第34話 ポルフの訓練と新実験場

 セレーネ隊長の一撃を受け止めたポルフが怒気を含んだ声で尋ねた。

「何をしやがる」


 剣を鞘に納めたセレーネ隊長はポルフを手で制しながら答える。


「グラスキーさんとは違って素直に刺されてくれませんね。

と言うか、この部隊で歓迎の刺突に一切反応できずに心臓まで刺されたのはグラスキーさんだけなんですけどね」

「ボクの失態を広めないでください」

「簡単に言うと、死に慣れて死を恐れない訓練です。

我々の戦闘は月に何回もありませんので、次回戦闘までに気持ちが萎えないように常に命を懸けた訓練をしています。

作戦行動時には、貴方と対峙した時のように指令系統が全滅するまでの間、全員が全員『一人百殺』の気合で挑み、格上であっても恐れずに向かっていき、敵の戦力を最大限削ることを隊則としています」

「狂気的な訓練をしているな……道理で死にかけの怪我でも怯まねえと思ったよ!」

「取り敢えず五〇回死にかけましょうね」

「僕の時は八〇回でしたよね!?」

「グラスキーさんは勘が鈍かったですからねぇ。

ポルフさんならすぐ覚悟ができるでしょうし、少なくていいんですよ。

あ、魔力球は禁止で武器だけで戦ってください。では、始めぃ!」


 ここから先であるが、ポルフがおとなしく刺されてくれないので、途中から全員を交えった乱捕り稽古に変わったのである。

 チームを変えたりしつつ可能な限りポルフにダメージを与えては回復させた。

 こっちのチームも何度かポーションを使わされたが、お互いの戦闘スタイルと速度を改めて確認しつつ、一人百殺の訓練は終わった。


「仲間と汗を流すのは気持ちがいいものなんだな」

 とポルフは言っていたが、都合五〇回中一八回斬られたボクは、そこまで賛同できていなかった。

 もっと動けるようにならなきゃな。


 訓練の後はサウナでさっぱりしてから、チェレステに呼び出されていたのでラボに向かう。

「チェレステさん、オウトツやってきました」

「お、オウトツくん。訓練上がりかね」

「はい、それで要件というのは?」

「うむ、君の作った手投げ爆弾の概要を、『ボタンを押して話した後に数秒後おいて爆発する』という部分だけ伝えて、『君の手投げ弾の性能』をまだ知らないノイン女史たち数人にそれぞれの感覚で作ってもらった。

じゃから、午後はその性能テストをしようと思ってな」

「それはいいですね。各数個ずつは作ってありますよね」

「無論サンプルは複数取ってあるよ。

それから投げる分の手投げ弾に刻まれている魔術式もすでに控えてある」


 よし、最低限必要なことはすべて終わっているから、新たにできた実験場に向かうことになった。

 演習場はサキセルの町の北部、町から出て一キロくらい行った場所に出来ていた。

 主な設備は、百メートル四方の実験場、寝泊まりできる仮眠施設及び調理場等々……ができる予定だ。

 とりあえず今は百メートル四方が高さ五メートルほどの壁で覆われているだけでその他の場所はまだ手つかずだ。

 食料さえインベントリにいれて持ち込めば、ニ~三ヶ月ここに住めるくらいの設備になる予定だ。

 しかしながら、泊まり込みは事前または一日だけであれば事後承諾が可能だが、二日以上の泊まり込みは事前申告制の上、違反するとペナルティがあるためあまりしない方向でと言われている。

 だって、みんな泊まり込みだすから、そこは本当に申し訳ないが建築前の打ち合わせ時に調整させてもらいました。


「広くていい実験場になりそうじゃないか」

「ええ、高い壁に開閉式の屋根、消火用の水魔法レリックの完備、重量物の移動ができるレリックなどなど、まだまだこれからできる予定です。

内部の設備には打ち合わせでこだわりましたからね」


 ちなみに、竹筋ちくきんコンクリート製だ。

 普段の実験場が骨材無しの無筋コンクリートだから、強度不足を感じたのだ。

 しかし、鉄筋が高価らしいので竹筋コンクリートを思い出して提案すると、カスミちゃんの実家に鉄のように固い竹があるというので、それをたくさん送ってもらって建設したということだ。

 うまく行けばバンブーエルフ族の産業も増えるしいいことだらけだと思う。


 今のところ整地された厚さ五メートルの赤土と砂の地面があるだけだが、そこで爆破試験をしてみようということだ。


「ところでもう一台の馬車には何を積んでいたんですか?」

「あぁ、囚人や捕獲した魔獣たちじゃよ。

爆破実験で人体や魔獣への打撃能力も試したいじゃろ?」

「それはそうですけど、やっぱり人権的な問題と言いますか。

死ぬか確認するために死刑囚を使うのはなんか気が進まないですね」

「そっか、オウトツはこの世界の懲役について知らなかったね」


 ということで、捕まった犯罪者の扱いについてマリモから説明があった。

 まず、ここでは軽犯罪者には開墾や騎士団の備品作成などの単純労働が課される、いわゆる懲役刑がメインとなるらしい。

 しかし、それ以上の罪──例えば盗賊行為などがあった場合は、死刑N回(罪の重さで回数が六回単位で変わる)が言い渡されることがあるという。

 復活がある世界ならではの刑罰だなぁ……。

 これは牢獄を水中牢や火刑牢などに変えて、復活後しばらくするとオートマチックに死刑にするのだそうだ。

 その処刑法の一つに模範死刑囚だけが受けられる『神器実験などへの参加』や『新人兵士の対人戦闘訓練の相手役』をすることにより、複数回分の死刑をカウントさせて恩赦を与える制度もあるのだということだ。

 これによって規定回数の死を経験させることで罪の意識を植え付けてから、校正プログラム及び懲役刑に戻すのだそうだ。

 その途中で本当に亡くなってしまう事例もあるそうだが、それはもうどうしようもないのだとか。

 本人の魂が復活を拒否した場合、復活せずに神の元へ向かって審判されると考えられているのだとか。


「では彼らは……」

「三回分の死刑免除の代わりに、目隠しでこの爆破実験に付き合ってくれる模範囚じゃよ。

一撃で綺麗に死ねればいいが、不安定な爆弾じゃし、怪我をするだけや片足だけ吹っ飛んで苦痛を味わうこともあるやもしれん。

それに守秘義務もあるから、口止めの分も含まれておる。

まぁ、目隠し耳栓が必須の状態で連れてきたからここがどこかも知らぬわけが」

「そういう事でしたか。では、この実験は彼らのためにもなるんですね」

「あぁ、そういうことだ」


 ボクはこの日、日本産の倫理観を捨てることにした。

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