世界の崩壊をボクの眼鏡が救うだと?(旧題:壊れかけの異世界とクソ眼鏡)

バイオヌートリア

第一章 異世界初日

第1話 俺は死んだらしいです

 或る年の九月二四日。

「あなたは元の世界で、え~っとそうだなぁ。あっ!子供を助けてトラックに引かれて亡くなってしまいました。うん、そういうことにしよう」

 死因位はっきりしてくれ。

「しかし、不慮の事故であったため異世界に転生という形で余生を過ごしてもらいます」

 会社のトイレでスマホをいじっていたはずの俺は、何処かのベッドでそんな声を聞き目覚めることになった。

 つまり、この死因はこの時点でフェイクだと思っている。

「貴方の役目はあくまでも"外乱"です。魔王とか居ますけど、別に倒す義務とかはありませんのでご自身の判断で好きにしてください。それでは、よい異世界ライフを」


「死んだ記憶……無いんだよなぁ」

 取り敢えず、眼鏡を探さなければ……。普段はベッドサイドのテーブルに手を伸ばすが、そこには見つからなかった。

「あ、言い忘れていました。収納魔法はおまけにしておきましたので、そこにある小さなポーチに手を入れて装備一覧を確認してください。合言葉は……オープンとかでいいかな。好きに叫んでいいですよ。イメージ出来たら大体開くんで」

 確かこの声は管理人ちゃんのものだ。甲高い素っ頓狂な声が響いてきたが、それ以外に情報もないので仕方なく従うことにする。


「オープン」

 袋に手を入れて呟くように口にすると目の前に、ゲームでよく見る横10マス程度のインベントリが表示される。

 タブで消費アイテム、装備アイテムやお気に入りに切り替えができ、種類毎のソートやしぼり込み、検索などの機能があるようだ。割と多機能で使いやすそうなバッグで安心した。

 最初からセットされているアイテム5個を全部取り出す。

「セルフレーム眼鏡……?俺のじゃないけど度数はあっているな。あとは、異世界ガイド(1)と、マルチ眼鏡説明(1)、あとは服と『カード』か」


 セルフレーム眼鏡を掛けて、まず読むべきは異世界ガイド(1)だろうな。ここの世界のことを知る前に部屋を出るのは怖すぎる。

「なになに……この大陸はリムというのか」

 リムは海に囲まれた大陸で、各地に城塞都市のような地方行政区がある。そこは昼間だけブリッジが降りて街道に出ることができるらしい。

 村なども例外無く堀で囲まれ夜の出入りは出来ない。


 ……典型的な中世ヨーロッパ風の異世界だな。

 表示されているマップは大陸の一部しかなくこの周辺以外は一切分からない。

 ここはヨロイ王国の南西の地方都市サキセルの近くで、南は漁場、東と北は別の街。西は少し森があって海になっている端っこのエリアだ。

 交通網が整備されている程度に、この街及びその周辺の都市は平和なようだな。

 あと、意外なことにレベルアップの概念がない。

 体力は固定で防具の性能でダメージ軽減と攻撃のバフが付く。一狩り行くタイプだ。

 ガイドという割に観光案内程度の情報しかないのだが、あとは街で聞き込みするしかないな。


「次は……『カード』を見よう。名前『グラスキー・ノクリア』残高二〇〇〇 D。単位はドルか?多いのか少ないのか全くわからん。これも街で調査だな。腹も減っているしスキルを見たら街に出かけるか」

