第21話 そのカフェの女店主の誕生日に 3

 そして、泉天いずみさんの誕生日当日の日曜日がやってきた。

 その日は、嬉しいことに気持ちいい位に晴れてくれた。


 も泉天さんの誕生日を祝福しているのかもしれない。


 

 その日の朝、僕は泉天さんと朝食を取っていた。

 

 僕は、関さんたちが、カフェで誕生日会場のセッティングをしている間、泉天さんを連れ出して足止めしなくてはいけない。

 カフェの鍵は、もう空けておいた。


「泉天さん、今日、買い出しに行きますよね?」

「はい」

「僕もご一緒します」

「お願いしますねえ。今日はいっぱい買いたいのでえ」

 ニコニコと微笑みながら泉天さんは言う。


 うん、いつも通りの泉天さんだ。


 しかし、今日が誕生日だと言うのに、全然意識してわかっていないように見える。

 本当は、僕が一番に誕生日おめでとう、と言いたかったが、泉天さんからのに、言う訳にもいかない。歯がゆいところだ。



 泉天さんの薄い空色の可愛い小型車でショッピングモールに行向かう。


「あら、あの車は?」

 国道を走っている途中で、ボディにアイドルがプリントされた派手なピンク色の車とすれ違う。間違いなく関さんのだ。こんな片田舎では見間違いのしようもない。

「関さん、どこに行くのかしら?」

「さあ、どこでしょうね?いい天気ですから遠くに行くんですかね・・・」

 僕は、とぼけた。



 ショッピングモールに着くと、いつものようにカフェで使う食材などを購入していく。また、多くの荷物を両手両肩一杯に持ち、車まで運ぶことになった。


「ふう」


 全ての買い物が終わり、車に荷物を積め終わると僕は泉天さんに言った。

「あの、少し買い物をしてきても良いですか?買いたいものがありまして」

「あら、何ですか?案内しますよ」

 

 げ!


 泉天さんについて来られては困る!

 誕生日に関連するものを買うのだから、誕生日会のことがばれてしまいかねない。


「ああ・・。大丈夫です。一人で行けますから。じゃあ、行ってきまーす!」

「あ、○○君!」 

 僕は、泉天さんの声を振り切り、さっさと走って行った。


「ふう、危ない危ない・・」

 とんだ冷や汗をかいた。



 僕が目当てのものを買い車に戻ると、泉天さんは車内で待っていた。僕は、泉天さんに覚られないように買って来た物をトランクの奥に隠した。

「何を買ったんですか?」

「えーと、それはですね、後でわかるといいますか・・」

 僕は、視線を逸らし、頬を搔きながら、言葉を濁した。

「もう、変な○○君ですねえ」

 泉天さんは、ちょっと不満そうだ。


 2時間ほどの買い物を済ませると泉天さんが言った。

「それじゃ、ランチをして帰りましょうか?」


 え?

 ランチ?

 そうだ!

 いつもショッピングモールここに来るとランチして帰るんだった。


 ダメだ!

 食べて帰るわけには行かない。


 関さんたちが誕生日パーティーの用意をしているんだから。何とか泉天さんを帰らせないといけない。


「あの、帰って食べませんか?僕、泉天さんの料理が食べたいなあ。ハハハ」


 わざとらしいだろ!


