第6話 消えた男

 園長への聞き込みから、新たに得た情報は無かった。ただ、出火の原因は漏電からのもので、放火とは考えにくいと、消防署の人からは言われたらしい。


 園長の話を聞き終わると、私とハナマルは車へと戻った。

 私は、芽奈ちゃんから聞いた話を、ハナマルには話さなかった。

 ハナマルが何かを隠しているのは、ほぼ間違いない。それに、私を巻き込もうとしている。このままでは、彼女の思い通りだ。

 このままで危険な気がした。

「ざんねんだけど、ハナマルが聞いても話してくれなかったし、しょうがないよ。ただ、なんか似ているから♡ もしかしたらと思ったの」

「似てる?」

「そう♡」

 とハナマルは、人差し指を私に向けた。


 ハナマルは、これからスタジオで生放送の仕事があるらしい。

 なので、これは好都と近くの駅まで送ってもらい、そこで別れた。

 LINEを交換したので、そのうち連絡でもよこすつもりなのだろう。

「さてと」

 芽奈ちゃんが言っていた駅前のコンビニは、すぐに見つかった。駅前だというのに、ビックリするくらい店が少ないのだ。

 おかげで、探す手間がなくて良かったのだけれど。

 そのコンビニは、外から見る限りお客の姿がなかった。

 それに加えて入りづらい。

 女性の店員が、制服のまま入口脇に座り込んで、タバコを吸っていたりする。赤い髪でポニーテールの……あっ、目が合った。

 私は慌てて横をすり抜けると、コンビニへ駆け込んだ。

「いらっしゃい」

 店に入ると、白髪で頭髪の薄い店員が、レジから声を掛けてくる。身長が低い上に、腰が曲がっているせいもあるのだろう。レジのカウンターからは、顔しか出ていない。

 私は、おにぎりを2つ手にすると、レジのカウンターへと置きながら言った。

「ここに以前、イデノ・テルキという人が、働いていたと思うんですが。どこにいるか、ご存じありませんか」

「イデノ……あぁ、いたね。どういう関係で?」

 白髪頭の老人は、警戒心100%の眼差しを向けてきた。

 ここは正直に話しても、かまわないだろう。

「1年ほど前に、イデノさんに助けられた人がいまして。いまさらですが、お礼をしたいと言ってるんですよ」

 私がそう言うと、一瞬で警戒はとけた。

「ほう。イデノくんは好青年だったからね。ただ、教えてあげられんのだよ」

「というと、やはり個人情報とかですか?」

「そうじゃなくて、いきなり辞めてしまって。ちょうど去年の今頃だったかなぁ。『すいません。今日で辞めさせてください』って。理由を聞いても、なにも話さないし」

「そうでしたか。だったら、連絡先だけでも…」

「すまんな、それは個人情報だから」

 やっぱり、個人情報じやないか!

 私がコンビニを出ようとすると、目の前に赤髪の女性が立っていた。あの、入口の脇でタバコを吸っていた店員だ。

「あと30分したら休憩だから『エンゼル』で待ってな。話してやるよ」

 赤髪の女性はそう言うと、コンビニへ入っていった。


『エンゼル』というのは喫茶店のことだった。

 コンビニから見える場所に、その店はあった。おかげで『エンゼル』という言葉が、その店だとわかったわけだ。そうでなければ途方に暮れていたことだろう。

 その店に入ると、正面にあるカウンター後方には、古びた大きめのテレビがあった。映されているのは、どうでも良い内容の、バラエティのような情報番組だ。

 この喫茶店は、どこもかしこも古ぼけた感じで、タイムスリップしてきたかのような錯覚すら感じる。そんな時代遅れな店だったが、それなりに繁盛はしているようで、席の半分ほどは埋まっていた。


 私がその店自慢のブレンドコーヒーを飲みつつ、10分程くつろいでいると、赤髪の女性はやって来た。休みを早めてもらったのだろう。

「マスター、私もこの人と同じやつ」

 赤髪の女性は、自分の名前を『ヒトミ』と名乗った。

「時間がもったいないから、探り合いはやめようじゃないの。あんたは誰で、なんで輝喜を探しているのか。言ってもらえるよね」

 ヒトミと名乗った女性は、静かだが力強い声で言う。

 目の前の人物が、イデノ・テルキとどういう関係かわからないうちに、知っていることを話すのは得策ではない。それはわかっている。

 ただ、ここで出し惜しみすると、2度とチャンスは訪れないだろう。

 彼女は、少なくともイデノ・テルキと同僚だ。新たな情報を得られる可能性は高い。

 賭けになるが、本当のことを話すしかなかった。

「どうやらイデノ・テルキという人が、1年ほど前に人助けをして、なぜか姿をくらませた。その事に関係している人が、彼を探している。けれど…」

「けれど?」

「けれど、場所がわかっても、まだその人に知らせるかは決めていない。信じてもらえるかはわからないけど、とにかく私は真実を知りたい。ただそれだけ」

 それが、いまの私の正直な気持ちだった。

 

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