21 俺でよけりゃ必要としてくれ

 パトカーに乗せられて警察署に連行された。様々な角度から何枚かの写真を撮られ、いくつかの指紋を採取された。まだ明け方だからか、警察署の中はほとんど照明がついていなくて、どこまでも灰色だった。


 くるくると回る丸椅子に腰掛け、味気ないメラミン化粧板の事務机を挟み、警察官と向き合った。椅子の座面は薄くて硬く、机にはいつ付着したのかわからない染みが点々としていた。調書を取られた。

「それで、君は最後に一曲歌った。その後にマイクを投げつけたんだね? 投げたマイクがガラスに当たってヒビが入った」

「そうです」

「なんでそんなことをしたんだろう?」警察官はさも疑問そうに尋ねた。

「終わってしまう、と思ったのです」

「カラオケが?」

「この時間が、と言った方が正しいかもしれません」俺は頭上を眺めた。「猶予期間とでも言うのでしょうか」

 警察官はこめかみを指でかいた。「ああ、この楽しい時間が終わってしまう。これから生活が始まると思うと、いてもたってもいられなくなって、君はマイクを投げつけずにはいられなかった。そういうことかな?」

「そうだと思います」

 それがすべてではない。そう言おうとしたが、黙っておいた。


 取り調べはスムーズに進んだ。この件が公になることはないと、警察官から伝えられた。テレビで遠い国のニュースを眺めているような、不思議な気持ちになったが、俺は安心した。

 取り調べが終わると、腰紐をつけられて留置場に移された。留置場に入るときに、身体検査があった。下着の中まで検査された。履いていたバスケットボールシューズの、インソールの下まで入念に確認された。検査官はいかにも感情を持ち合わせていないという顔をしていた。

 淡いクリーム色をしたリノリウムの床を除けば、留置場はほとんど真っ白だった。予想以上に清潔で、予想通りに無機質な空間。意外と天井が高くて、不思議と開放感があった。

 俺は格子の中に入れられた。何人かの男がいたが、視線は交わらなかった。お互いに関心を持つきっかけのようなものも、必然性も見当たらなかった。薄っぺらい布団に包まれて目を閉じた。思い返せば、最後に寝てからずいぶんと時間が経っていることに気がついた。深い眠りがすぐにやってきた。


 翌日に何回か追加で取り調べを受けた。さらにその翌日に釈放された。その日は薄暗く曇っていて、空は分厚い鈍色の雲に覆われていた。それでも留置場を出るときは、それなりに開放感があった。『ショーシャンクの空に』で脱獄して、両手を広げて雨を全身に受けるティム・ロビンスを思い出して大げさな気持ちになった。


 後日、カラオケボックスの運営会社から、ドアの修理代金の請求書が届いた。必ず数日以内に支払うようにとのことだった。金額はおおよそ十五万円だったが、手持ちでは足りなかった。少し考えた末に、俺はタマダに相談することにした。


 コール音が三回鳴ったところで電話にタマダが出た。手短に本題を切り出した。

「頼みにくいんだけど、十五万円、貸してくれないか? この前のカラオケボックスで割ったドアなんだけど、弁償することになってさ。金が足りないんだ」

「いいよ」まったく迷いがない声だった。「月に一万円ずつぐらい返してくれれば構わない」

「ありがとう。助かるよ」俺は電話越しに頭を下げた。

「なんなら返さなくてもいいよ」

「そういうわけにはいかない」俺は首を横に振った。

「よかったよ」タマダは言った。「お前の力になれたなら」


 もう少しだけ話してから、電話は切れた。タマダはすぐに十五万円を送金すると言った。その声はさっぱりとしたものだった。俺はその翌日に、壊したドアの弁償費用を振り込んだ。

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