第12話 転落現場にて

 金原幸平が死んだとされている場所は、大阪市港区にあった。大阪の地図でいうと、中心部になる。

 場所は、警備会社で小暮から聞いていた。

 私がそこへ行こうと思ったのは、いまさら何かが残っていると考えたわけではない。

 ただ見ておきたかったのだ。

 金原幸平……恐らく本当は、井出野輝喜。

 彼が死んだ場所。それがどんなところかを、単純に知りたかった。


 井出野輝喜の過去については、警備員時代に仲の良かった何人かが聞いていた。

 彼は千葉県に生まれ。養子として井出野家に引き取られる。人も羨む仲の良い親子だったらしい。

 だが妊娠の発覚。更に実子が生まれて、生活は変わってしまう。

 輝喜は自身を『無意味な存在』と言っていたらしい。

 そんな彼が東京に来て、警備会社の職場で出来た友人が『金原幸平』だった。

 金原幸平も、井出野輝喜と同じく、家族に愛されなかった男だ。

 もしかしたら親友に近い関係だったのかもしれない。

 だとしたら、2人の間に一体何があったのだろう?

 2人とも同じ時期ではないが、警備会社を辞めてしまっている。

 その後も会っていたということか?

 何があって、2人は入れ替わったのか。

 井出野輝喜の転落死は、どう関係してくるのだろう。


 転落現場は一昔前の住宅街といった感じで、人通りがまばらな印象を受けた。

 最寄りの駅までの距離がかなりあり、スーパーなど買い物できる場所も近くにない。何一つ利便性のない地域だ。

 そんな中にある古びたマンションの屋上から、金原幸平は転落したことになっている。

 スマホで検索すると、短い内容ではあったが、当時の記事が残っていた。

 有名人でもなく、観光地でもなく、古い5階建てマンションからの転落事故。得られるような情報は、すでに知っている事しかない。

 マンションの外観は、あと2.3年もすれば、廃墟と呼ばれそうなレベルに達するだろう。人が住んでいるのかも、かなり怪しい建物だ。


 屋上へ上がってみようと、建物に入ってわかったことは、このマンションにエレベーターが付いていないということだった。

 それでもなんとか、痛む足をかばいつつ上がってみた。が、やはりというか当然というか、屋上の扉には鍵が掛かっていた。

 仕方なく痛む足で1階へと戻り、マンションを見上げながら、建物の周りを歩いてみる。と、一カ所だけ他と違っている部分があった。

「欠けている?」

 建物の一番上。柵らしき物が一部分無い。

 視線を下げてゆくと、道に花が置いてあった。

 なんの痕跡もない場所に、花だけが置いてある。

「そうだった」

 実は、私も花を買っていたのだ。

 無意識に強く握ってしまい、かなりイビツになってしまってはいたが。その花を、先に置いてあった花の隣に置く。

 ここに、井出野輝喜は落ちたのだろう。

 でも、この花は誰が置いた物なのか。

 両親ではないだろうし……。

「何が知りたい?」

「えっ!」

 不意に声がして振り返ると、1人の老人がいた。

 たぶん、70才くらいだろう。

 前歯が何本か無いので、よけいに老けてみえるのかもしれないが、いずれにしても高齢者の部類だ。

「あなたは?」

「ナナシと呼ばれている。あんたが何か嗅ぎ回っていると『うわさ』になっていたんで、どんなヤツかと見に来たのさ」

 人通りは、まばらにある。が、その中に、ナナシと名乗った人物の仲間が混じっているのかは、全く予想が付かない。

 ここで、どう答えるのがベストなのか。

「私は」

 わかないのなら、どちらでも同じ。

 だったら……。

「この場所で死んだ人が、誰なのか知りたくて来ました。というか、まあ、会えるとは思っていませんが。その人の考えが『少しでもわかれば』と思いまして」

「で、誰かな。その死んだ人というのは」

「井出野輝喜」

 私は言った。

 ナナシはそれを聞くと、人差し指を立てて静かに答える。

「正解」

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