第19話 これまでの研究結果

 或る年の一〇月三日。

 僕が騎士団の研究職に就いて数日後。

 ゴブリンの襲撃から一〇日が経過したころに、敵の拠点が判明したとの一報が入る。

 これはあとになって知ったことだが、アルカがサリオの元を離れて、ラガーンたちの拠点を発見したと連絡を入れたのが、その日だったとのことだ。


 不幸にも街道を走る定期便の故障のお陰で、通常よりも二日ほど報告が遅れてしまったそうだ。

 これから監視の交代要員や遺跡の調査要員、攻略編成を組んでいくらしい。


 僕は何故だか討伐部隊に随行することになった。

 聞いたところによると、ラガーンの着ているケプラー装備は、集団ごとに色が違うそうだ。

 だから、彼らの服の色を知っている僕が、確認要員として投入される……という事らしい。


「出発は三日後ということですので、それまでに何らかの成果を出したいですね。チェレステさん」


 ここまでの調査で分かったことは、マルチ眼鏡はシュート以外にアナライズといくつかの機能が使えると言うことだ。

 そして、その条件もある程度判明した。

 対象の色をきちんと指定してスキャンを行えば、自らの魔力を消耗して複製者シアーと同じように、スキャンしてコピー機能が使えたのだ。

 消費魔力は複製者シアーの数倍かかるが、メガネで他の神器の機能を補えるのは面白い発見だった。

 ただ、機能を完璧に複製するはずの複製者シアーでコピーした複製マルチ眼鏡では、マルチ眼鏡の機能を十全に利用できないことも判明した。

 これについては現状で追跡調査中である。


「君のお陰でいくつかの神器から魔術式の取り出しに成功した。

そして、式の書き出しまでは出来た」

「本当に技術が進化したでありますな」


 アナライズした魔術式自体を、俺は目視で書き写すことで紙に残すことには成功した。

 しかし、ここで問題が新たに立ち塞がる事になる。

 複製した魔術式が他の物質に書き込めないのだ。

 いや、「書き込みに成功した」というメッセージは出るのだが、魔力を注いでも動作しないどころか物によっては自壊してしまった。

 当たり前だが、レリックの旧式アセンブラでは、書き込みに際して魔術式が壊れてしまった。

 結局、神器の魔術式を書きこめる条件とアセンブラを探さねばならないのだ。


「残念ながら、しばらくは……この魔術式を分析して、多種多様な魔法を使えるように式を改造するための実験が主になるな。自由自在に好きな魔法が使えるように分析するは割と骨にはなるが」

「書きこんだ物質も変形して壊れてしまったから、何かほかに重要な事項があるんだろうね」

「それをはっきりさせるために、分析について、魔法の専門家以外に一人呼んで欲しい人材が居ます」

「誰でありますか?」


 この魔術式を読ませて貰ったが、かなりプログラムのコードに近い……だから、数学者が必要になる可能性が高い。

 そうなると、公式や法則を整えられる人材──そう、ラ・マヌジャンことノイン女史だ。


「あくまで交渉次第ですが、数学の鬼神ラ・マヌジャンことノインさんです」

「何故でありますか?」

「レリックの魔術式と違って、この神器の魔術式は我々の世界のコンピューターと呼ばれる機械を動かす言語に近いようなんです。」


 僕自身、プログラミングに詳しいわけではない。

 しかし、大学で最低限の基礎くらいは習っているのだ。

 Hallo Worldくらいなら僕でも書けるんだぞ。


「それとノインくんがどう繋がるんだい?」

「はい、コンピューターを動かす言語は情報の塊なんですが、その本質は演算、つまり超高性能の計算式なんです」


 ここまでは嘘ではない。

 だが、数学の素養は論理思考によるプログラミングの理解に役立つ。

 ただ、それだけでプログラミングができるわけではない。


「ただ、計算が得意なだけでは、プログラミング言語……魔術式の本質理解は出来ません。新しい公式を発見できる彼女の論理的な思考が必要になると考えています。

それに、ここにいるメンバーはレリックの魔術式の記述について先入観を持っている。

先入観のない彼女の発想が役に立つ可能性は高いと思います」


 あと単純に会いたい。

 これは隠しておこう。


「ふむ、一理あるか……。上に掛け合っておこう」

「許可が出たら小官が手紙を出しておくでありますよ」


 眠そうなトクサが自ら名乗り出てくれた。

 トクサ女史はスイッチが入ったのか、ここ数日徹夜でデータとにらめっこしてはレポートを書き上げ、僕が研究室に戻る度に新しいか説の検証に付き合わされた。

 この子も面倒くさいが、そのおかげか手作業で式をメモするといった普通なら考え付かない方法を試すことができた。


「トクサちゃんは、まず仮眠してお風呂行って来ようか。

いい加減休みなさい」

「お風呂はめんどくさいであります。

どうしてもと言うならオウトツがお風呂に入れればいいのであります」


 無茶を言う……アラサー男が二十歳の女の子とお風呂なんて逮捕されても仕方ないぞ。

 ただでさえ背が小さくて子供みたいな見た目なんだから犯罪臭が加速するじゃないか。


「ふむ、オウトツ、頼めるか?」

「はいはい、何をすればいいんでしょうか。

検証ですか?神器の使用ですか?」

「何を言っておる。

トクサを風呂に入れてこい。

一般宿舎に貸切風呂あるからそこで洗ってこい」

「嫌です」


 事案になるじゃないか。

 俺は異世界で逮捕されたくはないぞ。


 丁度よくラボの扉がノックされる。

 助かった……。


 チェレステが応対した相手はセシュ隊長だった。

 討伐隊としての打ち合わせに呼ばれたとのことだ。

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