幕間4 とある夫婦1

 その男Aと女Bは、恋愛の末に結婚をした。二人は同い年で、25才だった。

 2人は子供が好きで、自分たち2人の子供を熱望した。が、Bは妊娠しなかった。

 30才の時に病院で検査したところ、夫の精子に問題があり、妊娠は難しいだろうと言われた。


 4年後。

 2人は相談して、養子縁組で産まれたばかりの男の子を育てることにした。

 周りの人々を明るくてらし、喜びに満ちた人生を歩くように『輝喜』と名付けた。

 夫婦は子供を本当の子供のように育て、子供は本当の両親と思って、夫婦を愛した。

 更に4年の月日が流れる。

 3人にとって、幸せな4年。

 それは、いきなり終わりを告げる。


 Bが妊娠をしたのだ。

 39才という高齢出産になるが、全く諦めていたので、夫婦の喜びは格別なものだった。

 輝喜も、自分の弟が出来ることを喜んでいた。が、それは夫婦のものと、全く異なっていることに気がつかなかった。

 正確に言うと、夫と妻の喜びも、異なっていたのだが。


 Bは自分が妊娠したという嬉しさと共に、養子である輝喜への後ろめたさのようなものを感じていた。

 夫のAは、自分の遺伝子を受け継いだ『本当の子供』に対する愛情を感じていた。それは、あまりにも大きすぎた。

 結果『本当の子供でない』輝喜に対する嫌悪感が、溢れてくるのを止められなくなってしまったのだ。


 Bのお腹が大きくなると、Aの輝喜に対する扱いが酷くなってゆく。

 声を交わすこともなくなり、存在を無視されるようになった。

 Bは、輝喜を変わらず愛していたが、Aの前でそれを表現すると殴られた。

 Aの前で、輝喜に食事を与えただけで、Bは鼓膜が破れるほど叩かれ、肋骨にヒビが入った。それ以来、恐くてAの前では輝喜を無視し続けることとなる。

 時間は流れる。

 輝喜は痩せ細り、身長も伸びずに、小さいままだった。栄養不足のせいかもしれない。

 輝喜は、なぜ自分の存在が否定されているのか、わからずに父と信じていたAに聞いた。

 するとAは「お前はウチの子供じゃない。他人の子供なんだ」と言った。

 輝喜は、全てではないが、なんとなく理解をした。

 何事も望むのは、無意味なことだと理解したのだ。


 やがて、輝喜の弟が生まれる。

 名前はAが『真太郎』と名付けた。

 次男なのに太郎と名付けたのは、完全に輝喜の存在を否定するためだった。

 Bは、輝喜を実の子と同じく愛していた。が、それを言葉にすることはなかった。

 暴力も恐ろしかったが、経済力の無い自分が、家を追い出されるのも恐かったのだ。


 Aは真太郎を溺愛していた。

 働いている会社は順調で、給料が良かったこともあり、お金にはかなりの余裕があった。

 だから、真太郎の欲しがるものは、できる限り与えた。

 真太郎の背は低かったが、体重は肥満といわれるレベルになっていた。


 Aは愛を全て真太郎に向けた。しかしBは違った。

 それを一番感じていたのは、真太郎だったのかもしれない。

 Bは表向き、真太郎だけに愛情を向けていた。だが、Aの目が外れると、輝喜を気遣うのだ。

 輝喜は、それを嬉しく思うと同時に、申し訳なく思うのだった。


 輝喜は、中学を卒業すると、千葉の実家を出て、東京に独りで住んだ。工場で働き、そのお金だけで生活を始めた。

 ときどきBが様子を見に行っていたが、Aは知らなかった。

 しかし、次男の真太郎は知っていた。


 1年後、輝喜は東京の仕事を辞めて、大阪へ出ていってしまった。


 それから4年後。

 Aは何の前触れもなく、いきなり死んでしまう。急性心不全というやつだ。

 Aの残した財産は、妻が死ぬまで生活していくのに充分なものだった。

 その事に安心したわけではなかったが、BはAの葬儀が終わったその日に倒れ、入院してしまう。


 翌日、Bは認知症になっていることが判明した。過去のことばかり話すのは、そのせいもあるのだろう。

 更に、末期の膵臓がんに掛かっていることがわかり、真太郎は最後の親孝行を考えはじめた。そんな状況でBの放った言葉に、真太郎は決心をする。

「輝喜、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

 Bは、そればかり繰り返すのだった。


 真太郎は、Bの携帯から輝喜の連絡先を探し、Bの状況をメールで送った。

 そして現れた輝喜は、真太郎の知る輝喜とは、全くの別人になっていた。

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