第7話 そのカフェの女店主の気持ちが知りたい

 『妖精のCafe・フェアリー』が上手く行った晩。


「ああ~」

 僕の口から溜息がもれる。自分の部屋のベッドに横になり、僕は悶々としていた。

「僕は何をやってるんだ!」

 枕で顔を覆う。


 僕は、あの時、自分のを伝えようとしたのに・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「○○君・・・。どうしました?」

 泉天さんが、俯いたままのぼくの顔色を窺う。

「大丈夫ですか?」

 僕は、緊張した顔を上げた。

「あ、あの!僕、泉天さんのことを・・・」

「・・・・」

「泉天さんの、泉天さんの力になれて、泉天さんに喜んでもらえて・・・、良かったです。ハハハハ」


 はあ?


 何を言ってるんだ、僕は!

 僕は、泉天さんの手を離す。

「は、はい。ありがとうございますねえ」

 そして、泉天さんはニッコリと微笑んで、カフェに入って行った。

 僕は、その後ろ姿を呆然と静かに見送った・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 情けない・・・。ヘタレだ。


 はあ、いざ自分の気持ちを伝えようと思うと言葉が出てこないものだ。

 それは、そうだ!

 失敗したら・・・、と思うと躊躇してしまう。

 枕を脇に置き、天井を見上げた。


 だって、失敗したら、今の関係は壊れてしまうじゃないか・・・。

 ここを出て行かなくてはいけないだろう。

 

 僕は、まだ泉天さんといたい!

 

 だったら、泉天さんの気持ちがどうかわかるまでは、今のままがいい。


 泉天さんの気持ちか・・・。


 それが、わかれば苦労しないのだが・・。

 ホント、考えが読めない人だ。

 僕みたいな年下は好みじゃないのかな?

 でも、僕のおかげで、『妖精のカフェ』をやれたって、言ってくれた!

 いやいや、僕がたまたまいたからだ。

 他の人でも手伝いはできる。


「ああ!」

 自分に腹が立つ。

 そんな悶々とした思考をしていると、なんか喉が渇いて来た。



 僕は、1階のダイニングにミネラルウォーターを取りに降りると、泉天さんがテーブルに座っていた。背中を丸くしてパソコンで何か作業をしているようだ。


「う~ん、」う~ん」

「どうしましたか?」

「キャっ!」

「うわっ!」

「もう、驚かさないでください」

「いえ、こっちがビックリしましたよ」

「すいません、○○君が来たの、気づきませんでした」 

 僕は、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、栓を開けると、一口飲んだ。

「何をしてるんですか?」

「カフェの経理ですよ。最近フェアリーの準備とかでサボってしまっていたので」

「何か、悩んでいるようでしたけど?」

「この帳簿の計算がどうしても合わなくて・・・」

「見てもいいですか?」

「はい」

 僕は、エ〇セルシートで作られた帳簿を見た。

「合うわけがない・・・」

「ええ?」

「ここの計算式滅茶苦茶ですよ。何で足すところ引いてるんですか?」

「え、そうだったかしら?」

「計算の範囲も全然違いますよ」

「ここは、かけるところを割ってます。すぐわかると思うんですけど」

 つい呆れて強い口調で言ってしまった。

「そ、そんな言い方しなくても・・、いいじゃないですか」

 泉天さんがむくれている。


 まずい!泉天さんを怒らせてしまった。どうしよう?


「あれ?どうして、総計と収支は合ってるんだろう?」

「ああ、そこはで計算していますので」

「え?」

 言われてみると、そこは、手打ちで数値が打ち込んであった。

「私、暗算は得意なのです。エヘン」

 泉天さんは得意顔に戻った。


「でも、帳簿は滅茶苦茶ですね」

 僕は、泉天さんの得意顔の鼻をへし折る。

「ううう、言わないでください・・・」

 泉天さんは、耳を手で覆う。

「ちょっと、代わってください」

 僕は、泉天さんと席を代わり、パソコンの前に座ると、おかしな計算式を洗い出して淡々と直していく。

「すごい!○○君パソコン得意なんですね」

「本業は、プログラミングなので」

「まあ」

 泉天さんが尊敬の眼差しで僕を見ているのがわかるが、大したことではない。


「はい、これで出来ましたよ」

「まあ、本当!全部、合ってます。こんなに早くできるなんて、凄いです!○○君」

 僕は、5分位で修正を終えた。ほとんどやり直しだったが。こんなおかしな帳簿でも収支が成り立ち、カフェの経営が成り立っていたことが不思議な位だが、全て泉天さんの頭の中では収支計算が出来ていたということだ。そちらの方がむしろ凄いだろう。


