第19話 そのカフェの女店主の誕生日に 1

 ある日の良く晴れた日のお昼時。

 Cafe・プリマヴェーラ。


「はあ・・・」

 泉天さんの今日聞く何回目かの溜息だ。

 少し上の空のようにも見える。


 僕が病院に運ばれてから、泉天さんは、責任を感じているのか、どこか物憂げで元気がないことが多かった。


 自分が心配をかけたせいで、このようなことになってしまった。自分自身に僕はいら立っていた。


 そして、泉天さんが元気がないことは、お客さまにも伝わっていた。


「なあ、○○君。最近泉天ちゃん、元気なくないか?」

「何かあったのだろうか?」

 ほぼ毎日昼時に来る常連の関さんと近藤さんが、泉天さんがカウンターから離れた時に僕にヒソヒソと聞いて来た。


「それは・・・」


 僕は、少し躊躇ったが、自分のせいであると正直に答えようと思った。

「実はですね・・・」


 僕は、事の経緯を話した。


「ふーん、そんなことがあったのか」

「なるほど~」

「すいません、だから僕のせいなんです」

 僕は俯くしかない。


「そうか?○○君のせいじゃないと思うぜ。まあ、関係ないとは言わんが」

「え?」

「まあ、気にするな。それよりもがあるだろう?」

 関さんがニっと笑う。

「泉天ちゃんを元気づけるぞ」

「ですな」

「僕もできるなら、そうしたいですけど・・・」

「丁度だし、これは、『泉天ちゃん元気出せ作戦』を実行する時だな」

「ですな」

 関さんと近藤さんが顔を見合わせコクリと頷く。

「な、何ですか?それは?」

「フフフフ、○○君。店が終わった後、出て来れるか?を行うぞ」

「は、はい。大丈夫だと思います」

「よし。じゃあ。18時頃に迎えに来るからな」

 

 、何をやらかそうとしているのか、関さんと近藤さんがニンマリしていた。

 この2人はどこまで仲がいいいのだろうか、気になるところだ。

 

 だが、僕はいつの間にかこの2人を頼りにしていたのだ。

 


 泉天さんが、テーブル席のお客さんとの会話を終えて、カウンターに戻って来た。

「泉天ちゃん、今晩、ちょっと○○君を借りていいか?」

 関さんが僕の代わりに切り出した。

「あら、珍しいですね。どうしたんですか?」

「いや、○○君をこの辺の美味しいお店に連れてってやろうと思ってさ」

「あら、いいですねえ。私も一緒に行ってもいいですか?」

 泉天さんは、ニコっと笑って言った。

「えー、泉天ちゃんと食事!あ、それは・・・。むむ、でもな・・・。しかし、ここは・・・。う~ん」

 

 関さんが、腕組みをして葛藤してしまっている。

 

 泉天さんとの食事ととで心が大きく揺れている。

 泉天さんがいては、作戦会議ができない。


 関さん、ここは誘惑に負けないでください!


「何を迷っているんですか?ダメなら別にいいですよ」

 泉天さんが、痺れを切らした。

 一方の関さんの顔は、もう緩んでしまっている。

「いや、ダメじゃないんだけどね・・・。むしろ行きたい!」


 行きたいって言っちゃったよ、この人!


 だから、ここは負けないでくださいよ。

「よし、一緒・・」


 ダメだ、関さんに任せておけない!


「あの!泉天さん。実は、の大事な話があってですね。ですよね、近藤さん?」


「あ、うん。そうだったね」

「そうですか。そう言うことなら、仕方ないですね。3人でどうぞ。でも、○○君に変な事吹き込まないでくださいね」

「しない、しない。もう、俺等どう見られてるのよ」

「うふふふ。○○君、あまり遅くならないようにしてくださいね。寝不足はダメですから」

「・・・はい」

 泉天さんに釘をさされた。

 はあ、僕の信用がガタ落ちしている。




 そして、18時半頃。


 僕と関さんと近藤さんは、地元のカレーが名物のレストランにいた。

 高い背もたれの長椅子で仕切られたボックス席に座っていた。


「ここは、地ビールも美味しいんだぜ。まあ、俺は運転だから飲めないけどな」

「私は、貰いましょう!」

 近藤さんは、関さんが送ってくれるから、迷わず注文する。

「僕は、やめておきます」

 僕は、関さんに悪いと思って遠慮した。あまり、お酒も強いわけではないし。

「何だ?遠慮しなくていいんだぞ」

 関さんに促される。

「えーと・・。では、1杯だけ頂きます」

 ここは、厚意に甘えることにする。


 運ばれてきたビールは、フルーティーな味わいで、あまりお酒が飲まない僕でも美味しく頂けた。

 料理として、大小ソーセージの盛り合わせと各自のカレーを注文した。カレーは、大皿にたっぷりのサラダが盛り付けられていて、さらに大きなベーコンがカレーを覆うようにトッピングされている。ベーコンの上にはレーズンバターが蕩けていた。実に美味しそうなカレーだ。

