第15話 昼食を取ろう

 食堂に向かっていると、ちょうどノインさんとヒロシカさんが食事を終えて出てきたところだった。


「あ、ヒロシカさん、ノインさん。お久しぶり……ってほどじゃないですけど、お体に変わりはありませんか?」

「あぁ、グラスキーか。おかげさまで二人とも何ともないよ。

聴取が終わったから、明日の定期便で帰る予定さ。

ところで、後ろの人たちは?」

「えっと、彼らは」


 マリモが僕の前に出てきて、恐らく騎士団のものと思われる身分証とマントを見せつけるようにして話を遮ってきた。

「私たちは騎士団の地域生活課のものです。

彼の特殊な記憶喪失のために、我々が彼を預かって身柄の調査と、ご家族を探すということになりました」

「そうだったのか。君も大変だな」


 こういう時は口裏を合わせておくに越したことはない。

 ラボネームまで使う機密に触れていることを一般人に漏らした場合、ノインさんたちと僕の処遇が如何様にされるかわからないのだから、当たり障りのない会話が正解だ。


「はい、そういうことになりましたので、ここでお別れということになります。

お礼は……薪割くらいしかお手伝いできず恐縮ですが、大変お世話になりました」


 チェレステも割り込んでくる。

 僕が不用意な発言をしないように、との計らいもあるのだろうか。


「この度は我々の不徳で、ご子息夫妻を奪われてしまったこと、改めてお詫び申し上げます。

捜査奪還については、全力を挙げておりますので、何卒お待ちいただければと存じます」

深々と頭を下げる巨漢のドワーフの迫力は、目を見張るものがあった。


「あれ?ノインちゃんじゃありませんか?」

「カスミちゃん?!」

 小さな二人は手を取り合い、くるくる回転しながら跳ね回っていた。

「ひさしぶり~。元気だった?」

「ハイスクールの卒業以来でありますな。はい、元気でありましたよ。」


「お二人は知り合いで?」

「はい、ハイスクールの同期であります。

ラ・マヌジャン(数学の鬼神)ことノインと……万年赤点ギリギリの落ちこぼれ……味噌っかすのカスミではありましたが」

「そんなこと無いよ!カスミちゃんの気付きが無かったら、新しい公式なんて思い浮かばなかったし」

「えへへ、そうでありますか?」

「そうだよ!ぎゅーっ」

「ぎゅーっ。であります」


 可愛すぎる……ずっと見ていたい。

「ちょっと待ってください。ラマヌジャンって何ですか?」


 ラマヌジャンとは、みなさんご存じの数学の大天才である。

 数多の数学の公式を作成した功績は、もはや神がかり的としか思えない。

 ノインはその大天才の名を冠する鬼才なのだという。


「ラマヌジャンというのは特定のジャンルで優れた人と言う意味であります。

マヌジャンとは秀でた才能という意味で、ラは冠詞であります。

だから、いろんなジャンルのら・マヌジャンがいるのであります。

ノインちゃんはその中でも若くして数学のラ・マヌジャンになったのであります」

「ラ・マヌジャンは、才能を認められたとてもすごい人って意味なんですね」

「そういう事であります。エッヘン」


 何故かカスミちゃんが誇らしげにしているが、当のノインは両手をフリフリしながら「そ、そんなことないよー」といった感じで恥ずかしがっている。

 かわいい。ずっと見ていたい。


「そうだ、僕たちはちょうどお昼を食べに来たんですよ。

ノインさんもせっかくお友達と会えたんですし、お茶位なら奢りますので一緒にお話ししませんか?」

「おぉ、それはいい。

ワシはこれからちょっと街の道具街を見てこようと思ってな。

ついてきても暇じゃろうし、ノイン。ご相伴にあずかってから、宿舎の部屋に戻ったらどうじゃ?」

「あ、それいいでありますな。ここの笹茶とバンブークッキー美味しいんだよ」

「そうだね。すぐに部屋に戻っても暇だし、そうしようかなぁ」


 ということで、ノインさんを含めたメンバーで食堂へとなだれ込むことになった。

 ランチタイムは終わっているからか客層はまばらで、一〇人を超える大所帯でも一塊で座ることができた。

 奥にはラボメンバー、手前に僕とカスミ、ノイン、オクトー、チェレステが座っている。


「そういえばお二人は、ハイスクールの同期のわりに年齢がちょっと離れてますよね」

「ここらへんじゃ珍しくもないでありますよ」

「私、子供の頃にちょっと体調悪い時期があってね。

痛みが強すぎる時に何回か召天薬で治療してるから成長が遅くなっちゃって」

「大き目の町なら診療所があるから、痛み止めも手に入りやすいんでありますが、この辺だとサキセルまで来ないとないですからな。

ちょっとした不調であれば召天薬の方が安いのであります」


 明るめに言っているが、幼いころに何か月も不登校になっているようなものだ。

 子供の一ヶ月は思っている以上に長いから、友達と疎遠になったりとつらい思いはしていそうだが。

 ……まぁ本人が明るいのだからそういうものなんだろうな。


「学歴は『授業を受けた実時間で計算』でありますから、人によってはちょっと入学がずれたり、卒業がずれたりするのは普通であります。

なので、基本的には必要単位取得で卒業判定になるのであります」

「だから、結構友達の年齢幅って広いのが普通なのよね~。

そのおかげでカスミちゃんとお友達になれたんだから、あのシステムは割と好きなのよ」

「照れるでありますなぁ」


 とまぁ、カスミちゃんとノインちゃんの昔話をツマミに伺いながら、昼飯を終えたのだった。


 ノインちゃんのお茶代も含めて五四ディネーロ。

 五〇〇円ちょっとでこれだけ食べられるなら割と安いと思う。

 いや、手持ちからすると割と痛いのだけど、あの笑顔の対価なら安いもんだ。


 そのあとは騎士団内の売店に立ち寄って下着や歯ブラシ、石鹸などの生活用品を買い込んでおく。

 何はなくとも衛生用品を買い込んでおいて損はないの。

 昼休みが終わったから、ノインちゃんとはお別れし、ラボに帰還することになった。

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