4 ゆれていた時代の熱い風に吹かれて

 深い緑に包まれた野外ステージ――シーサイドビレッジ――で俺たちは落ち合った。地面には無数のランタンやキャンドルが敷き詰められていて、赤黄色の灯りが人々を煌々と照らしている。柔らかい光だった。


「何が良かった?」俺は訊いた。

「やっぱりブラック・アイド・ピーズ」アキは両手を叩いた。「最高」

「ホエア・イズ・ザ・ラヴ? はった?」

「もちろん」

「野外で聴いたら最高だろうな」

「そりゃ、もう」

「タマダはどうだった?」

「やっぱブラック・アイド・ピーズは良かったな。あと、サム・フォーティーワン」

「いいね」俺はビールを一口飲んだ。「ザ・ヘル・ソングは演った?」

「やったぜ」タマダは首から下げたタオルで額をぬぐった。「お前はどうだったんだ?」

「断トツでトラヴィスがよかった。それからマキシモ・パーク、そしてダイナソーJr.だな」

「おお、いいな、ダイナソーJr.」タマダは言った。「どんな感じだったんだ?」

「やぶれかぶれで、めまいがするくらいスリリングだったぜ」


 俺たちは追加のビールを買い、とりとめもなく話した。時折、吹き抜ける夜風が気持ちよかった。

「いつから付き合い始めたんだっけ?」俺はタマダとアキに訊いた。

「ちょうど一ヶ月くらい前だよな」タマダが答えた。

「タマダにはよく話しを聞いてもらってたの。タケルと別れる少し前くらいから」

「シャツル君がさ、情緒不安定になって」タマダは眉をひそめた。「まあ、前からおかしな奴だとは思っていたが」

「わたしがタケルに別れたいって伝えたら、血まみれの腕が写メで送られてきたの。よく見たら、腕になんか文字が掘られてるの。心底ぞっとした」

「へえ」なんて掘られていたのか、俺は訊く気にならなかった。「それはそれは」

「シャツル君に、笑えないからやめろよって言ったんだよ。お前、どうかしてるぜってな。まあ、あいつは前から俺のことを嫌ってたから、聞く耳を持たなかった訳なんだけど」

「それでどうなったんだ?」

「シャツル君は笑ったかと思うと、突然殴りかかってきて。思わず、ぶちのめしちゃった。そしたらあいつ泣き出してさ。うずくまって、声をあげてな」タマダは肩をすくめた。

「それからタケルにつきまとわれたりして。それでタマダと一緒にいることが多くなったんだ」

 自らをオン・ア・フライデーと呼称していた彼らだったが、わずか三ヶ月ほどでそのメンバーが揃うことはなくなった。結合から分裂まで、思ったよりも早かった。


 人混みがける気配がなかった。シーサイドビレッジに集まった人々は、サウナで火照った身体を外気浴で癒すようにして過ごしていた。今日という特別な日の興奮を少しでも冷ます必要があるのだろう。その気持ちはよくわかる。

 俺たちは会場の外に出た。タクシーはなかなか捕まらなかった。コンビニエンスストアでさらにビールを買って飲んだ。やっとのことで捕まえたタクシーに汗で溶けそうになった身体を潜り込ませ、三人でアキの家に向かった。


 背骨を抜かれたように身体はひどく疲れているのに、アキの家でシャワーを浴びても覚醒状態は続いた。冷めやらぬ興奮で身体に眠気が行き渡らなかった。熱にやられて溶けて詰まった水道ホースのようなものだった。俺たちは結局あらためて酒を飲むことにして、ようやく眠気が訪れたのは空が白み始めた午前四時過ぎだった。

 タマダとアキは一つの布団で抱き合って静かに眠った。俺は少し離れたところで横になり、二人を眺めた。やはり悪くない二人だと思った。心の底から。

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