「いつも食べてるじゃないですか?もうお昼ですよ。お腹空いてきたでしょ?薫さんのカフェで食べて帰りましょうよ」

 泉天さんは、いぶかるように言った。

「あ、いえ、僕は、まだ大丈夫ですよ。だから、戻りましょう」

 何としても、すぐに戻ってもらわなくてはいけない。

「私、作るの気が進まないんですけど・・」


 益々不満そうに泉天さんは言う。

 弱った・・・。


「あ、そうだ!今日は、僕が作りますよ」

「え?○○君が?別に無理しなくていいですよ」

「いえ、泉天さんに僕の料理食べてもらったのは、カフェのメニューを味見してもらった位なので。是非僕の手料理を泉天さんに食べてもらいたいなー、なんて」

「うーん、そうですか。○○君が手料理をご馳走してくれるなんて、それは、楽しみですねえ」

 よし!泉天さんの気を引けたようだ。嬉しそうに微笑んでくれている。


 ああ、泉天さん、すいません。そんなに喜んでくれるなんて。

 今日は、ダメなんです。

 僕の料理は、近いうちにご馳走しますから・・・。許してください。




 そして、カフェの駐車場に到着すると何台か車が駐車してあった。

「まあ、いっぱいお客様の車が止まっているわ」

「そうですね」

 その中には、関さんのピンク色のイタ車や髙橋さんの白のB〇WのSUV、それに近藤さんのシルバーのト〇タ車も止まっていた。


「もしかしたら、今日営業日だと思って見えたのかしら?」

「いや、さすがにこんなに皆さんが間違えることはないかと・・」

「確かに、そうねえ・・。なら、なんでしょうか?」

「うーん、何でしょうね・・」

 僕は、さも知らないかのように、わざとらしく装う。


「とにかく、お客様を待たせる訳にもいきませんねえ」

 泉天さんは、ゆっくりとカフェに続く林道に車を進める。この道は、小型車が一台通るのが目一杯の道幅だ。右側は崖が近いところもあるので、危険だ。


 泉天さんの車の駐車場はカフェの横にあるのでそこで泉天さんは車を止めた。

 

 Cafe・プリマヴェーラからガヤガヤした声が漏れて来る。


「あら、カフェの中から声が・・。皆さんカフェにいるのかしら?」

「みたいですね。泉天さん、僕は、荷物を持って行きますので。先にカフェに入ってください」

「そうですね。じゃあ、荷物お願いします」



 そして、泉天さんがカフェのドアを開けて中に入った。


 カランカラン

 パンパンパン!


「泉天さーん、誕生日おめでとう!」

「わあーーーーーーッ!」

 パチパチパチパチ・・・・・・・。


 中からクラッカーの音が弾け、みんなの陽気な声が響いた。


「えーと、これは?」

 泉天さんは、驚きで呆気にとられている。

「皆さんが、泉天さんの誕生日会を企画してくれたんですよ」

 僕が、後ろから荷物を抱えながら泉天さんに言う。

「えー、うそーーっ!」

「泉天ちゃん、こっちこっち。主役の席はここだよ」

 関さんが手招きする。

「ええ?ああ・・、はい!」


 泉天さんは呆気にとられ、おずおずしながら、関さんに言われた席に座った。

 参加者は子供も含めて10人以上いた。皆プリマヴェーラのお客様だ。


「じゃあ、改めて泉天ちゃん、誕生日おめでとう!」

「泉天ちゃん、おめでとうね」

「泉天、誕生日おめでとう!」

「泉天さん、おめでとうございます!」

「おねえちゃん、おめでとー!」


「じゃあさ、泉天ちゃんから一言頼むよ」

 事態がまだうまく呑み込めない泉天さんを関さんが促した。

「あ、そうですね。あのう、何というか、こんなに多くのお客様に私の誕生日のお祝いを頂けるなんて、思ってもいなくて、とても恐縮しちゃいますねえ。ありがとうございます」

 泉天さんは、席を立って、照れながら、頭を下げた。


「あのー、正直言いますと、今日が、自分の誕生日だということも今まで忘れていました」

 

 ドッと笑いが起こる。


「それじゃ、年齢も忘れちゃったかな?」

 男性からツッコミが入る。

「あ、いえ・・・、それは、一応覚えています」

「ハハハハハハハ」

 笑い声が広がる。

「もう、ダメねえ。男の人は。女性の年齢を詮索するものじゃないわよ」

「す、すいません」

 野木さんに注意されて、発言した男性は、うなだれ肩を落とした。


「という事で、始めまーす」

 関さんが場を収めるように言う。

「すいません、ケーキでーす」

 僕は、大きい美味しそうなイチゴが乗ったホールケーキを泉天さんの前のテーブルに置く。テーブルにはパーティー用のチキンやオードブルなど色々な料理も一杯置かれている。カフェの飾り付けも含めて準備は大変だったと思う。関さんが指揮しきって準備してくれたのだろう。


