第7話 消えた写真
ヒトミは、出会いから別れまでを、一通り話し終えると、しばし黙り込んだ。
終わりの方は、ずいぶん省略されていたが、彼女の体感では、そうだったのかもしれない。
「輝喜のことは、正直なにもわからないし、納得も出来てはいないよ。輝喜のスマホは解約されていたから、連絡の取りようも無いししさ」
「それでは、探しようがありませんね」
「……まだ、あるにはあるんだけど」
と、ヒトミは言葉を濁しながら、私のスマホを取りあげると、勝手に『友達登録』した。
「情報は全部あんたにあげる。だから、この先知ったことを、全て教えて。それが条件」
「わかりました」
ヒトミから3枚の写真が送信されてきた。
1枚目は、履歴書を撮った写真。
2枚目は、ヒトミと大柄な男の写真。
3枚目は、警備員らしき5人が肩を組んで笑っている。少しぼやけた感じのする写真だ。
「1つ目は、輝喜がコンビニのアルバイトをするとき、提出した履歴書」
「よく、あの店長から許可が得られましたね」
ヒトミは不思議そうに、視線を私に向けた。
「許可なんか取るわけ無いでしょ」
「なるほど……」
「2つ目は、見てわかると思うけど、あたしと輝喜の写真」
男はヒトミより頭1つ分くらい大きかった。
ヒトミは決して身長が低い方ではない。写真からの憶測だが、男の身長は190㎝はあるだろう。
「3つ目の写真は、輝喜が警備員をしていた時の写真なんだけど……なんか、変なの」
「変?」
「変といっても、写真が変ということじゃなくて」
ヒトミはどう話せばいいのが、頭を悩ませているようだった。
間もなく運ばれてきたブレンドコーヒーを、一口飲んでから、ゆっくりと深呼吸する。そして「よし」と気合いを入れた。
どうやら、考えがまとまったようだ。
「不思議なくらい、輝喜は余分なものを持たないの。だから、部屋には着替えくらいしか物が無かった。でも、その写真だけは、飾っていたの。不思議に思って、コッソリ写したのが、その写真」
3枚目の写真が、少しぼやけた感じがしたのは、そういうことか。
「やっぱりというか、輝喜と一緒に、この写真も無くなっていたの。変というか、なにかありそうでしょ? その写真」
写っているのは、輝喜と4人の男の姿だ。年齢は、みんな20代くらいか、もう少し上か。みんな同じ制服を着ている。
中央にいるのが輝喜だ。
他の4人は大笑いしているが、輝喜の笑顔は、どこか不自然な気がする。笑いなれてないとでも言うべきか。
一つ気になった人物がいた。輝喜の右隣で大笑いしている男だ。
痩せ過ぎなくらいに痩せていて、身長もかなり低めだ。他の4人と比べると、とても頼りなく見える。
どこか、芽奈ちゃんと似た雰囲気を感じた。まぁ、特に気にするほどのことではないか。
背景は、ビルの外壁だろうか? 特別な何かが写っているわけではなさそうだ。
「輝喜は誤解されやすいけど、困った人がいたら放っておけないタイプで。例えば、言葉が出せないで困っている女の子に、手話を教えたり……」
「芽奈ちゃんに手話を教えたのは、ひょっとして彼ですか?」
ヒトミは驚いたように目を見開き、大きく二度うなずく。
「ええ、そうよ。芽奈は『
「吃音というのは、どもってしまう?」
「そう。たぶん、あんたが考えているよりは、本人にとって大変な問題なの。なんせ、重度の吃音の人は、ほぼみんな自殺を考えたことがあるくらいなんだから」
言葉が思うように話せないとは、そんなに辛いことなのか。
私は考えもしなかった。
「けど、小さい子の吃音は、自然に治る子がほとんどなの。輝喜が手話を教えたのは、話さなくても良い選択肢を増やしてあげたいんだって」
「吃音が治らなかった場合、手話を使うということですか?」
「あたしには、あまり良くわからなかったけど。でも『この子は、多くの方法を知っていた方が良い。ネグレクトだしね』って」
ネグレクトというのは、聞いたことがある。たしか、世話をする責任のある人が、それをしないという事。いわゆる育児放棄や、老人の介護放棄だ。
「なんで、わかったんでしょう」
「痩せ細った姿や、整えられていない髪、爪、汚れても変えてもらえない服。注意して見れば、すぐにわかるわよ。幼稚園の人だって、わかっているはずだけど、面倒だから何もしない」
園長の豪快な笑い顔と声が、とても嫌なものとして浮かんだ。
「わかるものなんですね」
「わかるよ。例えば、あんた手話できるでしょう? 人の目を見て話すクセだって、話すときに手の動きが大きくなるのだって、見る人が見ればね」
「自分では、気がつきませんでした」
聞き覚えのある笑い声がして、そちらへ顔を向ける。と、それはテレビから聞こえてきたものだった。
古びたテレビの画面の中で、椅子に座ったハナマルが大笑いをしている。その右足には、ギブスがしてあった。
「いつの間に、右足にケガを?」
するとヒトミが、謎の答えを教えてくれた。
「これは2カ月くらい前に撮った番組じゃない? 確か、ハナマルが厚底靴で足をひねって、ヒビが入ったとか、ニュースでやっていたと思うけど」
ハナマルの足に、ひびが入って2カ月程。
私と同じぐらいの時期に、ケガをしたことになる。
それで病院に来ていたのか?
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