 そんなことを考えていると、ドアがノックされた。

「お兄さん、起きているかい?」

 慌てて装備一覧を確認する、今来ている服一式とあとは武器的なものは……。

「マルチ眼鏡……?」

 眼鏡でどうやって戦えば良いのか……。

 しかし、これしか武器がないのだから仕方なく眼鏡を掛けかえる。

 スポーツ用のスタイリッシュなフレームで、頭を振っても外れない最新式のやつだ。


 装備した直後に黄色みがかった髪のやけにガタイのいい老人が部屋に入ってきた。

「おはようお兄さん。えーっと、何と呼べば良いかな」

「すみません、あなたは誰ですか」

「おっとそうか、ワシはヒロシカ=ヤマブキだ。ヒロシカで構わない。この家の持ち主で、お兄さんをベッドまで運んだ男だ」

 見知らぬ俺を家で介抱してくれたらしい……。先ずは礼だな。

「おかげさまで何ともないようですが、記憶があいまいで……。えっと、グラスキーと呼んでください」

「あいよ、グラスキー。飯が冷めるから続きは食いながら話すとしようか」


 ちょうど腹も減っていたので、ご相伴にあずかることにした。

 ベッドは二階にあったので、階段を下りて一階のリビングに移動する。

 この家の子供だろうか、小さな女の子が食卓に座っていたので、促されるままにその子の正面に座った。


「するってぇと、アレかい?記憶喪失って奴か」

「そのようです」

「割と都合よく経歴とか出身とかだけ忘れるんだな……。実際そんなもんかもしれんが」

「言語とか生活に必要なものは消えてませんものね」

「不思議だね。おじいちゃん」

 食卓にいたのはノイン・ヤマブキ。孫娘らしい。

 見た目のほどは一五歳くらいに見える小柄な女性だ。

 実は二四歳らしい。若すぎないか?

 いま食べている固めのパンと簡単なサラダ、ポトフらしきスープは彼女の両親が作ってくれたらしいが、既に仕事で不在とのこと。

「ごちそうさまでした」

「ノイン、今日は何日だったかな」

「九月の……二四日だよ、おじいちゃん」

「そうか、よかったな、グラスキー。明日記憶が戻るかもしれんぞ」

 何の話だろうか……記憶が戻るかもしれない?

「明日は二五日だろ。復活の日だからな」

「復活の日……ですか。お世話になりっぱなしで申し訳ないのですが、復活の日について教えてもらえますか?覚えていないみたいなんです」

 その点は本当だ、ガイドもたいしたことは書いてなかったからな。

「他にも確認したいと思うので、後ほどお話を伺ってもよろしいですか」

「そのくらいなら構わんよ。今日やることなんて薪割りくらいだからな。息子夫婦も仕事に出ているから日が暮れないと帰ってこないし」

「では、薪割りのお手伝いでもしながら話しましょう。妙齢の可愛い女の子と素性の知れない男が二人で居るのは好ましくないですし」

 なるべく離れていた方が安全というのは本当だ。

 理性は残しているから万が一にでも手は出さないが、何かあったときに疑われないよう男同士でいることにした。

「冬までになるべく多くの薪を乾燥させたくてな。手伝ってくれるのは本当に助かるよ」

「いえいえ、一宿一飯の恩義というやつです」

 家の裏手にある薪割り場所、斧の刺さった木の台が1つ。もう1つの木の台には見慣れない金属が置かれていた。

「律儀なんだな。じゃあ、グラスキーはその木に原木を置いて、楔を打ち込んで半分小さく分割してくれるかい。ワシはそれをこっちの斧で薪のサイズまで割るから」

 楔型の薪割りは初めてだが、石を割るのと要領は同じだろう。

 用意されている丸太を手に取って台に置き、ハンマーを手に取る。

 ゲートボール用のパターくらいある片手で扱うに大きなハンマーだが、柄を軽く脇に挟んで楔を打ち込む。

「硬っ……」

「スカスカの木だとすぐ燃え尽きるから少し硬い木がいいんだよ。老人には重労働さね」

 楔が打ち込めたらハンマーを長めに持って力いっぱい叩きつけると、楔がゆっくり刺さっていき、半分刺さったところで丸太が真っ二つになった。

 チマチマと原木を割る俺の横で、ヒロシカさんは八分の一サイズまで薪を細かくしていた。

「目標は五〇セットかな」

 大変な作業を引き受けてしまったと後悔した。

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