 ありがたいことだ。


 そして、これだけの人数が集まってくれたことに、泉天さんとこのカフェが親しまれていることを素直に嬉しく思った。


 そして、ケーキに蠟燭ろうそくを立て、火をつけた。

「さあ、泉天ちゃん、一気に吹き消してくれ」

「はい」

 泉天さんは特に蠟燭の数には、反応しなかったが、嬉しそうに見えた。

 やはり20本は正解だったということか?


 パチパチパチパチ・・・・。


 泉天さんが髪をかき上げながら、蝋燭の火を吹き消すと、お祝いの拍手が巻き起こる。泉天さんは照れながらも、少し眼が潤んでいるように見えた。


「あのー、本当にありがとうございます。このカフェのお客様である皆様に自分の誕生日を祝って頂ける日が来るなんて想像もしてもいなくて。本当にプリマヴェーラをやっていて良かったと思いますねえ」

 ニコッと微笑みながらも、泉天さんの瞳から涙が出そうになったのを指で拭った。


「俺等、みんなこのカフェも泉天ちゃんのことも大好きだからさ。でも、最近泉天ちゃんが元気ないように見えたから」

「え?」

「うんうん」

「泉天ちゃんの笑顔が、俺たちの活力みたいなものだから」

「お姉ちゃん、元気出して」

「皆、わかって、心配してるんだぜ。だから、こうして誕生日を祝って元気になってもらおうとしたわけよ。なあ、○○君」

「ええ?ああ、はい・・」

 僕は、テーブルに飲み物ドリンクを給仕している時に急に振られ、焦ったのと、原因が僕であったから返答に窮した。


「いけませんねえ、私。お客様に心配かけていたことに、気付かなかったなんて」

 涙を零れ落ちそうな眼を拭いながら、泉天さんは言った。

「ありがとうございます。皆様から、たくさんの励ましと元気を頂きましたから、明日からは笑顔で頑張りますねえ」

 泉天さんは、お客様皆が見たかったであろう、いつもの純真で天使のような笑顔を見せた。

「そうでなくちゃ」

「そうね、泉天ちゃんには、その笑顔の方が似合ってるわよ。でも、あなたは、すぐ無理するから、頑張りすぎちゃダメ。○○君、ちゃんと見ててあげて」

「はい。任せてください」 

 泉天さんは、チラッと僕の方を見たので、僕は、野木さんの言葉に今の想いを正直に応えた。

「何だよ。○○君ばかり。俺等も泉天ちゃんを応援できるぜ」

「うふふふ。ありがとうございますねえ。その言葉だけで元気をもらえますから」

「お姉ちゃん、元気、元気!」

「ありがとう」


「まだ乾杯もしてねえぞ。乾杯だ。乾杯。皆グラス持ってくれ」

 関さんが仕切る。

「じゃあ、泉天ちゃんのの誕生日に乾杯だ!」

「もう、やめてください!20歳じゃないですから!ね、年齢は言いませんけど・・・」

 泉天さんは、顔を真っ赤にして抗議すると、ドッと笑いが起きた。


「カンパーイ!」

「カンパーイ!」


 それから、暫く食事と歓談が続いたが、関さんがまた席を立った。




「さあ、皆お待ちかねのプレゼントだ。泉天ちゃんにプレゼント渡していくぞ。先ずは、俺からな。はい、泉天ちゃん。これ」

 関さんは、大きな箱を持ってきた。ちょっと重そうだ。

「開けてみてよ」

 言われたとおり、泉天さんは、箱を開けた。

「まあ、素敵ですねえ」

 木製のシックな壁に掛ける飾り時計だった。

 からくり人形が出て来て時報を知らせるやつだ。

 カフェに飾るのに良さそうだ。でも、結構高級そうだ。

「気にいってくれたなら何よりだ」

「カフェに飾らせていただきますね」


「もう一つあるぜ」

 そう言って、包みを渡す。関さんの表情がにやけ、鼻の下が伸びた。

「こ、これは・・・」

 泉天さんが包みから出し、広げた。

 

