第4話 そのカフェの女店主と妄想

「またのご利用をお待ちしております」

 最後のお客さんを送りだすと、ちょうど17時の閉店時間だった。

『close』の看板を掲げる。


「お疲れ様でした」

「お疲れ様です。うーん」

 泉天さんは上半身を伸ばしている。

「さて、お片づけをして明日の準備をして終わりましょうね」

「はい。あの、泉天さん。この後外出してもいいですか?」

「いいですけど、どこに行くのですか?」

「実は、着る服が無くて買いに行きたいんです」

「え~と。ここは、少し遠くまで行かないとないですよ。今からだともう遅いですね~。そうだ。それでしたら、通販にしたらいかがですか?その方が○○君に似合う服もありそうですよ」

「通販ですか?利用したことないですけど・・」

「私は、ほぼ通販ですね~。後で一緒に見てみましょうか」

「はい、じゃあ、お願いします」


「今日は、恥ずかしいところを見られちゃいました」

「え?」

「私、注文間違えたでしょう?」

「ああ・・」

 僕は、昼間泉天さんが悉く注文を間違えていたことを思い出した。

「よくやっちゃって。はあ・・」

 それは、よくやっちゃいけないと思いますけど・・・。

「でもお客さんはあまり気にしてないようですから。むしろ、それも楽しんでるような・・」

「甘えてはダメですよ~。失敗は直さないと。うん、明日は注文間違えないようにします!」

 泉天さんは、右拳に力を込めた。

「はい。が、頑張りましょう」

 

 泉天さんは本気のようだ。僕も力になれるように頑張ろう。


 夕食後、部屋でスマホを見ていた。

「あれ?休職願いが通ってる。何でだろう?」

 僕は首を傾げた。仕事は好きだったので、残念ではあったが、辞める覚悟をしていたのだ。上司からのメッセージを見ると、暫く休養して、心身ともに充実させて復帰するのを待っていると、あった。いつものあの人からは想像できないようなメッセージだった。

 まあ、良い。これで60日間は、ここにいても何の問題も無い。しかし、のことを想うと、急に心臓がドクドクとしてきた。

「思い出したくないのに・・」

 僕は、心臓に手を当てる。


 その時泉天さんの声が階下から聞こえて来た。

「○○君~、通販サイトで服を探しましょうよ~」

「はーい、今行きまーす」

 僕はスマホをベッドに放り出し、階下のダイニングに降りた。

 泉天さんがパソコンを開いて通販サイトを見ていた。

「横に座ってください」

「はい」

 テーブルの泉天さんの横の椅子に腰かける。


 ああ~、これは・・。

 石鹸だろうか、化粧水だろうか。泉天さんの肌からとても良い薫りがした。

 いかん、いかん。邪念を払わねば!


「それで、どんな服を探していますか~?」

「シャツにジーンズ、それとパーカーが欲しいなと思っていますね」

「パーカーですねえ」

「無ければ、いいですよ」

「大丈夫ですよ~。あ!このブルーのは?〇〇君に似合いそうですね~」

「どれですか?」

 僕は、画面をよく見ようと顔を寄せた。

「あ、いいですね、これ」

「じゃあ、これはカートに入れて~。シャツは、どんなのが好みですか?半袖でいい?」 

「はい。白色とかで」

「これなんかどうです~?でも、ちょっと○○君には地味ですかねえ」

「いえ、いいと思います」

「そう・・」

 突然、泉天さんが僕の方を向いた。

「ああっ!」


 思いのほか二人の顔が近かったので、どアップの泉美さんと見つめ合う形となった。泉天さんのきれいな顔をマジマジと見つめてしまう。


 心臓の高鳴りには勝てなかった。


「あ、すいません」

 僕は、椅子を引いて離れる。

「え~と・・。じゃあ、これも買いましょうねえ」

 泉天さんは、パソコンの方を向き、パンツの検索に進む。その横顔の頬がほんのり色味かかっているような気がした。


 それからはお互い言葉数が少なくなった。ジーンズも決まり、泉天さんは購入を確定させた。

「はい、これで完了でーす。明後日には届きそうですから、それまで待っててくださいねえ」

「はい、ありがとうございます。お金払います」 

「いいですよ。そんな高い物じゃないし。身体で払ってもらえれば」

 そう言うと、泉天さんはウインクをした。

「え・・・・」

 僕は、ドギマギしてしまう。

「ああ、嫌ですよう!へ、変な意味に取らないでくださいね。カフェで働いて返してくれればってことですよう」

 泉天さんの顔が赤くなり、懸命に両掌をパタパタさせ否定していた。

「す、すいません。ちょっと焦りました」

「私も紛らわしい言い方をしてごめんなさい」

 

「ふ、うふふふ」

「アハ、ハハハ」

 僕たちは、顔を見合わせると笑ってしまった。



「ふう」

 僕は、自分の部屋に戻り、ベッドで横になる。白い天井を見ていると、泉天さんの顔が浮かんできた。

 あれ、何だろう?僕は、泉天さんを意識しているのか?

