第2話 ハナマル

 その『不審者代表』のような彼女に手を引かれ、連れて行かれたのは、病院の非常階段だった。

 彼女は私の左手から手を離すと、振り返りながら首を振りフードを取った。ヒョコリと肩までとどくツインテールが現れる。

 次にサンスグラスを右手で、マスクを左手で取ると、整った顔が姿を現した。声から想像していたより、年は上のように感じる。

 どこかで見たような……。

 そんな私の考えが伝わったかのように、彼女が私の目を見る。いや、のぞき込むと言った方が正しいのかもしれない。

 何かを探るような感じだ。

 彼女に見られて……というか見て、私は彼女をどこで見たのか思い出した。

 なんだったら、今朝も見てきた。


 「よっろしく、おねがいしまぁ~す♡」

 パッチリした両目に、薄い唇。幼い顔だちのため、綺麗というよりカワイイという感じだ。年齢は24才らしいが、まだ10代と言っても通じるだろう。

 今朝、テレビをつけると、モニターの中に彼女の姿があった。

「きょうもハナマル、元気じるし!」

 そう言って胸の位置で、両手をパーにして、人差し指と親指を使い円を作る。それが彼女のポーズだ。


 名前は花丸喜久代はなまる きくよ。『1年前の人命救助』で一躍有名になり、同時に過去のアイドル活動がネットで勝手に取りあげられ、彼女を一躍有名にした。

 現在は歌手で役者でタレント。

 いわゆるマルチタレント。

 芸名は『ハナマル』だ。下の『キクヨ』の名前では、なぜか決して呼ばせなかった。

 以前、バラエティ番組で大御所の歌手に「喜久代ちゃん」と呼ばれたことに対して、普段では見られないような、怒りの表情を見せたことがある。ネットで一時話題になったが、それももう過去の話だ。


「あっ」

 思わず声が出る。

 すると彼女……ハナマルは、顔をこわばらせた。

「やっぱり、私の顔を知ってるのね」

「それは、まあ。有名な芸能人ですから」

「……あ~っ。言われてみれば、そうかぁ~っ。まあ……そうだよねぇ」

 と、あからさまにガッカリした様子。

「なにか…」

 私が言いかけたところで、彼女は開いた右手を前に出して、会話を止めた。

 そして10秒ほどの沈黙。

 ハナマルは独りで何度もうなずき、それから「自分が天才すぎて恐い」とか、なんかそんなことを言っていた。

 それからやっと我に返って、私にこう言ったのだ。

「時間があれば、ちょっと話でもしない?」

 まるでナンパか、何かの勧誘のようなセリフ。

 普段の私ならば、間違いなく断っていただろう。ただ、相手が芸能人で、私は仕事もなく暇をもてあましていた。

「予定はないですが……」

「じゃあ、決まり♡」

 ハナマルは私の手を引くと、非常階段を出て、人の少ない通路へと進んでいった。その歩みに、ためらいは全くない。

 以前も使ったルートなのだろう。

「はや足だけど、ダイジョウブ?」

 と、ハナマルが私の左膝に、視線を向ける。

「これくらいなら、平気ですよ」

 正直、少し左膝は痛んだが、ガマンの出来ないレベルではない。

 歩き方がおかしかったのだろうか?

 私の左足はズボンで隠れていて、装具は全く見えない状態にある。私自身は、かなり自然に歩けるようになったと思っていたのだが。

 いや、ハナマルは私の名前を知っていた。

 私のことを調べて、足のケガも知っていたということだろうか?

「自分でいうのもなんだけど、わりとユーメー人だから。あまり目立つと、病院にメイワクがかかるかもしれないし」

 ハナマルは、前方へと視線を戻しながら言った。

 まるで、なにか後ろめたいことに対しての、言い訳のようにも聞こえる。

「どこへ行くんですか」

「もう少しだから、あせらないの♡」

 ハナマルは、前を見たままイタズラっぽく笑みを浮かべた。

 小悪魔という言葉が、ピタリとハマる感じだ。

 一般人は使わないような、横道にある古い扉をくぐる。するとその先に、小さめのエントランスがあり、黒く高そうな車が止まっていた。

「ほら、とうちゃく!」

 ハナマルは私から手を離すと、今度はその手を車に向けて振った。

 それを合図にして、車の後部にある扉が自動で開く。と同時に、ハナマルは車に乗り込み、私に両手で手招きをした。

「はやく! はやく!」

 見ず知らずの高級車に乗るというのは、なかなか抵抗があるものだ。とはいえ、あのハナマルが乗っているのだ。

 売られたり、殺されたりはしないだろう……たぶん。

 私は全く動じていないフリをして、車に乗り込んだ。

「佐久間マネージャー、たっだいまぁ!」

 ハナマルが運転席に声を掛ける。それに反応して、抑揚の少ない低い女性の声が返ってきた。

「ハナマル、その人は誰」

「おトモダチよ、おトモダチ。少し……気になることがあってね」

 ハナマルは、一瞬だけ何かを思い出すように、視線を上に向ける。が、それはすぐに私へと移った。

「ハナマルはね、人を見る目は悪くないと思っているの。いままでそうだったし、これからもそうに違いないと思うの。で、そのカンがいってるの。『あの子』に会わせろって」

「『あの子』?」

 私が聞くと、ハナマルは「ハナマルが助けたって、ことになっている子なんだけど……」

「ハナマル!」

 たしなめるマネージャーを制して、ハナマルは言った。

「いいの。この人に会わすことで、何かが変わる気がするの。なにが、どうとは言えないけど、似てるのよね。あの『ヒーロー』に」

 ハナマルは私を見ながら、更にこう続けた。

「ホントは別にいたの。火事の中から人を助けた『ヒーロー』が」

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