第22話 そのカフェの女店主の誕生日に Fin

「じゃあ、最後は、○○君だな」

 関さんが、今までのちょっとふざけたようなノリでなく、僕に真剣な眼差しを送る。


「はい」

 僕は、立ち上がり、泉天さんの前に進んだ。

「僕からは、これを」

 僕は、さっき買って来たハイビスカス、コスモス、バラ等を混ぜた花束を泉天さんに差し出した。

「何だ?○○君。花かよ」

 関さんが、ガッカリしたように言った。

 

「いえ、花はついでです。泉天さん、花束に添えられているカードを見てもらえますか?僕の贈り物はそっちです」


 泉天さんは、花束に添えられた水色のカードを開いた。

 カードには、QRコードがプリントされ、メッセージが添えられていた。


泉天さんあなたの笑顔がみたいです。だから、僕は今日、これを贈ります』


 これを見た瞬間、泉天さんの眼からジワっと涙がにじみ出て来た。


「あ、ありがとう、ありがとう・・・」

 泉天さんには、それが、何かわかってもらえていたようだ。


「○○君、それは、何だよ?」

「泉天さん専用に作ったアプリですよ」

「アプリ?」

「僕の仕事は、元々ITのエンジニアなので」

「え?○○君、アプリとか作れちゃうの?」

「はい、まあ・・。でも、知識があれば、誰でも作れると思います」

 僕は、頬を搔きながら照れくさそうに言った。

「この野郎、かっこつけやがって。お仕置きだ!」

 関さんが、僕の首を脇に挟み締めた。

「痛い!痛い・・・。すいません。関さん、参りましたからー!」

 僕は、掌で関さんの腰の辺りをパンパン叩いた。


「ワッハハハハハ」

 ドッと笑いが起きた。



 そんなこんなで、泉天さんの誕生日会は盛り上がりのうちに、終了することができた。




 そして、パーティーの片付けを済ませ、お客さまを見送った後、僕と泉天さんはダイニングで落ち着いた。


「ふう、いっぱい贈り物をもらっちゃいました」

 テーブルの上にプレゼントがたくさん置かれている。

「ですね」

「うれいしいのですけれど、流石にこれは・・・」

 泉天さんは、関さんがプレゼントした淡いピンク色のセクシーエプロンを取り上げた。薄い生地で向こうが透けて見えそうだ。

「ハハハハ」

 僕は、困ったように顔を赤らめている泉天さんを見て思わず、おかしくなった。


「もう、他人事だと思って。○○君もこういうの、好きなんですか?」

「え?」

 泉天さんが目を細めて、冷めた眼で僕を見る。

「好きというか、その・・・、泉天さんには、似合うと思いますけど・・」

「え・・」

 泉天さんの顔が、急速に赤くなっていく。


 うわっ!

 僕は、何を言っているんだ!


「ああ!そんなことより僕のプレゼントを見てくださいよ!」

 僕は、慌ててパソコンの前に座り、パソコンを起動した。

「あ、そうですね。そうしましょう」

 心臓がドクンドクンと高鳴るのを抑えるようにパソコンに向かう。


「じゃあ、インストールします」

「は、はい」


 QRコードを読ませ専用のストアからアプリをダウンロードした。他の人はアクセスできないようにしてあり、1回限りで落ちる仕様だ。それをインストールして、アプリを起動する。

 タイトルが浮かび上がる

 2つの2Dキャラクターが登場し、ペコリとお辞儀をするとタイトルが浮かぶ。


『~泉天と○○の経理~』

 

 男の子と女の子の2Dキャラが可愛い声を発する。


「まあ、可愛いキャラクターですね」

「女の子の方は、泉天さんをイメージしてます」

「男の子の方は、これ、○○君ですね」 

「はい、まあ・・」

 僕は、照れ臭くなり、頬を搔く。


『それでは、泉天さん、さっそく今日の経理を始めますよ』

 僕キャラが言う。

『えーーっ?今日は疲れたから明日にしましょうよ?』

 泉天さんキャラが嫌そうに応じる

『ダメですよ。そう言って溜めちゃうんですから。その日の経理締めはその日のうちにしないと』

『はあ、仕方ないですねえ。では、お願いします』


「もう、○○君、こんな所は再現しなくてもいいですよう!」

 泉天さんは、不満そうにふてくされる。

「ハハハ」

 ちょっと、まずかったかな・・・。


『先ずは、収入から行きましょう。今日の売上収入をここに読ませるか、キーボードで打ち込んで行きましょう。泉天さん、お願いします』

 泉天さんは、キーボードで0円と打ち込んだ。

『はーい、今日は日曜日おやすみなので売上は、ありませーん』

『そうでしたね。じゃあ、次行きましょう。経費を入力しましょう。レシートを僕に見せてください』

 そう言うと、僕キャラが手を差し出す。


「泉天さん、レシートをカメラに読ませてください」

 泉天さんが、カメラ前にレシートを掲げる。


『ふむふむ、今日も持ちきれないほど一杯買いましたねえ』

 レシートを見ながら、僕キャラが応えた。


「もう!これは、○○君の感想ですか?」

「はは・・」


 またまた、まずったかな?