「さあ、食べながら話そうぜ」

「このカレー、めちゃ美味しいです。プリマヴェーラのカレーも好きですけど、ここのカレーもじっくり煮込んである甘めの味は、僕好きです」

「だろう。美味いよな」

「美味い、美味い」

「ああ~、泉天ちゃんと一緒ならもっと美味かくて、楽しかったったろうなあ。あ~あ」

「う~ん、それは、残念、残念・・」

 二人は、本当に残念そうに溜息をついている。


「また今度、誘えばいいじゃないですか?」

 僕が素朴な疑問をぶつけた。

「ああ?何言ってるんだ!何度誘っても今忙しいのでと言われて、泉天ちゃんには、いつも断られるんだよ」

「そうそう」

 近藤さんがうんうんと頷く。


 そう言えば、そんなことを前も聞いたのを思い出した。


「いつも泉天ちゃんと一緒にいる○○君には、この切ない俺たちの気持ちなどわからんのだよ」

「はあ・・・」


「そうだ!また、○○君を連れ出せばいいんだよ。そうすれば、泉天ちゃんもついて来るぞ」

「おお、いい考えですな!」

「いや、僕をダシに使われても・・・」

「ははは、そうしよう、そうしよう」

 もう結論出したよ。

 立ち直りの早い2人だ。


「あの、それよりも泉天さんを元気づける作戦会議というのは?」

「おお、そうだ、そうだ」

「それですな」

「もうすぐ泉天ちゃんのだろう。8月×日。ちょうど来週の日曜日だな」

「え?泉天さんの誕生日なんですか?」

「何だ?○○君知らなかったのか?」

「・・・すいません。聞いていなくて」

「まあ、泉天ちゃんのことだ。聞かれなければ言わないよな」


 ああ・・・。

 関さんや近藤さんの方が、泉天さんのことを知っている。

 僕は、居候でも一緒に住んでいるとは言え、泉天さんのこと、わかっていないことが多い気がし、自分が情けなくなった。


「それでだな、誕生日を盛大にお祝いして泉天ちゃんを元気づけようと言うのよ」

「いいですね、それ!」

 関さんにしては、まともな提案だ。


「そう言えば、泉天さんの何歳の誕生日なのでしょう?」

「お前、それは・・・」

「そこは、突っ込まないほうがいいのでは?」

「え?」

「あのな、オンナと言うのは、いつまでも若くいたいと思うものなのさ」

「そうそう」

「泉天さん、実際の歳よりもずっと若いですよね。確か3・・、ウグっ」

「ストップ!それ以上言うなよ」

 関さんと近藤さんが僕の口元を抑えた。

 苦しい!窒息する。


 僕は、わかったらからと、何度も頷いた。


「ぷはっ!」

 窒息して死にそうになった。


 息が戻って来たところで僕は聞いた。

「はあはあ・・・。でも、ケーキの蝋燭ろうそくの数って歳の数って言うじゃないですか?」

「フフフフ、それはな。20本でいい」

「え?20本。何でですか?」

「永遠の20歳ってことだよ。女はな、20歳って言われると喜ぶんだよ。だから、20本だ!」

 それだと、僕より若くなってしまうけど、突っ込むのはやめた。

 何か、こじつけのような気がするが、泉天さんが若いということ伝えるということかな。


「まあ、歳の話は置いておいて。○○君、カフェでやるからな」

「え、プリマヴェーラでですか?」

「そうだよ。それが一番いいだろう?」

「まあ、そうですね」

「サプライズでやるから、泉天ちゃんにばれないように準備しないといけないぞ。だから、準備している間泉天ちゃんが家にいるのは、マズいんだ」

「はい」

「それじゃあ、○○君、泉天ちゃんを日曜日俺等が準備している間連れ出すのヨロ~」

「え?僕がですか?」

「他に誰がいるんだよ?」


「ふっふっふーッ。その役目は、私が適任じゃあ・・、ないかな?」


 突然、髙橋さんが向こう側のボックス席の上から顔を出した。

「高橋さん、どうしてここに?」

「あ、えせイケ野郎!」

(※)だ。誰がえせイケだ。私は、真のイケメーン・・・の髙橋だーよッ。フっ」


 ※高橋と髙橋の話は「番外編 高橋の逆襲」をご確認ください。


 高橋さんは、サラサラの髪を靡かせ、流し目で微笑む。そう言うと、自分のボックス席から出て来て、何故か僕の横の席に腰かけた。

「フフフ、話は聞かせてもらったよ。その話に私も乗ろうじゃないか」

「盗み聞きしてたのかよ」

「盗み聞きとは、人聞きが悪いな。それだけ大きな声で話していれば聞こうとしなくても聞こえて来るというものさ。ああ、それは置いておいて、泉天の誕生日の話、是非私も協力させてもらおうじゃないか」

