第18話 すれ違い
早朝。
部屋に朝日が差し込んできた。
「う、ううっ・・」
あれ、ここは?
クンクン・・
真っ白な壁、消毒薬のような匂い。
僕は、静かに目を開けた。
「○○君?」
「良かった・・・」
泉天さんの眼が、じわっと潤んでくる。それを、指先で拭いながら、優しく微笑んでいる。
「泉天さん、僕、どうして病院に?」
僕の記憶は、混乱していた。
「○○君は、カフェで倒れたのよ。先生は・・・、過労ですって。軽いからしっかり睡眠を取れば良くなるそうよ」
「ああ・・」
そうだ。
僕は、カフェで意識を失って倒れたんだった。
「○○君、ごめんなさい」
突然泉天さんが頭を下げて謝る。
「え?どうして泉天さんが謝るんですか?」
「私が、○○君に無理をさせてしまって、○○君の体調のこと、ちゃんと気づいてあげられなくて、こんなことになってしまったから・・。私のせいです」
泉天さんは、目を潤ませながら、本当に申し訳なさそうにしている。
違う!
僕は、身体を起した。
「ち、違いますよ!泉天さんのせいじゃありません。実は・・・」
僕は、正直に告げた。
最近、職場から仕事が送られて来て、夜中にそれをやっていたこと、前日は、それが朝方までかかってしまい、ほとんど寝ていなかったことを話した。
「ですので、みんな自分のせいなんです。お店に迷惑かけてしまい、本当に申し訳ありませんでした。僕、泉天さんにも、こんなに心配かけてしまって・・・」
泉天さんのせいなんかじゃない。
僕の不注意のせいなのだ。
それなのに泉天さんは自分のせいだと自分を責めている。
ああ、ダメだ。
僕は、泣きたくなってきた。
「そうだったんですか」
泣きそうな僕の頬を、泉天さんが優しく撫でる。
「い、泉天さん・・・」
「○○君、無理はしないでくださいね。気づいてあげられなくて、ごめんなさい。本当、私・・・、店主失格ですね」
泉天さんの頬を涙が伝った・・。
「泉天さん・・・」
「ごめんなさい」
泉天さんは、涙を拭った後、笑顔作り、僕を気遣う。
泉天さんを、僕は悲しませてしまった。
泉天さんにこんな顔をさせてしまった。
僕は、最低だ・・・。
「さあ、帰りましょう。先生も目が覚めたらもう帰っていいです、とおっしゃっていたので」
「は、はい」
「○○君、今日は一日休んでいてください。カフェの方はいいので」
「え?大丈夫ですよ。もう元気になりましたから」
「いーえ、今日は一日安静です。これは、店主命令ですよ」
「泉天さんこそ、僕につきっきりで寝てないんじゃないですか?」
「そんなことは、ないですよ。寝ました、寝ました。うふふふ」
ウソだ。
泣いたせいもあるかもしれないが、泉天さんの眼は赤い。
「あ!安静なんですから、職場のお仕事も謹んでくださいね」
「それは、もうやめます」
泉天さんを悲しませることになった仕事など、もうやるものか。
僕は、職場の仕事に八つ当たりをしたのだ。
「○○君」
「はい」
「私、○○君が、職場に戻るの応援しますからねえ」
泉天さんは、そう微笑みながら言ったが、その眼は哀し気に僕には映った。
「泉天さん・・・」
この人は、いつも自分の気持ちを押し殺している。
【
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「過労ですか?」
○○君が救急車で運ばれた病院で先生から私は話を聞きました。
「ええ、あまり寝てなかったんでしょうね。睡眠不足です。軽いので点滴して、ぐっすり寝れば明日には回復するでしょう」
「そうですか・・」
私は、過労と聞いて、ドキっとしましたが、軽いと聞いて少しホッとしました。
私は、夫を過労でしなせてしまった。
気付いてあげられなかった。
そのことが、今でも一番心に刺さっている。
○○君にも・・・。
私は、また同じ過ちを繰り返してしまっている。
私は、ぐっすりと眠っている○○君の顔を見つめていた。
「○○君、ごめんなさい、ごめんなさい」
自然と、涙が溢れ、頬を伝う。
ダメ!
私が、ちゃんとしないと。
○○君は、夫と似ている。
私は、○○君の手を握る。
暖かい。
○○君は、とても優しいから無理をしても心配かけないようにとその素振りを見せない。
○○君を絶対に夫のようにしては、いけない!
夜が明けて来た。結局病室で朝を迎えてしまいました。
「う、ううっん・・」
「○○君?」
○○が気づいた!
「良かった・・・」
私は、心から本当にホッとした。
○○君が、目を覚ましてくれた。
「泉天さん、僕、どうして病院に?」
○○君の記憶は混乱しているよう・・。
「○○君は、カフェで倒れたの。先生は・・・、過労ですって・・」
私にとって、この言葉は重い。
自然と表情が曇ってしまう。
「でも、軽いから睡眠を取れば良くなるそうよ」
そうじゃない。
それでいいわけではないの!
「○○君、ごめんなさい」
「ど、どうして泉天さんが謝るんですか?」
○○君が私の顔を見て、表情を曇らせる。
「私が、○○君に無理をさせてしまって、○○君の体調のこと、ちゃんと気づいてあげられなくて、こんなことになってしまったから。私のせいですね」
そう、これは、わたしのせいだ。
○○君の顔をちゃんと見れない。
ああ、涙が出ちゃいそう。
「ち、違いますよ。泉天さんのせいじゃありません。実は・・・」
○○君に職場の仕事を夜中にしていたことを告げられた。
そうか。職場のお仕事をしていて寝不足になってしまっていたのね。
そうだった。
○○君の本当の仕事は、プリマヴェーラの仕事じゃない。
「ですので、みんな自分のせいなんです。お店に迷惑かけてしまい、本当に申し訳ありませんでした。僕、泉天さんにも、こんなに、こんなに心配かけてしまって・・・」
○○君の瞳が潤んできた。
○○君の気持ちが伝わって来る。
この子は本当に優しいんだわ。
「そうだったんですか・・・」
泣きそうな○○君の顔に私は、自然と手を伸ばしていた。
「い、泉天さん・・・」
私の手に○○君の涙が零れ落ち、手の甲を伝った。
「○○君、無理はしないでくださいね。気づいてあげられなくて、ごめんなさい」
ダメだ。
私も涙が止められない。
「私・・・、本当、店主失格ですね」
心からそう思い、○○君の顔が霞んで直視できなかった。
「泉天さん・・・」
「あ、ごめんなさい」
ダメ、私がもっとしっかりしないと○○君が前に進めないじゃない!
○○君は、職場のお仕事にまた取り組める位まで、回復した。
彼のためにも、それを喜ばなくちゃいけない。
プリマヴェーラの仕事が彼の足かせになるのは、本末転倒だわ。
私がやることは決まっている。
彼の背中を押してあげること。
もう、彼はプリマヴェーラから巣立つ時なのよ。
でも、私は、それでいいの?
○○君が、いなくなってしまっても?
○○君が来てくれたこの2カ月間、私は、本当に楽しかった。
夫がいなくなり、懸命に働いて来ただけだった私に喜びを与えてくれた。
とても充実していたのだと思う。
○○君が離れていく。
いつもそれはどこかにあり、承知していたことだったはずなのに。
○○君と一緒にいる時間が長くなり、次第にそのことを考えることが不安になっていた。
そう、私は、○○君と離れたくないんだわ。
今なら、わかる。
でも・・・・。
「○○君」
「はい」
「私、○○君が、職場に戻るの応援しますからね」
これが、私の答え。
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