第12話 ラボ

「トンネルを抜ければ、そこは雪国であった」

 扉の中は"青みがかった雪"が吹雪いていた。この肌に刺さる寒さは本物の雪なのだろう。

 外の気温は初夏のような温かさなのに、ここはめちゃくちゃに吹雪いてしかも寒い。

 ただ気になるのは、これだけ吹雪いているのに床には一切雪が積もっていないのだ。


「何でありますかそれは?」

「有名な小説にそういうフレーズがあるんですよ」

「お~、グラスキー殿は博学でありますな。小説なんて大図書館か富豪のお屋敷くらいにしかないでありますよ」


「ところで、なんで室内で雪が降ってるんですか」

「それはでありますね。いま研究中の神器の試験中なのであります。この子は雪で視界を奪うらしいでありますよ」

「吹雪いているのに雪が積もらないのは、『視界を奪うこと』が目的で『雪を降らせること』が目的じゃないからですかね」


「グラスキー殿は神器にも造詣が深いみたいですな。我々もそうにらんで条件を変えつつ研究しておるであります。

もしかすると小官と同じ神器マニアでありますか?他にどんな神器を触られたのですか?」

「いえ、ただの推論ですよ。雪の多い地域に住んでいたから違和感が強くて」

「なるほど、色んなところに住んだのでありますな。

そのなかで不幸にも記憶を……。

愛した子達を忘れたかもしれないのはツラいでありますな」


 そんな話をしていると吹雪が止み、誰かに声を掛けられた。

「トクサくん。遅いじゃないか」

 部屋の奥に進むと数人の人間……いや、ドワーフやエルフらしきもの、人間や角の有る種族が集まっているのが確認できた。

 声をかけたのは、昨日サウナに一緒に入った緑色の隊服の青年──名前は確か、オクトー・サーモス──もここの研究メンバーだったのか。


「グラスキーさん、昨日ぶりですね。ようこそ神器研究開発ラボへ。

ここにいるメンバーは全員神器持ちなんだ。

そして、騎士団所有の神器と協力者の神器から魔法の法則を調べ、再現し、俺たちの手で神器を作り出すことを目的としているのがこのラボだよ」


「グラスキー・ノクリアと言うらしいです。正直ノクリアの部分はピンと来てませんが」

「『ノクリア』……」

「確か……元魔王と同じ名前でありますな。グラスキー殿の豊富な知識はその辺に源流があるのかもでありますな」

「まっ……魔王ですか!?」


 それを知りながら腰縄だけで自由にさせてたのか……。

 信じられない。


「それはさておき、神器を見せてもらえるかな。事前に預かってた説明書だけだとなかなか理解できなくて」

「それはさておかないで欲しいのですが……」


 まぁまぁとか誤魔化されたので仕方なくマルチ眼鏡を取り出す。

「では、先に小官の神器をお見せするであります。『シアー』彼の神器を複製するであります」

 カスミさんの神器から半透明の青い光が放たれ、僕の神器がスキャンされる。

 それからしばらくして、半透明の青い液に板が浸され、光造形三Dプリンタのように積層し、マルチ眼鏡が複製されていった。

 これは魔力による三Dスキャナ&プリンターなのだな。


「出来たであります。本物はお返ししますよ。

シアーは他の神器を能力ごと複製して形にすることができるのであります。

この神器『複製者』ことシアーはとても有能で可愛いでありますな。

まぁ、複製された神器の耐久性はかなり低いでありますが」


「シアーって言うのはトクサくんが勝手につけた愛称だけどね。本来の性能を隠すためにそういう名前にしているんだ」

「もしかして、彼女の事をトクサと呼ぶのも同じ理由ですか?」

「うん、まさにだよ。僕たちはここで記録を付けたり実験をするだけではない。

大陸にいくつか有る研究機関で調べたことを学会で発表したり、性能試験を行っているのさ。

そして、神器の使い方は複雑だから説明書と本体は分けて保管される」

「そして本来の名前が記録されないように、別名を付けて論文には仮名で記録するのであります」

「なるほど……神器は現状ゲームチェンジャー……盗まれて使いこなされるのが一番困るわけですね」


オクトーがうなづきながら肯定してくれる。

「その通り。人も神器も盗まれてしまうことが一番怖いのさ。

ちなみに僕はトキワってラボネームさ。

神器は、説明書もしくは使い方を知る元の持ち主がいなければ使いこなせない。

名前を隠して見た目を隠すのは最低限度のセキュリティと言うわけさ」

 そんな話をしながらラボの説明を受けている。

 実際、持っているだけで狙われる可能性があるといわれると、手放して騎士団に預けるものも出るらしく、多種多様な神器がこの場には集まっていた。



 時を同じくして騎士団某所、隊舎内の幹部会議室にアイビーとセレーネ、そして上官らしき男が揃っていた。

「記憶喪失の彼はどんな感じだね?」

「どうもこうもないですね。現状非常に協力的ですし、目立った問題行動もないですし、美女二人に囲まれてもそこまで下心は出ませんでしたし」

「右に同じく。寝ている間はあえて腰縄も外して自由にさせていたが、夜中に起きるでもなく、どちらかを襲うでもなくただひたすら寝ていた」

「念のため何度か私の神器で鑑定してみましたが、寝たふりは一切なかったですね。8時間きっかり睡眠されてましたよ」

「うむ、ではしばらく監視任務を続けてくれたまえ。その間は行政区内および近郊での勤務とする。彼が手を出してきたり怪しい行動があればすぐ報告するように」

「「了解(!/で~す。)」」

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