第35話 トクサとサウナ
一通り人と神器実験が終わった帰りの馬車で、オウトツから隊舎に戻る前に一回ラボに来てほしいと懇願された。
一日中手投げ弾を投げて汗だくだったが、しぶしぶ了承した。
「えぇ、汗だくなのでサウナに行きたかったんですけどね。
用事ってことなので先にこっちに来ました」
「それはありがたい。用件はサウナの件なのじゃ」
そういって何か大きな荷物を投げて渡される。
落とさないようにしっかりと抱きとめると、実験場についてこないでマルチ筆記者の研究をしていたトクサであった。
「トクサと風呂にいってこい。もう臭いが限界じゃ」
「前も言ったけど、イヤですよ。
トクサちゃんも僕とお風呂なんてイヤでしょう?」
「……イヤじゃないであります。お風呂行くであります!」
「いや、だから僕らはいい年齢の男女であって、一緒にお風呂なんて誤解され──」
「関係ないであります!いいから、一緒にお風呂行くでありますよ!」
その後駄々をこねるトクサを風呂に入れることにしぶしぶ了承し、サウナを借りる予定の一般宿舎に向かった。
その間、お姫様抱っこから降りようとしないトクサを仕方なく抱えたままで……。
なんとか誰にも見つからずにサウナを借りる場所までこられたので、貸し切り札をかけて内側から施錠する。
ちょうどパーティションがあったので、脱衣所を二つに区切って湯あみ着に着替えると二人してサウナに座った。
湯あみ着とは言え、異性と風呂に入るのに服を着ているというのは安心感が違うな。
「カスミちゃん。何の心変わりですか?」
「何が?でありますか?」
「今までは俺が連れていくなら行くって言っていたけど、本当に風呂に行こうとはしてなかったじゃない?
でも、最近はなんかそわそわしていて、そして今日は風呂に来ましたよね?」
「そんなの気まぐれでありますよ。
深い意味はないであります」
いや、きっかけと言えばきっかけらしいものはないわけではないのだ。
「ポルフかノインさんですか?」
核心をついてみようと思う。
明らかに彼女らが来てからそわそわしているからだ。
「そ、そんな何を根拠に言っているでありますか」
「うちのラボってトクサちゃん以外女性が居なかったじゃないですか。
そして若い男はオクトーくらいです。
が、オクトーって女性からしてもそこまで魅力的じゃない男じゃないですか。
主に言動とデリカシーのなさで。
つまり、色恋沙汰なんてありえない職場だったんですよ」
実際おじさんがいっぱいのところに二十歳の女性が一人だ。
研究以外の話題もないし色恋なんてできないだろう。
でも、研究に打ち込むのはいい環境だったのだ。
「でも、そこにボクがやってきた。
まぁ、とりわけいい顔ではありませんが歳も近くて話も合うから、もしかするとそういう感情を持ってくれているなら嬉しいですよ」
「自意識過剰じゃないでありますか?」
「実際、自意識過剰もいいところだと思いますよ。
年下のこんなにかわいい子に惚れられるほどの男だとは思っていません」
汗をぬぐいながら、少し近づいてトクサの顔を見た。
「こんなにかわいい子が、俺なんかに惚れるなんてありえないじゃないですか」
「か、かわいい?!」
「仮定の話ですよ?
カスミちゃんが万が一俺をイイなと思っていたところに、俺と気兼ねなく親しげに話せるポルフ、俺が顔を見ただけで緊張するほどの美女ノインさんが加わった」
カスミちゃんが下を向いてしまったが、もう続けるしかない。
「焦りもあったんじゃないですか?
この世界が何歳で結婚するのか知りませんが、もしカスミちゃんが結婚適齢期だとすると、早めに気になる男は確保しておきたいという気持ちもあるでしょう?」
「実は……ノインちゃんに最近来た人といい感じで、こ、恋人になっているって手紙で自慢しちゃったでありますよ。
グラスキー殿は、頭が切れて割と冷静に解析できて、こ……こんな小娘にも誠実で優しいであります。
今まで居なかったタイプであります。
背も低くて胸もなくてちんちくりんで……でも、ちゃんと女性として普通に扱ってくれたであります」
「あ~いや、まぁ。
仕事中は疲れたらカスミちゃん見ながら癒されていたので、女性として行為を持っているという部分は、あながち間違いではないですが」
これ以上話しているとなんかボロが出そうだ……というか熱い。
トクサもちょっと動揺しているようだから、話題を変えよう。
「あ、そろそろ水風呂でお水浴びましょう。
汗をかいて汚れがいい感じで浮いてきているはずですし、それを流してもう一度です」
そのあとも、お互い水風呂で張り付いた服を見てドギマギしたりしたが、何とかうやむやにして切り抜けることができた。
親友同士で男の取り合いなんて修羅場、俺は関わりたくないぞ……。
と言うか、転生ボーナスで見た目が前よりちょっと良くなったせいか、初めてのモテ期到来で戸惑っているのだ。
さて、神器の研究はこれからにはなるが、取り敢えず膠着した歯車は動き出した。
それだけでも一応の成果としておこうか。
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