第14話 金原幸平

 薄暗い屋上に立つ男が、私の気配に気がついて、こちらを向く。

 その男の姿は、私が想像していた姿とは、大きくことなっていた。

 何と言えば良いのだろう。想像していた人物なのだが、想像していた容姿ではなかった……と言うべきか。

「あなたは、金原幸平ですか?」

 私は彼の姿を写真で知っている。にも関わらず、確信が持てなかった。

 その人物が『金原幸平』にしては、あまりにも痩せ、生気が抜け落ちていたからだ。姿勢が悪いせいか、身長も想像より低い気がする。

 肌は汚れか日焼けか薄黒く、髪はボサボサで、目は虚ろだ。

 金平幸平だと言われたら、面影はある。が、かなり老けこんでしまった感があった。

「……誰だ」

 その声は、外見とは違って力強い。

 私が名前を言うと、次に幸平は「何が目的だ」と聞いてきた。

 そこで、ふと私は考える。

 私の目的はなんだったのだろうかと。

「1年ほど前のことです。東京の幼稚園で火事がありました。その燃えさかる炎の中から、2人の命を助けた人物がいたのですが。それはアナタで間違いないですよね」

 私の言葉に対して、男……幸平に反応はない。

 こちらの出方をうかがっているのか、それとも別人なのか。

 もっと突っ込んだ話をするしかない。

「でも、なぜかアナタは、自分が助けた事を秘密にして、ある人物にその身代わりをさせた。なぜ?」

「あの女が言ったのか。どういう風に話を聞いたのかは知らないが、あの女は空き巣の道具を持っていたんだ。だから黙ってやる代わりに、利用させてもらった。ただそれだけのことさ」

 幸平は力の無い笑みを浮かべた。

「わかっています。そのお陰で、彼女は有名になりました。そしてこれから、映画などの大きな仕事をすることが決まっています。だから、過去をバラされない為、私にアナタを捜させたのでしょう」

 幸平は口の端だけを上げて笑う。そして、私の目を正面から見つめた。

「オレが金原幸平とわかっているアンタなら分かるだろ。過去をバラされて困るのは、オレの方だと」

 金原幸平は、井出野輝喜として生きている。それが白日はくじつの下になれば、間違いなく面倒なことになってしまうだろう。

 しかも、入れ替わった井出野輝喜が、入れ替わった当日に転落死しているのだから、尚のことだ。

「井出野輝喜と何があったんですか。どうして彼は、転落したんです」

 私は聞いた。

 回りくどく言っても、仕方が無いと思ったからだ。

「オレが、輝喜を突き落として殺したとは、考えてないんだな。もしオレが人殺しなら、口封じにアンタを殺すことだってあるかもしれない」

「貴方が井出野輝喜を殺したのなら、輝喜の母に会いに行くとは考えにくいですからね。しかも、弟にまで会っている。本当に、何を考えているのかわからない」

 私は真面目に言ったのに、なぜか幸平は笑った。それも場違いなくらい、心底愉快そうに。

「何でも知っているんだな。わかった、話そう。そう複雑なことじゃないんだ」

 と前置きをして、幸平は語った。


「会社を辞めて、1年くらいが経ったころだ。輝喜から『大切な話があるから、今夜会えないか』と、連絡があった。

 輝喜とは不思議とウマが合ったから、会社を辞めてからも、たまに会って飲みに行ったりしてたんだ。なのにその日は、改まった感じで、嫌な予感はあった。

 でも、いや、だからこそ会いに行った。

 場所は、この屋上。

 輝喜は『ボクと幸平の未来を交換しよう。そうすれば、全てが上手くいくはずだ。キミはキミの人生が嫌で、ボクはボクの人生が嫌なんだから』

 そう言って、免許証やマイナンバーカード、パスポートまで渡された。見ると、オレの顔写真の部分が、輝喜の顔になっていた。

 輝喜が持っていたマイナンバーは、オレの名前だけど、写真は輝喜で……。

 輝喜は『これでボクは幸平だ。自由なんだ!』って、この屋上ではしゃいで、つまずいて、柵に手をついたら、柵が壊れて……下へ落ちた。

 ほんの一瞬で、目の前から消えてしまったよ」

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