「また、夜中までかかると思ったので、助かりました」

「いや、そこまでの内容じゃ・・。泉天さん、良かったら僕が帳簿付けますよ。泉天さんに身体壊されたら困りますので」

「本当!じゃあ、お願いしようかしら。私、パソコンが苦手で」

「任せてください」

 泉天さんは、本当不思議な人だ。できることとできないことが両極端と言うか・・。

 そんなところも、彼女の周りの人が惹きつけられるのだろう。

 


 それからも、僕はカフェの仕事を積極的にこなした。

 もっと泉天さんの力になりたかったから。

 接客や片付け、仕込みの準備だけでなく、コーヒーの淹れ方やお店のメニューの調理も行えるよう泉天さんに教わり、頑張ったつもりだ。



 そうして2週間ほどが経過した。


「はい。お待たせしいたしました」

 僕は、いつも朝に来て滝が見えるテラス席に決まって座るお客様の初老でいつも上品な服装の野木さんにコーヒーを出した。

「いつもありがとう。○○君ももう慣れたものね」

 そう言って、野木さんはコーヒーを啜った。

「いかがでしょうか?」

「え?」

「そのブレンドは、僕が淹れさせていただいたんですけど・・」

「あら、そう。おいしいわよ」

「よかったです」

 僕は、常連のお客様である野木さんにそう言ってもらえてホッとした。



「どうでしょうか?」

 仕事が終わった後に、僕が作った生姜焼きを泉天さんに食べてもらった。もちろん、プリマヴェーラの味だ。作り方を泉天さんから教わり、何度か試してみて覚えたものだ。お肉の柔らかさがポイントなので、仕込みが重要だ。

「どれどれ・・」

 泉天さんが、一口食べる。

「うん、お肉も柔らかくていいですね。もう少し濃くてもいいかも。でも美味しいですよ」

「よかった。僕、もっと泉天さんの力になりたいので、調理も頑張りますから」

「うふふふ。頼もしいですね」


「でも、そのうち○○君も帰るのでしょうから、あまり頼っちゃうと一人になった時が大変ですねえ」

 ふと、僕には泉天さんの表情が陰ったように見えた。

「・・・」

 僕は思い切って聞いてみた。

「泉天さんは、僕にここにいて欲しいですか?」

「え?」

 泉天さんは、思いがけない質問だったみたいでキョトンとしていたが、少し間を置いて言葉を継いだ。

「私には、○○君を引き留めるはないですよ」

「資格・・ですか・・・。僕は、泉天さんのを聞いたつもりだったんですけど・・」

「私の気持ち?」

 泉天さんは、少し戸惑っているのがわかった。

「そうです。僕にいて欲しいのかどうかが。泉天さんの気持ちを僕は知りたい」


 この質問は、いじわるだとわかっていた。泉天さんが動揺しているのがわかる。でも、泉天さんは口を開いた。

「○○君にいて欲しい気持ちはあります。でも、○○君には、○○君の仕事があるでしょ?残念ですけど、○○君が仕事に戻るなら私は応援するし、その覚悟も持っています」

「僕は、まだ僕は泉天さんにとってなんですね」

「え?」

「いえ、ありがとうございます。お気遣い頂いて。僕は、今は休職中ですが、よっぽどの事が無い限り、仕事には戻らないでしょう。だから、ここで働けるなら、泉天さんと働けるなら、その方が僕にとって今は大事なんですよ。すいません、困らせるようなことを言って」

「○○君・・・」

 

 僕は、頭を下げてそのままカフェを出た。


                                (つづく)

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