 それは、薄い生地の淡いピンク色のセクシーエプロンだった。

 向こうが透けて見えそうなやつだ。

 

 泉天さんが、困ったように顔が赤くなる。

「泉天ちゃんに似合うと思うぜ」

「こんなの、つ、つけられません!」

「関ちゃん、もう、それはセクハラよ」

 野木さんが関さんをたしなめる。

「ハハハハハ」

 関さんは、泉天さんの反応を楽しむかのように笑った。


「じゃあ、次は、私から」

 近藤さんが、小さな箱を泉天さんに渡す。

「これは、何ですか?」

「フフフフ、開けて見てよ」

 泉天さんが箱を開ける。

 箱を開けると瓶に入ったサプリメントのようなものが幾つか入っていた。

「泉天さんが美しくいられるようにと思って薬剤師資格を持つ私が良いものを選んだよ。こっちが、ヒアルロン酸サプリメントで、こっちが、コラーゲンサプリメント。そして、ビタミン他総合サプリメントね。泉天さんの美容を考えて選んだよ」

「あ、ありがとうございます。」

 近藤さんの淡々とした説明に、泉天さんも頷きながら聞いていた。やはり美容には気を遣っているようだ。


 そして、他の男性客が続いた。

 花束やアロマなどのプレゼントは良かったが、一人がまた、セクシーランジェリーを贈り、野木さんに睨まれた。


 そして、の番がやって来た。


「ふ、持てない男というのは、実に憐れだ。ここは、イケメンの出番のようだ」

 

 髙橋さんだ。


「ウザい口上はいいから、早く渡せ」

 関さんからちゃちゃが入る。

「泉天、誕生日おめでとう」

「こら、さらっと手握ってるんじゃねえぞ!」

「私からだよ」

 そう言って、髙橋さんは、白い封筒を手渡した。

「まあ」

 泉天さんが、封筒を開き取り出すと、それは、高級ホテル券高級レストラン食事付きだった。それには、こうコメントされていた。


 『イケメン髙橋と行く高級ホテルと高級レストランの一泊旅行』


 泉天さんの顔がまたしても赤くなった。髙橋さんは、泉天さんの手を両手で握って微笑んでいる。

「こら、えせイケ野郎。ふざけんな!」

「絶対行かせねえぞ!」

「手を離しやがれ」

 男性陣からヤジが飛び、関さんが髙橋さんと泉天さんの間に入った。


「もうホント男性陣は、下心ばかりでしょうがないわね」

 野木さんが溜息交じりに言う。

「泉天ちゃん、はい、これは私からよ。もうその靴も変えてもいいでしょう」

 それは、淡いピンク色の可愛らしいシューズだった。泉天さんがカフェで履いていたシューズは少しくたびれていたのを見ていたようだ。

「まあ、素敵です!大事に使わせてもらいますね。野木さん、ありがとうございます」

 今までの男性陣からの贈り物とは明らかに喜びようが違っていた。


「お姉ちゃん、これ、プレゼント!」

「まあ、何かしら」

 泉天さんがリボンで縛られた画用紙を広げた。子供らしい絵柄で女の人の絵が描かれていた。どうやら泉天さんのようだ。エプロンをした笑顔の女性が描かれていた。

「まあ、とても上手に描いて貰っていますねえ。これ、大切にしますね」

「えへへへへへ」

 泉天さんはそう言うと、子供たちの頭を撫でた。


「じゃあ、最後は、○○君だな」

「はい」


 そして、僕がプレゼントを渡す番が来た。


                                (つづく)

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