第9話 そのカフェの女店主の好きな人

泉天いずみ視点】

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「ううん・・・」

 私は、明るい陽射しを感じて目を覚ましました。

 雨も上がり日が差して来たようです。

 まだ、気だるいけど、熱は大分下がったよう。

 起き上がると、○○君が貼ってくれた熱を冷ますシートが掌に落ちました。


 それを見つめていると、朝方の○○君とのやり取りが、急に頭の中に湧き出てきました。

「私ったら、何をやったの!」

 恥ずかしくて手で顔を覆います。


 ○○君と顔を合わせづらいなあ・・・。


「はあ・・・」

 ため息が漏れてしまします。

 でも、○○君に迷惑をかけたことを謝らないとダメです。

 気を取り直して部屋を出て、ダイニングに行きました。


 あれ?誰もいませんね。


「○○君?」


 廊下に出て、階段を上がるのは、辛いので、階下から○○君の部屋がある2階に声をかけてみました。

 声が小さくて聞こえていないのかもしれないけれど、上にいる気配がしません。


 すると、外から話声が漏れ聞こえて来るのに気付きました。


「え?」

 私は、玄関口の扉を開けて見ると、お店の灯がついています。

「まさか・・・」

 私は、急いで自分の部屋に戻り、着替えをして身なりを整えました。

 まだ少しだるいけど、熱は下がっています。


 これなら、お店に立てる!

 でも、マスクだけはしないとですね。


「う~ん」

 鏡で自分の顔を確認すると、少しやつれているように見えたけれど仕方ありません。

 そして、部屋を出ます。

 テーブルに栄養ドリンクが置いてあるのに気付きました。

 ○○君が用意してくれたようですね。

 ありがたく頂くことにします。

 栄養ドリンクをグビりと飲むと、怠けも無くなってきたように感じました。


「よし!」


 私は気合を入れて、住居棟を出て、プリマヴェーラに急ぎます。

 裏口から入ると、カウンターの調理場で○○君が汗をぬぐいながら、料理をしているのが目に入りました。


 そこで、私は、暫し立ち止まってしまいました。

・・」

 ○○君が、亡くなった夫に重なって見えました。


 お客様と話しながら、楽しそうに料理を作っている。


 あの人がそうであったように。


 そうだ。私が○○君を受け入れたのは、だったのかもしれない。

 

 『○○君』

 それは、夫と同じ名前・・・。

 でも、それだけとは、思えなかったのです。

 私は、もしかしたら、○○君のことを・・・。


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「あ、泉天ちゃんだ」

「え?」

 僕は、関さんの声で、後ろを振り返ると、泉天さんが勝手口にいた。

 僕は、慌てて泉天さんに駆け寄る。


「ダメですよ。寝てないと」

「もう、大丈夫ですよ。熱も下がりましたし」

「本当ですか?」

「本当ですよ。それに、○○君が言いつけを守らないでお店を開けるんですもの、寝てなんかいられません!」

 そう言うと、泉天さんは、僕を避けてカウンターまで行ってしまった。

「うう、すいません」

 返す言葉もなく、泉天さんに続き、カウンターについた。


「泉天ちゃん。そんなに○○君を叱らないでよ。○○君の日替わり定食美味しかったぜ。ちゃんとプリマヴェーラここの味だった。こんな短期間ですごいと思うぜ」

「そうですね。ミートソースも納得の味でしたよ」

「本当にそう思いました?」

 泉天さんが、関さんと近藤さんを問いただすように言う。

「あ、ああ」

「うん」

「そうですか」

 泉天さんが、満足そうに微笑んだように見えた。

「でーも、まだ一人でやれるなんて思うのは早いです」

 泉天さんが僕を横目で見ながら言う。

「わ、わかってます。すいません」

「まあ、味の方は泉天ちゃんには、まだまだ及ばないとしても、○○君は、注文は間違えないからな」

「うんうん」

 関さんがそう言うと、近藤さんが静かに頷く。

「もう、それは、言わないでいください!」

「うわっはっはっはっは」

 泉天さんが顔を真っ赤にして、剥れると、ドッと笑いが起きた。



 午後4時を過ぎ、お客さんも引けた所だ。

「ふう、落ち着きましたね」

「ええ、そうですね」

「体調は、大丈夫ですか?もうお客さんも見えないでしょうから、僕が見てますから、休んでいてください」

「もう大丈夫ですから、ご心配なく」

 泉天さんが微笑んだ。


「○○君、今日はごめんなさい」

「あ、いえ、僕の方こそ勝手にお店を開けたりして、返って泉天さんの心配の種を増やしたりしたんじゃないかと申し訳なくて・・」

 泉天さんは、首を横に振る。

「私、夫がいなくなってから、ずっと一人で頑張ってきたのに、○○君が来てくれてから○○君にすごく助けられていたことに気づいたんです。風邪を引いたりしたのも○○君がいてくれて、気が緩んだからかな、と。朝は、その・・・。甘えたりしてごめんなさい。恥ずかしくて・・」

「恥ずかしくなんかないですよ。誰でも恥ずかしい部分ってあるじゃないですか。それに、僕も泉天さんに恥ずかしい所、見られてますから。泉天さんに恥ずかしいところ見せてもらえるのは大歓迎ですよ、僕は」

「嫌ですよ。○○君に恥ずかしいところ見られたくありません!」

「でも、そう言うの見せ合えるのって信頼してくれてるからだと思いますので。それに、朝の泉天さん、可愛かったなあ。はい、アーン」

 僕は、手真似をした

「もう、それは、忘れてください!」

 泉天さんは、顔を真っ赤にして僕を叩く動作をする。

「ハハハハ」

「○○君は、いじわるなんですね」

には、少し位意地の悪いこともしたくなりますよ」

「え?」


 僕は真剣に泉天さんに向き合おうとした。

「泉天さん。僕の名前と泉天さんのご主人の名前が同じと聞きました。泉天さんは、今まで忙しくてもカフェで人を雇おうとしなかったと聞きます。僕をここに置いてくれたのは、ご主人と僕の名前が同じだからですか?」

「それは・・・、違います。確かに、名前が同じだな、と思いましたけど。○○君は、○○君でしょ?夫とは違いますよ。○○君なら、ここで一緒に働いてもらえたら、楽しいかもと思ったんですよ。それは、間違えではありませんでした。私はいまとても楽しいんです。夫が無くなってから初めてという位に・・・。これは、○○君のおかげですね」

 そして、一呼吸を間を置く。

「だって、私も○○君のことが、・・・好きだから」

 

 泉天さんは、ちょっと涙目になりながら、笑顔でそう言ったのだ。


「泉天さん・・・」

 僕は目を見開いた。

 僕は泉天さんに近づき、泉天さんの腰に手を当てて抱き寄せようとした。


 カラン、カラン


 急にカフェのドアが開いた。

 背の高い端正な顔の男が入って来た。

 

 その瞬間、僕は、泉天さんから離れた。

 

 クソっ!

 

 入って来た男性客は、迷うことなくカウンターに近づいて来た。

 その男は、僕より年上だが、清涼感を漂わせ、かつ大人を感じさせるかなりの男前に思えた。

「いらっしゃいませ」

「泉天、やっと会えた」

「髙橋先輩?」

「ああ」

 その男前が、カウンター越しに泉天さんを流し目で見つめる。この男に僕の存在は眼中に無いようだ。

 一方の泉天さんは、ほんのり顔を赤らめながら色男を見つめていた。

 

 え?

 何よ?

 これは!

 折角いい所だったのに、この急転直下の展開は?


 こんなのありかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!


                                

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