第3話 本当のヒーロー
「佐久間マネージャー、予定どおり『あそこ』へ、むかってもらえる? またせても悪いし」
ハナマルの言葉に対して、マネージャーは大げさに肩をすくめてから、車を発車させた。
先ほどのハナマルの言葉は、どういうことなのだろう?
「ホントは別にいたの、火事の中から人を助けたヒーローが」
まるで『あの事件』が、嘘だったように聞こえる。
私の知っている、ハナマルを一躍有名にした事件はこうだった。
いまから1年前のこと。
東京都葛飾区にある幼稚園で、午後11時頃に火災が起きた。
もちろん普段は、幼稚園に人のいない時間だ。けれど、その日は特別な日だったらしい。
夏休みの半ば、幼稚園で年長の園児だけが、『お泊まり会』の為に泊まっていた。
これは、毎年行われている行事らしい。
火災の原因は、漏電だと判明していて、事件性は無いとされている。幼稚園がかなり老朽化していたことから考えても、不自然ではないだろう。
以前にも、ボヤ騒ぎがあったそうだ。
火災が起きた時間に、園児の年長は1階の大部屋で、すでに就寝していた。
先生は5名。交替で様子を見ていたらしい。
1番最初、火災に気がついたのは、先生の1人だった。トイレへ行こうと、職員室から出て、焦げ臭いことに気がついたらしい。
臭いの元へ行くと、炎が上がっていて、あっという間に広がったと言う。
すぐ他の先生に知らせて、生徒と共に全員避難……したはずだった。
年長の園児は、確かに全員避難していた。ただ、この日は年中の園児が、たまたま1人だけ預けられていたのだ。
母子家庭で、どうしても外せない用事のために、一時的に預けたのだという。午後8時には引き取る予定だったのだが、トラブルがあって、たまたま遅くなってしまった。
園長とその年中の園児は、2階にいた。本来なら、とっくに親が迎えに来ている時間だったので、他の先生には存在を忘れられていたらしい。
園長とその児童は、ウトウトしていたようで、気がつくと炎に包まれていた。そこをハナマルに助けられたというのが、報道の内容だった。
元人気地下アイドルが、命がけで人を助けたのだ。話題にならないわけがない。
連日のように報道され、それがハナマルをアイドルに復活させるきっかけとなった。近頃はドラマなどにも出ている。
それはともかく、炎の中から人を助けた人物が、報道されていた人物と別人ということなど、あるのだろうか?
みんながそろって嘘をついたり、見間違うなんてことは、考えにくかった。
けれど、そんな私の考えを、ハナマルはアッサリ打ち砕く。
「つまり、火のついた幼稚園の中に飛びこんで、2人を助けたのは、ハナマルじゃないの」
「じゃあ……誰なんです?」
「それを知りたいのよ、ハナマルも」
と、ハナマルは笑った。そして、小さなため息。
「ハナマルは、ぐうぜんあの日あの場所を通りがかっただけ。火につつまれた幼稚園から、おおがらな男の人が、2人を抱きかかえて出てきたの」
「でも、それなら間違われることなんてないのでは?」
ハナマルは小柄だし、どう見ても女性だ。
大柄の男に見間違われる可能性は、限りなくゼロに近い、というか無い。
「ところが、ハナマルがいたのは、建物の裏のほうだったの。みんな正面にいたから、裏には誰もいなかったよ。オマケに、助けられた2人のうち、園長先生は意識フメイだったし」
「もう一人、助けた子供がいたと思いましたが」
「……その子は、なにも言わなかったのよ。1年たった、いまでもね。けど、あの子はヒーローの正体を知っている。ゼッタイに!」
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