「いや、お前には頼んでいないから。それに呼ばないし」

「いやいや、泉天のことを学生時代から知っているのは、この私だけだよ。私がいれば、泉天の好みも承知しているから、最高のサプライズができると言うものだよ」

「すげえ自信だな」

「そうさ、私はイケメンだからね。君たちが困っていたパーティーの準備の間、泉天をどこかに連れ出すのを、私がやらせてもらおうじゃないか」

「こいつ、泉天ちゃんを連れ出したら、きっと戻って来ないつもりだぞ」

「何を言うんだい。そんなことはしないさ。まあ、泉天が私の真のイケメンの魅力を再認識したーら、高級レストランやホテルで、二人で誕生日祝いになるかもねえ。その時は勘弁してもらいたいが」

「こいつ、全然、下心隠さねえーー!」

「フフフ。イケメンには、下心なんか必要ないんだよ。全てオープンで問題無いのさ。それーが、真のイケメンなのさ」

 髙橋さんは、肘をテーブルに乗せ、顎に手を突き自信の笑みを浮かべている。

「おい、こいつ、さらっと凄いこと言ったぞ」

 関さんが、髙橋さんを指さし、立ち上がる。

 関さんの苛立ちが頂点に達したようだ。


 ダメだ、ここは納めないと。


「わかりました。僕が泉天さんを連れ出します。日曜日、泉天さんは買い物に行くと思うので、僕が付き添って時間を稼ぎます。その間に皆さんは準備を進めてください」

 僕は、2人のやり取りを聞いていられなくなり割り込んだ。

「そうそう、○○君がそう言ってくれればいいのさ。ウザいえせイケ野郎は、放っておこう」

 関さんは、もう髙橋さんを無視するつもりだ。

「君たち、それはないんじゃないか?」

「あのう、もうから高橋さんも加えたらどうでしょう」

だ。うるさいとは何だ。○○君、あの特訓の成果を忘れているぞ」

「いや、思い出したくないし・・・(※)。それに、泉天さんとの付き合いが一番長いのは高橋さんです。パーティーの準備に貢献していただけるんじゃないでしょうか?」


※繰り返しますが、高橋と髙橋の話は「番外編 高橋の逆襲」をご確認ください。


「仕方ねえか。それに、仲間はずれにしてこいつから泉天ちゃんに誕生日パーティーのことチクられたら元も子もなくなるからな。仲間に加えてやるからありがたく思えよ」

「私は、そんなことはしないさ。イケメーンとは、誠実じゃないといけないのさ」

「こいつ、言う事が一々ウザいな」

 関さんが、また、イライラしている。

「まあ、そう言わずに」

 僕は関さんを宥める。

「もういい。段取りこうだ。まず、…………して、……………それから、………それに、………さらに、……それと、……これも……おっと、こっちも………で、こうだ。いいか?」

「わかりました」

「まあ、いいだろう」


 簡単に言うと、招待客を決めて声をかけ、会場のセッティングと準備の割り振りを行い、当日は、僕が泉天さんを連れ出している間に、関さんたちがプリマヴェーラで誕生日会場の準備を行うという事だ。

 

 話し合いは終わり、キャッシャーで関さんが会計を済ませた後言ってきた。

「○○君、泉天ちゃんへのプレゼント、)考えておけよ」

 僕は、最後に関さんにそう言われ肩を叩かれた。

「あ、はい」

 

 そうだ。大事なのはプレゼントだ。

 僕は、泉天さんに何を贈ろうか?


 そんなことを真剣に考えている時だ。

「〇〇君、ちょっといいかい?」

 店を出ると僕は、髙橋さんに呼び止められた。


 そして、関さんと近藤さんとは少し離れた場所に連れて行かれた。

「何でしょうか?」

「君は、泉天のことをどう思っている?」

「どうって?」

「恋愛的にどうかだよ」

「え?それは・・・」

 

 僕は言うのがためらわれ、俯いていた。

 それを伝えるのは、からだ。


「言えないのかい?」

「すいません。それは、高橋さんには関係ないと思います」

「そうか。まあ、いいよ」

 それで解放されるかと思った。

 

 しかし、僕は、高橋さんにお店の壁に押され、壁ドンされた。

 そして、髙橋さんは真剣な表情で僕の耳元に言った。


「泉天はな、〇〇××△△◇◇♥♥…………なんだよ。私は、△△◇◇♥♥ぞ」

「・・・」


 僕は、その言葉を聞くと、唯々呆然と目を見開いて、絶句していた。


                               (つづく)

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