『お店に関係しない経費ものは、除きますよ。泉天さん、確認してください』

『わかりました』

 そう言うと、除いた品物が一覧リストが表示される。


「戻す品物にチェックを入れてください」

「はい}

 一通り仕訳が終わった。費目別に帳簿が作成され、その日の経理はこれで終わりだ。


『はい、これで終わりです。泉天さん、今日も一日お疲れ様でした』

『はい、○○君もお疲れ様でした』


「まあ、これは、簡単ですねえ」

「良かったです」


『あ、そうだ。今日、一番大事なことを言い忘れました』

 僕キャラが頬を搔く。

『大事なこと?何ですか?』

 僕の2Dキャラが大きくなり、笑顔で言った

『泉天さん、誕生日おめでとうございまーーす!』


「え?」


 泉天さんが、驚いて僕を見た。

 そして、僕も泉天さんを見つめて言った。

「泉天さん、誕生日おめでとうございます」

「○○君・・・」

「本当は、今日朝に真っ先に言いたかったんですけど、誕生日会のこともあったので、最後になっちゃいましたね」

 僕は、照れながらも泉天さんを真っすぐに見つめる。

「ううん」

 泉天さんの眼は潤んで来た。

「それと、もう一つ大事なことを」

「はい」


「泉天さん。僕は・・・、あなたが好きです」


「ああ・・」

 泉天さんの眼が大きく見開き、涙が零れ落ちた。

「僕は、臆病だから、勇気が出なくて気持ちを伝えられなかったんです。でも、色々な人が僕の背中を押してくれました。関さんや近藤さん、野木さん。それに髙橋さんまでも」

「・・・・」



 僕は、髙橋さんに言われた言葉を回想した。


『泉天は、君のことが好きだと言った。でも、君には、戻る場所があるから、泉天は君に自分の気持ちは伝えないと言ったよ。○○君、これを聞いて君はどうするつもりだい?私に選択権が無いのが苦しいばかりだ。○○君、君は、覚悟を持って決めないといけない。でないと、私は、君を許さないぞ』

 

 そして、今僕は、決断を実行した。


「ありがとう。嬉しい・・・」

 泉天さんは、涙を指で拭う。しかし、躊躇いを打ち消すように言おうとした。

「でも、○○君には、戻、ううッ!」


 僕は、泉天さんのその言葉を包み込むように、泉天さんの唇に唇を重ねた。泉天さんの顔を引き寄せ、さらに唇を密着させる。


 壊したくない・・・・。

 離したくない・・・・。


 突然のことに、最初、泉天さんは、眼を見開き驚いたようだったが、すぐに眼を閉じて、受け入れてくれた。閉じた瞳から零れる涙が、僕の頬にも伝わる。そして、泉天さんは、僕の頭を抱くように手を回し始めた。僕たちは確かめ合うかのように唇を密着させ、動かした。



 どれだけの時間そうしていたのか?


 唇を静かに話すと、泉天さんも僕も息遣いが荒く、少し頬が火照っていた。


「・・すいません。もう我慢できなくて」

 泉天さんの頬を両手で触りながら、泉天さんを見つめて言った。

 

 泉天さんは少し虚ろだ。


「・・・」

「言って欲しくなかったんです。僕の気持ちは決まっています。泉天さん、僕を、ここに、ずっといさせてください」

「○○君・・・」

「ここにいて、泉天さんを知れば知るほど好きになって・・・。誰にでも優しいところも、とても頑張り屋のところも、時々ふてくされるところも。でも、まだ知らない泉天さんをもっと知りたいんです」

「私、そんないいところばかりじゃないわ。○○君よりもずっと年上だし。私なんかよりももっと若い女の子方が、○○君だって・・・」

「歳の差を気にしてたんですか?」

「それは、気になるわよ。私の方が年下なら別だけど」

「僕は全然気にしてませんよ」

「私の方が先におばあちゃんになるわよ」

「いいですよ。ふふ、きっと可愛いきれいなおばあちゃんかな」

「杖だってつくし、腰だって曲がっちゃうかもしれないのよ」

「僕が支えますよ。任せてください」

 

 僕がそう言うと、泉天さんは、僕に抱きつき、泣き始めた。

「○○君、○○君・・・、私、○○君は、いつか元の会社ばしょに戻るんだからって、自分に言い聞かせて。でも、○○君のこと、どんどん好きなってしまって、最近では、どうしたらいいのかもうわからなくなってしまって。お客さんにも心配させて、迷惑かけてしまった」

 泉天さんの涙が止まらない。


 僕を抱く手を緩めて、僕を見つめて言う。

「○○君・・、本当にいいの?私なんかで?」

「泉天さん・・・、僕は、あなただからいいんですよ。あなたじゃないと、僕はダメなんですから」

「○○君、私もあなたが好き、大好き!」

 泉天さんは、再び僕に抱きつくと、頭に手を回し、僕の唇に唇を合わせた。僕も、それに応え、泉天さんを抱き寄せる。


 そのキスは、さっきのよりも長く濃密なものだった。想いが重なるというのは、こういうことなのだろう。


 僕と泉天さんは、こうして前に進むことができたのだった。


            (エピソード「そのカフェの女店主の誕生日に」終わり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

森と滝と妖精のカフェ @izun28

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