第4話 話さない園児
すぐに疑問が浮かんだ。
『なぜ、スキャンダルになりかねないことを、私に教えるのか?』
ハナマルはカワイイし、好感をもたれるタイプと言えるだろう。しかし、アイドルとして『現在』人気なのは、火災事件で人助けをしたことが、大きく関わっている。
きっかけが無ければ、恐らくいまの人気は無かっただろう。それは逆に、きっかけが嘘だと知られたら、急速にファンが離れていく可能性を含んでいる。
そうでなくても炎上は免れない。
「私に、そんな話をしても良いんですか? 人助けをしたのがハナマルじゃないことを、世間の人に知られるのはマズイのでは?」
「まあね」
「だったら、どうして私に話したんです? いくらなんでも、リスクが大きすぎる」
という私の意見に、ハナマルは全く興味が無いといった感じだった。
「病院でもいったけど、人を見る目は悪くないと思っているから。それに『あの子』は私が嫌いなようなの。だから代わりが必要だし。あと、ハナマルはハッキリさせたいだけ♡」
「事務所の事も考えてほしいものだ」
マネージャーは、全く動じることなく言った。
話はわかった。
わからない事ばかりだということが、わかった。
どうして、ハナマルは病院の私を連れ出したのか?
どこへ、私を連れて行こうとしているのか?
そして、何をさせようとしているのか?
思い切って、ハナマルに聞いてみた。
答えは「まあ、いいじゃないの♡ 経費は全部こちら持ちで、それとは別に日給3万払っちゃう♡」だった。
いろいろと一度にあり過ぎて、もう、どうでも良いような気がしてくる。
日給3万円なんて、話がうますぎだ。
どうせ目的地に着いたら、少しは何かわかるだろう。
と、いう私の考えは、少し甘かったかもしれない。
「……ということで、この『記者』さんが、どうしても当時のことを聞きたいって、うるさいの。ホントごめんねぇ~っ♡」
とハナマルは、私を車から引きずり下ろしながら言った。
30分ほど車で運ばれて、いきなり何の説明もなく、この状況である。
車から降ろされた私の目の前には、オカッパ頭の80才は過ぎていそうな女性が待ち構えていた。
その隣に、髪がボサボサな小さな女の子がいる。おしゃれで伸ばしているのとは、別な気がした。爪も変に伸びている。
「命の恩人の願いなら、こんなこと朝飯前よ。もう、昼過ぎだけど…ガハハハ」
と、オカッパの女性。
本当にガハハハと笑う人を初めて見た。
シワだらけだけど、どこか人好きのする顔立ちだ。オマケに、かっぷくが良い。
そのせいもあってか、隣の子供が痩せすぎなようにも見える。いや、実際に痩せすぎなのではないか? 目が大きく見えるのは、目の周りがくぼんでいるからだ。
「ハナマルが助けた2人よ♡ 右が元園長の
と、小声でハナマルが言う。
火災から救助された時に、意識があったのは年中の園児だった。
現在は年長だから4.5才。
この子から、情報を聞き出せということか。
それにしても、いつから私がココへ来ることが、決まっていたのだろう?
何もかも整いすぎていて、気持ちが悪い。
けれど、やるしかない。私にはお金が必要なんだから。
私は芽奈ちゃんに名乗ってから、「火事のあった日のことは、覚えている?」って聞いてみた。表情の変化を見逃さないように。
もしかしたら、トラウマになっている場合もあるのではと。
が、なにかが違った。
芽奈ちゃんは私を見ている。だけど、虚ろな目だ。
なにか、諦めきったような。
「……」
「芽奈ちゃん?」
私の声に答えたのは、園長の天城だった。
「メーちゃんは、話せないから」
「聞こえないんですか?」
「良くわからないけど、メーちゃんのお母さんが、そう言ってたのよね。それより、あの日はとても暑くて……」
年長のお泊まり会があった日。つまり、火災のあった当日のことを、天城が話し出した。
こちらが聞くというより、天城が一方的に話すような形ではあったが。
その日は暑くて、乾燥警報が出ていたらしい。
本来なら、午後8時には迎えに来る予定だった芽奈ちゃんのお母さんが、急用で遅れることになり、園長はついウトウトしてしまった。
そして気がつくと炎が周りを囲んでいて……。
「そこへハナマルちゃんが入口のドアを蹴破って登場! わたしとメーちゃんを、小脇に抱えて外に連れ出したの」
多くの人に話しているうちに、都合の良い記憶とすり替わったのだろう。
記憶の改ざんというやつだ。
私は、園長の話を聞きながら、ずっと芽奈ちゃんを見ていた。全く興味の無い様子に見えるが、無反応ではない。
少なくとも、聞こえていることがわかった。その上で、あえて何も話さないのだ。
ハナマルの方を見ると、面白そうにこちらの様子を見ている。お手並み拝見といったところか。
ハナマルは、なぜ『この園児』が、ヒーローの正体を知っていると思ったのだろう?
謎だが、そこを疑っても仕方が無い。
様子を見た限りだと、園児は脅されて黙っているわけではないと思う。となると、何か言わない……言えない理由があるのか?
「よし」
あまり好きな方法ではないけれど、聞こえているのなら試してみるしかないか。
私は園長に向かって言った。
「火災の時に、現場から立ち去った男を見かけませんでしたか?」
芽奈ちゃんの視線が、私の方へ向くのがわかった。けれど、それは無視をする。
「さあ。幼稚園の先生は、みんな女性でしたし」と園長。
「あくまで噂なんですが、大柄な男が現場から逃げ去ったという話がありまして。放火した犯人の可能性もあると、私は考えているんですよ」
「ちちち、ちが……」
芽奈ちゃんは、同じ言葉を繰り返すと、諦めたように口を閉じる。そして、右の人差し指と親指だけ立てると、激しく手首を左右にゆすった。
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