「いや、いや、いや。いけない、早く寝よう」

 僕は、布団を頭からかぶった。 

 



『う、ううん』

 何か気配がして目が覚める。それと柔らかい重みを感じた。

『○○君、おはよう。よく眠れたましたか~?』

『い、泉天さん!』

 僕は、驚きと共に眼を開けた。

 

 こ、これは?

 

 ベッドの上で、泉天さんに上に乗られ、せ、迫られているようだ。泉天さんの手が、僕の頬を撫でる。


『うふふふ、何を緊張しているのですかあ?可愛いです・・』

『あの、泉天さん。ま、まずいですよ。これは』

 僕は、じりじりと下がる。

『あら、私のことがいやなのですかあ?』

 泉天さんは、僕のお腹の辺りに跨る。そして、その柔らかい手で僕の胸元を撫でた。

『あ、あう・・』

 情けない声を出してしまう。


『かわいい・・』

 見上げると、泉天さんのきれいな顔より手前に薄着のシャツからはみ出そうな大きな胸に目が行ってしまった。それで、余計心臓の高鳴りが早くなった。


『あら、胸が好きなのお?触っても良いのですよう・・』

『あ、いえ・・』

 少し躊躇ったが、言葉とは裏腹に僕の手がその豊満な胸へと伸びていく。

 

 嫌、やはりダメだ!

 

 理性が圧しとどめた!

 ヤッタ!

 

 と思ったが・・。


 僕の理性が、手を降ろしたはずなのだが、泉天さんは僕の手を掴み、その豊かな胸に接触させた。

『うひゃあ!』

 さっきより情けない声を上げてしまう。

『うふ、○○君は、かわいいですね~』

 泉天さんの顔は少し紅潮している。そして、きれいな顔が、瞳を閉じて迫って来た。


 こ。これは、まさか!キスか!


 キスなんていつ以来だ?

 大学生の時に少し付き合っていた彼女とだから、3年、いや4年ぶりかな?


 そんな久しぶりのキスを泉天さんと僕は、す、するのか! してしまうのか!

 これは、もう覚悟を決めるしかない!

 僕は、唇が触れ合いそうなほど泉美さんの顔が近づくと目を閉じた。




 ジリリリリリリイリリリリリリ・・・・!


「うわあ!」

 僕は、スマホのアラームの音で目が覚めた。手を伸ばし、スマホのアラーム音を止めた。

 なんか、すごく良い夢を見ていたようなんだが、よく思い出せなかった。


 何だったかなと考えながら、僕は階段を降り、ダイニングに行った。既に、朝食の良い香りがする。

「おはようございます」

 泉天さんはキッチンで料理をしており、僕には背を向けていた。

「おはようございます。よく眠れましたか?」

 泉天さんが振り返り、ニッコリ微笑んだ。


 あれ?


「あ!」

 泉天さんの清々しい笑顔を見たら、突然、昨夜ゆうべ見た夢が怒涛のように蘇って来た。

 僕は急に恥ずかしくなり、心臓が高鳴るのが止められなかった。顔が赤くなっていないだろうか?

「あら、大丈夫ですか?顔が少し赤いですよう」

「あ、これは・・。な、何でもない。大丈夫ですので」

「もしかして、熱でもあるのですかねえ?」

 そう言いならら、泉天さんは僕に近づいて来て、顔を近づけ掌で僕のおでこを触った。


 こ、これは、まずいよ!


「熱は無いみたいですねえ」

 しかし、僕の心臓はバクバクだ。

 泉天さんの美しい顔がすぐ近くにあるのだ。


「あら?でも、まだ顔は赤いですねえ」

「ほ、本当に大丈夫ですから」

 これ以上はダメだ。僕は泉天さんから少し離れた。

「そ、そうですか・・」

 朝から心臓に悪い・・・。


 それから、ダイニングのテーブルにつき、泉天さんが用意してくれた朝食を一緒に食べる。

 何やってるんだろう、僕は・・。勝手に妄想して、緊張して。泉天さんに変に思われてしまうじゃないか?

 ああ・・。これからも、こんな困った緊張が続くのだろうか?


 朝食は、ハムエッグに食パン、サラダ、牛乳という朝食だ!いつもは、出勤間際まで寝ていて、朝食などゼリーで済ませていたので、これは、涙が出るほどありがたいものだ。

 

「ああ、美味しい・・」

「良かったです」

「すごく美味しいです!」

「うふふふ」

 僕は、目を輝かせて食べていたのだろう。いつの間にか変な緊張は吹き飛んでいた。


 そして、今日も、滝の流れる森の中にあるカフェ『Cafe・プリマヴェーラ』での一日が始まる。


 頑張るぞ!

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