第10話 輝喜ではない輝喜

『以前そちらで働いていた 井出野 輝喜 さんについて、早急に知りたいことがあります。

 勝手ながら、明日の10時に訪問させていただきますので、5分でも時間をいただけないでしょうか。

 前日の夜に、いきなり知らない人物からのメール。怪しい上に常識が無いことは承知の上で、どうぞよろしくお願いいたします。


 尚、ご家族の井出野 真太郎様には、了承を得ております。』




 佐久間マネージャーに東京駅まで送ってもらった私は、用意されていたチケットで新幹線に乗り込んだ。

 東京から大阪までの時間を使って、いままでの考えをまとめてみようと試みる。


 昨日。8月30日という、たった1日で知り得た情報は、どこか違和感が多く、難解なパズルのようだった。

 人を助けたのに、逃げるように立ち去る男。

 火事のあった日に、ハナマルは何をしていた?

 次男なのに『真太郎』という名前や、兄である輝喜に対する態度も、普通では無い。

 過去を隠すなら、警備員時代の写真を飾っていたのもおかしい。

 まあ、持ち去られてはいたのだけれど。

 あと少し。

 もう少しでわかるような気がする。

 それが、大阪で得られるのだろうか?

 新幹線は、間もなく大阪へ到着する。

 考えは上手くまとまらなかった。


 私は昨日の夜、その警備会社にメールを送っていた。

 送った時間が遅く、しかも見方によっては、かなり怪しい文章。はたして対応してもらえるか、不安はあったのだが、結果からいえば、送って正解だった。

「井出野輝喜くんのことは、良く覚えとります。もう、辞めて3年近くになりますか」

 対応してくれたのは、小暮こぐれという小柄で浅黒い男だった。50才は過ぎているだろうが、ジムに通っていそうな体つきをしている。

 慣れた手つきで、冷蔵庫から麦茶を出すと、グラスに注いで出してくれた。

「いまどこにいるか知りませんか?」

「メールには、井出野くんの家族に了承をもろてるって書いてたやろ?」

「はい。ただ、ご家族も輝喜さんの居場所を知らないみたいで」

「せやったら、聞かれてもわからんよ。さっきも言うたけど、3年近く前に辞めてるんやから」

 これは予想していた範囲の反応だ。

 でも、弟の井出野真太郎が『大阪で働いていた同僚なら知っているかもしれない』と言っていた。

 私には、あの時の真太郎の顔が、何かを知っている、含みのある顔に思えて仕方がない。

 それとも、何かを見逃しているのか。

「友達とかいませんか。あっ、確か写真が……」

 ヒトミから送ってもらった写真のうち、警備員が5人写っているものを、見せた。

「これは懐かしい! 募集広告の為に撮った写真やな」

「この人達に聞いてみたいのですが」

「残念やけどムダやわ」

 と、小暮は大げさに両手をあげる。

「もう、この会社にいないんですか? だったら、電話番号を教えて下さい。迷惑は掛けません」

「そうやないんよ。この中の3人は、いまでも我が社で働いとる。せやけど、井出野くんのことは知らんて。2年くらい前に、ちょっと探したことがあったんやけど、誰も知らんかったんや」

「3人ということは、あと1人いますよね。その人なら、知っているかも!」

 小暮は写真の一人を指さして言った。

 中央にいる人物。

「あとは、金原幸平くんやけど、彼は退職して1年後に転落死してもうてな。母親から連絡があって知ったんやけど」

 私は、酷く混乱していた。

 小暮はそんな私の動揺に気がつかず、話を続ける。

「それで、仲の良かった連中に連絡を入れたんや。結局は、大ごとにしたくないって家族が言ったらしくて、身内だけの家族葬にしたらしいけど」

 そう言いながら小暮が指差している人物。それは何度見直しても『輝喜』だった。

「それは、井出野輝喜ですよね」

「井出野輝喜は、こっちや」

 そう言って小暮が指差したのは、真ん中の人物の右隣にいる、背の低い痩せた男だ。

 私はヒトミから送信された、ヒトミと輝喜のツーショット写真を、小暮に見せる。

「この人物は、誰ですか?」

「だから、金原幸平くんやって言うてるやろ。女は知らんが」

 あぁ、なんてことだ!

 私は大きな勘違いをしていた。

 だから、人を助けたのに、逃げるように立ち去ったのか。

 でも……だとしたら。

「金原幸平の実家を教えてもらえますか。どうしても、確かめなければならないことがあるんです」

 私の真剣な表情に、小暮は「ああ」と強張った声で答えた。

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