第9話 バカみたいな話

 今日は、一度に沢山のことがあり過ぎた。

 いつもより歩いたせいで、かなり左膝が痛む。だが、歩けないほどではなかった。


 井出野家で話を聞いたあと、真っ直ぐ一人きりの自宅へと戻り、その日は終了。

 これからの行き先が、思いつかなかった。


 とりあえずハナマルには、偶然寄った駅前の喫茶店で、探していた男の知り合いと会ったことをLINEで知らせておいた。

 芽奈ちゃんとヒトミについては、出来る限り伏せてある。

 ハナマルが納得しているとは思えないが、少なくとも芽奈ちゃんの話は、しない方が良いと思った。

 本当は、何も話さない方が楽だ。しかし、今回の男性(輝喜)捜索にかかる費用は、ハナマルが出してくれる事になっている。

 となれは、何も話さない訳にはいかないだろう。

 貯金の残高は、入院や通院、それに加えて今現在は無職状態ということもあり、減る一方だ。

 日給3万円は大きい。


 さて、明日はどうしよう? と思ったとき、不意に輝喜の弟、真太郎の言葉が浮かんだ。

『輝喜兄さんは、2年くらい前に戻ってきた。けど、その前は大阪で働いていたらしいよ。もしかしたら、そこの人なら、知っているかもしれない』

 輝喜の過去をたどって、果たして現在の居場所に行き着くのか?

 何の確証もない上に、過去をたどるすべもない。

「……いや、あるには有るか」

 私は、ヒトミから送ってもらった写真の、履歴書を見た。前職は大阪の工場で働いていたことになっている。が、検索しても、その名前の会社は存在しなかった。

 バレない嘘をつくには、本当のことも混ぜることが大切だと、誰かが言っていた。

「だったら……」

 ヒトミの送ってきた、警備員姿の輝喜を含む4人の写真。その制服の左胸と肩の辺りには、会社のマークらしきのもが写っている。

 写真を拡大して、トリミング、画像検索。

「これは実在した」

 写真と同じマークの会社が表示される。

 大阪にある警備会社だ。住所もわかった。

「駅弁は、経費に含まれるのかな」

 ハナマルにLINEを送った。

 探していた人物の手がかりが、大阪にあるかもしれないこと。明日は大阪に向かうことだけを知らせ、情報源を記すのはやめた。


 いつの間にか眠っていたらしい。スマホの画面を見る。

「やれやれ」

 LINEは好きになれない。

 メールと違って『既読』の表示が問題だ。

 早く見ろ! 早く返事をよこせ! と、催促されているような気がしてしまう。

 着信50件

『明日の朝07:00、マネージャーが迎えに行きます』

『明日の朝07:00迎えに行きます』

『朝07:00迎えに行きます』

『迎えに行きます』

『迎えに行きます』

『迎えに行きます』

『迎えに行きます』

「……ホラー映画か」

 着替え終わって外に出ると、ハナマルのマネージャーがドアの外で待っていた。

 近くで見ると、まるでモデルのような顔だち。

「私、住所教えましたっけ?」

「調べたので問題ない。駅まで送るように、ハナマルには言われている」

 マネージャーの佐久間は、そう言って封筒を渡してきた。中には東京から大阪へのチケットと、1万円札が10枚入っていた。

 どうやら大阪の費用込みで前払いらしい。

 正直、助かる。


 私は車の後部座席に乗り込んだ。

 マネージャーは車をしばらく走らせてから、言い訳のように「申し訳ないが、ハナマルは映画の撮影があって、会うことは出来ない」と言った。

「足の方は大丈夫なんですか?」

「足?」

「3カ月ぐらい前、足にヒビが入っていたと聞いたので」

 と言いながら、病院で会ったときのことを思いだし、平気だろうなと思った。

「大切な時期だから、車の運転はしないように言っていたのだがな」

 と、マネージャー。

「厚底靴のせいですか」

「ああ。ひねったらしい。サイドミラーが曲がっていたから、どこかにぶつけたんだろう。割れてはいなかったから、大して強くぶつけたわけではないだろうが」

「……」

 私の頭の中に、バカげた考えが浮かんだ。

 そんなわけはない。と思っているのに、気がつくと聞いてしまっていた。

「その日は……6月20日?」

「映画の顔合わせ前日だから、6月の……20日。そう、6月20日。良く知っているな。ひょっとして、ハナマルのファンか?」

「え、ええ、まあ」

 私のバカげた考えが、ゼロではなくなった瞬間だった。

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