12 セックス・オン・ザ・ビーチ

 滑り落ちたまどろみから這い上がるために、俺は眉間に皺を寄せた。重たい瞼を開けてみたが視界はぼやけ、頭の回路がうまく繋がらない。身体を動かさなければならないのはわかるが、動かし方がわからない。遠心力をつかって頭を左右に振ってから、勢いに任せ、なんとか立ち上がった。

「おい、降りるぞ」電車の座席に深く腰掛けたタマダとサグ野郎を俺は揺すった。

 二人は低く唸り、腫れぼったい瞼をこすり、身体を起こし、やっとのことで立ち上がった。俺たちは足を引きずるように、おぼつかない足取りで電車から出た。

 江ノ島駅を出た瞬間、天から容赦のない太陽光線が降りそそぎ、全身に突き刺さった。眼前に白い閃光が走り、金たらいで頭を殴打されたような衝撃を受けた。思わず目を閉じて、それからゆっくりと開いた。

「着いたなあ」サグ野郎が目を擦りながら言った。ただでさえ細いサグ野郎の目は、シャープペンシルの芯と見間違うほどの見事な一本線になっている。

「本日二回目の到着だけどな。物理的には」タマダはあくびをしながら言った。「着いたけど寝過ごして、そのまま一度Uターンしてるからな」

「クラブに行った勢いで海に行くなんて無謀だったな。横になって泥のように眠りたい」何もないところで躓きながら俺は言った。

 昨夜はウームで朝まで飲み明かした。可能であればキャメロットも覗きたかったが時間切れだった。

「昨日は女を調達できなかったな。サグ野郎が仕事しないからよ」タマダはサグ野郎を睨みつけた。

「俺のせいか? タマダが誰彼構わず、視界に入った先からワイニーするからだろ? 気味悪がって、女が寄ってこなくなったんだよ」

「ああ、だめだ、覚醒しない。コンビニに寄ろう」タマダはサグ野郎を無視して言った。

 俺たちはコンビニエンスストアに入りビールを買った。店の外に出てプルタブを起こすと、とりあえず乾杯した。

「ああ、なんだかんだ、全然飲めるわ」アルコールがそうさせるのか、喉を駆ける冷たさによるものなのか、ビールを飲むと俺の目は完全に開き切った。

「水着のお姉さんたちを見てたら、元気になってきたわ」タマダは足のスタンスを広げ、腰を怪しく振った。それはつまりワイニー。「たまらないな、ナマ足、魅惑のマーメイド」

 海辺に近づくにつれて、水着姿でアスファルトを行き交う人が増えてきた。ネイビー、ブルー、グリーン、ピンク、色とりどりの水着と焼けた肌、それから時折視界に入るサーフボードの反射光が眩しい。

「お前、ほんと懲りないな」サグ野郎はほんの一口だけビールを舐めた。

 しばらく歩くと目の前が開け、広い海と砂浜が現れた。湿った潮風が身体を撫でた。多くの人が海水浴をしたり、砂浜で寝転んだり、海の家で談笑しているのが遠く見えた。豪雨のような蝉の鳴き声にうたれて、俺たちは夏の真っただ中に立っていた。


 俺たちは水着に着替え、そのまま海の家で再び乾杯した。肉感的で弾力を感じさせる身体つきの女が、バーカウンターの向こうでドリンカーをこなしていた。派手な化粧と、陽の光で輝く金髪が砂浜によく映えている。夏のために生まれてきたような女に見えた。

「何時まで仕事なんですか?」ひまわりのように親しみを込めた笑顔でタマダは訊いた。

 あらかじめ携えていた手札を切るように派手な女は答えた。「一日中なんですよ」

「ちょっとだけ抜けちゃいましょうよ、僕たちと」サグ野郎が割って入った。

「そんなことできませんよ。怒られちゃいます」客あしらいに慣れた水族館のイルカのように派手な女は言った。「あ、でも、ひょっとしたらですけど、抜け出せる方法があるかもしれません」

 嫌な予感がした。ろくなことが起こらないという直感が全身を走った。そんな都合のいい方法があるわけないのだ。サグ野郎を制止しようとした瞬間、身体に強い衝撃を受けた。押し出されるようにして、俺は蚊帳の外にリングアウトさせられた。

「どんな方法ですか?」サグ野郎の目は、運ばれてきた餌に群がる猫のように煌めいている。尻尾を振っている絵まで見えた。タマダは前のめりにバーカウンターに寄りかかり、不敵に微笑んでいる。昨晩からの酒を引きずり、すでに酩酊の渦に飲み込まれているのかもしれない。

「売上が一日の目標に達したら、お店を抜けられるかもしれません」派手な女は白い歯を見せて笑った。「だから、じゃんじゃん飲んじゃってください」


 俺たちはテキーラを煽った。どうなろうと知ったことではない。有り金がいくらあるのかよくわからなかったが、勢いに任せてシャンパン――モエ・エ・シャンドンをおろした。グラスの中で立ち昇るシャンパンの泡が、白い陽光に照らされ、綺麗で良い気持ちだった。

 シャンパンのボトルが空になると、再びテキーラに戻った。俺たちは、何をどれくらい飲んだかわからなくなり、そもそもなぜ飲んでいたのかもわからなくなった頃に、生まれて初めて歩いた子どものような足取りで、海の家を出て砂浜に倒れ込んだ。店員に呼び止められなかったことから察するに、どうやら払いは足りたようだ。余分に支払っている可能性は大いにある。

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