3 フェスティバル
酷暑が続いていた。今日も例外ではない。人々の波に揉まれ海浜幕張駅を出た瞬間、太陽光線が板金を打ち付けるように降り注いだ。鋭い光が両目を突き刺し、後頭部まで貫通したように感じた。俺は思わず顔を手で覆った。
「着いたな」タマダはどこか遠くを見つめながら呟いた。
「すごい人。電車の中がモッシュピットみたいだった」アキは両腕を身体の前で動かし、真夏にふさわしい笑顔で言った。Tシャツから透ける水着が眩しく、光の束のような金髪が煌めいた。
俺はあたりに立ち込めている熱量に浮足立った。夏の暑さのせいだけではない。ロック・フェスティバルは初めての体験だった。俺だけでなくタマダもアキも、この二日間に何が待っているのか心を躍らせているようだった。
限界を突き抜けたように空は高く、どこまでも完璧に青い。深く息を吐き出してから、熱気を多分に含んだ空気を目一杯、大きく肺に吸い込んだ。
滝のような蝉の鳴き声に打たれ、堅牢な造りのペデストリアンデッキを歩いた。川のような人の流れに乗って窓ガラスが太陽に煌めくビルディングの合間を抜け、エントランスへと向かった。
人々が首から下げているタオル、身に着けているバンドTシャツ、フェスTシャツ、バケットハット、キャップ、サングラス、そのどれもが白い陽光で輝いて見えた。とめどなく汗が噴き出たが、爽快な気分だった。
途中でコンビニエンスストアに寄った。考えることはみな同じで、店内はひどく混雑していた。じれったい気持ちをどうにか抑え、列をなして一羽ずつ湖に飛び込む理性的な
店の外に出た瞬間に乾杯した。今日という日に心から乾杯した。過去のことも未来のことも、今この瞬間以外のことを頭の片隅に置いておけるスペースは一切見当たらなかった。あらゆる種類の
ライブ会場の一部になっている、幕張メッセが見えてきた。建物は宇宙船か、あるいは人類を根絶やしにするために生まれた巨大な昆虫のように見えた。薄墨色をした外観はどこまでも無機質な一方で、あたりに充ち満ちている熱気は尋常ではない。冷たく熱い。相反する概念が正面からぶつかり合い、せめぎ合う異様な空間が形成されていた。俺たちはスタッフにリストバンドをつけてもらい、エントランスをくぐった。
建物の中は心地よい冷気に満ちていた。すでにパフォーマンスは始まっていて、遠く薄く音が漏れ聴こえた。観たいアーティストについて話しながら、一階のライブ会場を目指して人々の波に乗った。
俺たちは観たいアーティストがそれなりに異なっていた。お目当てが一致しているときは一緒に行動し、そうでないときは単独行動にしようと誰が言うでもなく自然とそういうことになった。その距離感は俺にとって居心地がよかった。
ライブ会場に降りる階段に差し掛かったそのとき、俺は眼下の光景に感嘆を覚えた。階段がとても長い。すなわちライブ会場の天井はかなり高い。上から会場をぐるりと見下ろした。大きなステージ、それから無数の飲食店のブースが見えた。ブルー、パープル、そしてホワイトの近未来的な電飾に彩られていて、ちょっとした映画の世界に迷い込んだように感じた。
「ビールが飲みたい」タマダは震えるように言った。
「飲もう」アキはタマダにしなだれかかり、白い陶器のような手をタマダの胸元に伸ばした。細く長い指がタマダの胸板を弄んだ。
室内のメインステージ――マウンテンステージ――では機材チェックをしていた。俺らは脇目も振らず真っすぐに奥に進み、ビールを買ってあらためて乾杯した。ハイネケンを飲むと少しだけ頭がクールになった気がした。
室内の小さなステージ――ダンスステージ――でパフォーマンスをしていたバンドを観た。CSSというバンドがダンサブルなニューレイヴを鳴らしていた。ブラジルから来たのだという。地球の裏側のバンドが目の前にいるという事実は非日常を加速させた。
俺たちはビールを片手に人があまりいないステージ後方の左端にいた。身体を通り抜ける音楽の鼓動に身を委ね、各々で静かに揺れた。
「続くといいな」CSSのパフォーマンスが終わったとき、アキが静かに言った。
「何が?」俺は訊いた。
「こういうの」アキは艶やかな髪をかきあげた。「続くといいなと思って。こういう感じがずっと続いてほしい」
「そうだね」俺は頷いた。「続いてほしいな、こういうの」
一日の最後にソニックステージで俺は一人、トラヴィスのライブを観た。多幸感に溢れた素晴らしいアクトだった。建物から外に出ると、あたりに闇が降りていた。乾いた音が前触れもなく夜空に鳴り響き、花火があがった。
タマダとアキは二人で一緒に花火を見ているだろう。二人はブラック・アイド・ピーズのライブを観終わった頃だろうか? もつれるように二人の手が複雑に絡み合い、あるいは肩を抱き、寄り添うようにして花火を見上げる光景を俺は想像した。悪くない組み合わせだと思ったし、それはとても自然なことのように思えた。
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