幕間2 芽奈

 真壁芽奈まかべ めいなが、どうも自分は普通と違うのかもしれないと感じたのは、年少から年中に上がった頃。

 言葉が思うように出なくて、喉が詰まるのを感じたのが、きっかけだった。

 それでも最初は、言葉を発することが出来ていた。なのに、やがて言葉は喉の奥で詰まり、震えて、繰り返すようになってしまう。

「ふざけた話し方はやめろ!」と父親に何度も叱られたけれど、自分の意思ではどうにもならなかった。

 芽奈は母親に病院へ連れて行かれ、医師に『きつおん』だと言われた。が、何のことだかサッパリわからなかった。

 ただ、その日から母親は、芽奈に対して「恥ずかしいから、外では話さないように」と命令し、芽奈はそれに従った。


 実は、友達と一緒の時に、約束を破ったことがあった。

「はなさないと、ともだちやめる」と言われたのだ。

 だから、話さないわけにはいかなかった。なのに、やはり言葉は引っかかる。

「わわわわ、たし、たし…」

「メイナちゃん、きもちわるい」

 それ以来、芽奈は友達がいなくなった。

 いつも、言葉が出ないわけではなく、歌は比較的普通に歌えた。なので、余計に言葉が上手く出ないことを、理解してもらえないのだった。


 両親はケンカばかりするようになり、家には芽奈一人の時が多くなっていた。

 家に一人でいるのは嫌だから、芽奈は疲れるまで外を歩いた。どうせ暗くなるまで、父も母も帰っては来ない。

 でも、そのお陰で、芽奈は『井出野 輝喜いでの てるき』と会うことができた。


 コンビニエンスストアの横で座っていた時、店の中から出て来た店員に声を掛けられた。

「お嬢さんは、迷子かな?」

 それが輝喜だった。

 芽奈が答えられないでいると、そこへ1人の女性が通りがかった。

 女性は輝喜を見ると、素早く手招きしてから、左右の手を使って、空中にある見えない糸で『あやとり』をするような仕草をした。

 それを見た輝喜は「品物なら届いてますから、中へどうぞ」と、女性と同じように、左右の手を動かしながら、口を大きく開けて言う。すると女性はニコリとして、コンビニエンスストアへと入っていった。

 その様子を、あっけにとられて見ている芽奈に、輝喜は言う。

「手話だよ。口で話せない人と、手で話しをしたんだ」

 輝喜から聞いたと同時に、芽奈は声をだしていた。

「わわわたし、に、おしえ、て」

 言葉は、思っていたよりもスムーズに出た。


 輝喜は、理由も聞かずに、手話を芽奈に教えてくれた。

 それからは、輝喜を通じて、ろう者の友達が出来た。それとは逆に、幼稚園では孤独になっていく。

 幼稚園でも家でも、芽奈は手話を使わなかった。

 幼稚園で使うと、また「きもちわるい」といわれるのではないかと、恐かった。家で使うと、激しく母親に怒られて、両手を何度も叩かれた。

 だから芽奈にとって、本当の自分を出せるのは、輝喜と ろう者の前だけだった。

 芽奈が、その輝喜と最後に会ったのが、1年前の火災の日だった。


 その日、年長のお泊まり会があることを知った芽奈の母親は、半ば強引に幼稚園へ、芽奈を預けた。

「どうしても断れない用事があって。どうせ、年長のお泊まり会があるんだし、ついでに芽奈も預かってよ。8時までには迎えに来るからさあ」

 けれど、迎えには来なかった。

 眠気から目を覚ますと、周りは火で囲まれていて、逃げ場は無かった。

 そこへ、輝喜が壁を蹴破って現れ、園長と芽奈を抱えて助け出したのだ。

 その時、偶然いたハナマルに、輝喜はぶつかってしまう。そして、ハナマルは持っていた物を落とした。それを見て、

「アンタが、この二人を助けたことにしろ。断れないはずだ」

 輝喜は、ハナマルを脅す。

 そして芽奈へ向き直ると、少し困ったような顔で「キミも、秘密にしてくれないか」と言った。


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