14 永遠の冬

 白く頼りないものが宙を舞っている。水分が多いのか、地面にたどり着いた瞬間に音もなく消えた。

 俺とタマダとアキは、線路沿いの細い道路を並んで歩いていた。三人で並んで歩くのは本当に久しぶりで、最後にこうして三人で遊びに出かけたのは、もう一年以上も前のことだと思う。

 空は狭く灰色で、厚い雲に覆われている。風がない日だった。これからどこに行こうかなんてことを俺たちは話した。主にアキが喋り、相槌を打つのが俺の役割だ。タマダはデュベティカのダウンジャケットのポケットに手を突っ込み、背中を丸め、じっと正面を見つめ、やり過ごすようにして歩いている。

 歩道橋に差し掛かったときに、タマダは突然立ち止まった。「俺、今日は行くのやめるわ」

 タマダはアキの方を向くと、薄く笑った。渇いた笑顔だった。俺は二人から少し離れた。

「どういうこと?」冷凍庫から取り出したばかりのアイスクリームのように、アキの声は硬かった。

「二人で遊んできて」

「なんで?」

「一人で漫画喫茶に行きたい」

「意味わかんない」

「意味なんてないんだよ」タマダは歩き出した。

「待って」すがるようにアキが一歩踏み出した。

 その瞬間、タマダは駆け出した。躍動感あふれる、ダイナミックなフォームだった。両腕を振りぬき、目の前の歩道橋を勢いに任せて一段飛ばしで一気に駆け上がった。

「待ってったら!」

 悲鳴にも近いアキの声があたりに響いた。それでもタマダは振り返らずに全力で駆け抜けた。歩道橋を向こう岸まで渡りきると、直通しているデパートの入口をくぐるのが見えた。アスファルトに足が張り付いたように俺は立ちすくんだ。アキはタマダを追って走ったが追いつくことはできず、そのまま歩道橋のちょうど真ん中あたりでしゃがみ込んだ。

 俺はゆっくりと歩いてアキに近づいた。アキの背中が小さく小刻みに揺れていた。か細く頼りなく見えて、薄く、脆い陶器のように見えた。腰を落として顔を覗くと、目の端が濡れていた。アキの呼吸はどんどん早く、浅くなっていった。

「ビニール袋を取って来るから、このままちょっと待ってて」俺は立ち上がって駆け出した。

 そばにあったコンビニエンスストアに駆け込み、常温の水を買ってビニール袋をもらった。アキの元に戻り、ビニール袋で唇を覆った。袋はアキの精神状態と呼応するように、奇妙な音をたてて膨らんだり小さくなったりした。数分かけて、ようやくアキの呼吸は落ち着いた。

「ありがとう……。みっともないね、わたし」アキはまだ肩で息をしていた。

「そんなことはない」

「もう、おしまい」

 事実だけを取り出したような、写実的な声だった。俺は下唇を噛み、口をつぐんだ。何かを口にしようと薄く唇を開いてみたが、言うべき言葉は見当たらなかった。

「きっとタマダは強い人を求めてるの。心が移ろわず、もがく必要もないような。そんな、たしからしさを持った人を」

「そんな人がいるとしたら、すべてを投げ出しているだけだ」俺は少しだけ身体を起こし、地面につけている膝を入れ替えた。「アキは強い方だ。少なくとも、より強くあろうと努力はしている」

「ありがとう」アキは立ち上がった。「楽しかった」

 俺も立ち上がり、アキの目を見つめた。アキの目は充血していた。茶色がかった大きな黒目が湿っていて、目の周りの化粧が崩れていた。

「さようなら」

 アキは背筋を伸ばし、俺の前を通り過ぎた。その背中を俺はぼんやりと眺めた。長く鮮やかな金髪をたなびかせ、歩道橋の階段を一歩一歩たしかめるようにして降りて、駅の方面に歩いてゆく。

 空を舞っていた白いものはいつの間にか止んでいた。かわりに乾いた風が吹き始めた。重苦しい灰色の雲の動きが早くなり、目まぐるしくその形を変えていた。俺が立ちすくむ歩道橋の上から、アキの姿を捉えることが難しくなり、やがて見えなくなった。

 それからアキと会うことは二度となかった。

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