい光と音。心が洗われるようで実にいい朝だ」

 カフェの敷地に流れる滝の前で、僕は身体を伸ばし、深呼吸する。

 本当にプリマヴェーラここは、素晴らしい。

 カフェにいながらにして森林浴ができる。

 

 でも、ほんの一月ほど前には、僕は自分の生に絶望していて、ここで自殺しようとしていたのだ。

 今では、そんな考えは微塵もない。それも、この空間ばしょ泉天いずみさんとの出会いが僕を変えてくれたからだ。


「ああ、何だか今日は良い一日になりそうな気がするなあ。さあ、一日気合を入れて頑張るぞ!」

 

 と、この時は思っていたのだが・・・。



『Cafe・プリマヴェーラ』オープンの看板を掲げて間もなくだ。


 カランカラン


「いらっしゃいませー」


 入り口のドアが開くと自称イケメンことが今日もやってきた。


 当然のように泉天さんの前のカウンター席に座る。

 いつものように泉天さんに向かって「おはよう、泉天。今日もキレイだ。ああ、嬉しいよ」などと言ってニッコリスマイルを発動するのだろうと思っていたのだが・・・。

 何も話してこないので・・・、仕方ない。こちらから、

「おはようございます。ご注文は、でよろしいですか?」

 僕は努めて笑顔で言う。

 

 ここは、高橋がいつも朝一番にこのモーニングコーヒー頼むので、先手を打ってみる。

 しかし、高橋は言葉を発せず、「まあ、いいだろう」と頷くだけだ。

 なんか今日は、いつもの自信に満ちたようなニッコリスマイルがでない。

 もしかして、気づいたのか?ニッコリスマイルあれをすると、泉天さんに笑われることに!

 いやいや、ただ機嫌が悪いだけなのかもしれない。笑いが漏れそうになるが、ここは、抑える。

 

 僕は、努めて平静にプリマヴェーラのモーニングコーヒーを出した。

 このコーヒーはキリッとした苦みのある爽やかな香りの一杯だ。

 僕も朝一番にいつもこれを頂いている。


さん、どうぞ。モーニングコーヒーです」

 高橋は、コーヒーカップを手に取るとゴクゴクと一気に飲み干して行く。

 げ、火傷しないのか?

 アイスコーヒーじゃないんだから、その飲み方は危ないだろう!


 驚きの眼で僕と泉天さんは、高橋を見つめる。


 そして高橋は、カップをガンとテーブルに置くと、カウンターテーブルをバンと両手で叩いた。

 僕は、ビクっとして、一歩後ろに下がってしまう。


「前からおもっていたのだが・・」

 高橋は、僕の方を向いて言う。

「はい?」

「〇〇君、君は間違っている、間違っているぞ!」

「え?な、何がですか?」

「私は、であって、高橋ではない!」

「はあ?なぞなぞか何かですか?」

「違う。だから、私は、であって、高橋ではないんだよ!」


 ますますわからない。この人は、泉天さんに、振られて頭がおかしくなったのだろうか?


「すいません。何を言っているのかよくわからないのですが・・」

「だから、君は、私を高橋と呼んでいるが、私はなんだよ!」

「わかってますよ。高橋さんですよね?」

「違う!だ!」


「すいません。違いがわかりません」

「仕方ない。視覚化して解説してやろう」

「お願いします」

 何が何だかわからないが、一応従ってみる。

「いいかい、私はだ」

 そう言って、メモ帳を取り出すと、高橋は「髙橋」とハシゴダカで「髙橋」と書いた。

「しかしだ。君は、私の事を『高橋』と呼んでいる」

 そう言って、今度は、「高橋」となべぶたに口の「高橋」を書いた。

「・・・」

 僕は、唖然とした。

「すいません。両方のタカハシに発音の区別は無いと思うのですが」

「発音なのではない。そうだな、の違いだな」

 ウンウンと頷いてこの横暴なタイラント高橋は、言う。

 

 そんなのわかるかーーーーっ!


「すいません。こっちとこっちのタカハシのパッションの違いなんてあるんでしょうか?」

 僕は、タカハシが書いたメモ帳を指して言う。

「ある!仕方ない。泉天、ちょっと見本を見せてあげてくれる?」

「髙橋先輩」

 と泉天さんは、笑顔をタイラントタカハシの方を向いて言う。

「うん。やはり泉天はわかっている」


 そんなバカな!

 僕が言うタカハシとどう違うんだ!


 僕は泉天さんに信じられないという視線を向ける。

「何度も学生時代に練習させられて・・・」

 泉天さんは、困った顔をしている。

 そんなことに泉天さんは、付き合ったのか?

 マジ泉天さんは、天使だ!


 だが、僕は納得できないので言うぞ。

「あの、それって高橋さんの主観か何じゃないですか?」

 思っていたことを素直に告げる。

「また『高橋』と言った。そうではないぞ。君が、私にを払って名前を呼べば、私には『髙橋』と聞こえてくるだろう」

 

 それは、もろ主観だろう!


「さあ、〇〇君練習するぞ!君のパッションを私に見せてみろ!」

 マジか!

 もうヤケクソ!


「高橋さん」

「何だ、それは!パッションが、全くないぞ。次!」

「高橋さーん」

「マチ〇ルダさーんのア〇ロみたいに言うな。次!」

「高橋さ〜ん♡」

「可愛く言えばいいと思っているだろう?甘えるな!次」

 それから、僕は高橋を300回位連呼し続けた。 

 

 そして、ついにその時が訪れた。


「髙・・橋・・さん」

 僕は精も魂も尽き疲れ果て、最後の一声をやっと発した。

 

 ダメだ。もう倒れそうだ。


「それだ!」


 僕は、喉が枯れるほど「高橋」を繰り返し、悟りの境地へと到達した。

 やっと『髙橋』と呼べたと認められたのだ。


「やれた?やれましたか?」

「ああ。〇〇君、やればできるじゃないか!私は猛烈に感動しているぞ!」

「はい!」

 つい達成感から、返事をしてしまう。


「もう、遊んでないで、いい加減に真面目に仕事をしてくださーい!」

 いつの間にか増えていたお客さんを、見てくださいという様に、泉天さんが、テーブル席の方に視線を向けた後、お怒りの眼差しで僕を見る。

「はーい。すいませんでした!」

 クソッ!泉天さんにこっぴどく怒られてしまった!


 やはり僕は、髙橋こいつが嫌いだ!



(追伸)おかしな乗りが続きましたが、次からは普通のカフェのお話に戻ります

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