第三章 遺跡攻略編

第18話 スカウト・サリオの見張り任務

「ここがあのラガーンたちの砦のようだね」

「これは結構厄介ですね。

地上にある砦ではなく、地下にある遺跡の再利用ですか」


 アルカとサリオの二人は、ノインの両親をさらった一団のアジトを突き止めていた。

 地下に通路と部屋のあるタイプの遺跡、いわゆるダンジョンのような構造のものだろうか。

 過去に見つかったタイプの多くは入口が一つで地下に空間が広がるだけのものだったが、稀に出入口が複数あったり、内部に罠があったりと割と厄介なつくりのものもあった。


「それに魔獣ですか」


 ──この世界ではのうち、凶暴性の高いものを魔獣と呼ぶ。

 魔獣の中には知能が高く人語を解する者もいるが、カードを持たず復活も付与されていない時点で人間種とは呼べないのである。


 一般の獣は人の手で管理や繁殖なども容易で家畜化もされている知能の少ないものであるが、魔獣の取り扱いに関しては専用のアーティファクトを要する。

 二人の目の前に居るのは、アーティファクトのスカーフを巻いたグリーンゴブリンだった。

 グリーンゴブリンは魔獣種のウルフに乗っている、いわゆるゴブリンライダーだ。


「鼻も夜目も効く魔獣だからこれ以上は近づけないね~」

「取り敢えず、私がここを見張っておきますので、近場の詰め所まで行って現状報告を行ってきてください」

「はいは~い、了解了解」


 そう言うと、街道に向けて走り出すアルカを見送る。

 森を最短で突っ切り、街道を歩いていれば定期乗合馬車で近場の街に一日ほどで到着できる。

 早くて三日程度でサキセルの部隊から交代の見張り要員が手配されるだろう。

 追跡のために持ち歩いていた食料が三日分ほどあることを確認してから、サリオは見張りの準備を始める。


 まずは、ウルフの鼻に探知されないように少し離れた場所で土の上を転がり、体臭をごまかす。

 近場の木に目印となる白い布を打ち付け、木に登り太い枝に腰を掛け、眠っても落ちないようにロープを準備する。


 そして、木の枝から取った葉っぱを外套に貼り付け、簡易の隠蔽用スーツを作成する。

 斥候としてアイゼンバーグ隊にスカウトされたサリオにとっては、いつもの手順だった。

 ゴブリンライダーの乗るブルーウルフ程度の鼻なら、これで誤魔化せることは経験則でわかっていた。


「さて、あとは応援が来るまで、砦に異常がないかを観察しましょう」


 比較的暖かい地域とは言え、まだ九月末。

 夜になると気温が下がり、骨身に染みる寒さが襲ってくる。

 しかし、ここで火を焚くことは相手に自分の居場所を知らせるようなものである。

 サリオは服の下に紙を何枚も仕込んで隙間風を防ぎ、寒さに耐える。


 そうして耐え忍びながら動きがないかを観察すること二日。

 ようやく動きがあった。魔獣を連れたレッドオークが連れ去った人質たちを並べて何やら演説を行っている。


 ここからでは正確に聞き取ることはできないが、恐らく「これから君たちには仕事をしてもらう。逆らうとこうだ」といった説明だろう。

 捕虜の目の前でグリーンゴブリンが一人、ブルーウルフに食い荒らされていく。

 見せしめだとすると、恐らくは何か失敗した部下といったところだろう。


 一般的に魔獣の餌というのは肉だ。

 それも魔力の高い肉を食べると強くなるといわれている。

 それすなわち、復活のできない動物ではなく、魔法やアーティファクトを使いこなせる人間を食べさせるというのが最適解となりうる。

 集落から人を攫うのは、魔獣の進化のための餌という側面もある。


 しかし、人質が食われているからと言って、この世界では義憤に駆られて動くことはしない。

 なぜなら、復活があるから。

 来月の二五日を過ぎれば、腹の中に吸収されていた人たちが復活し、魔獣の体内に溜まっていた魔力が開放される。

 その時が今までは救出の目安だったのだ。


 しかし、魔獣の弱体化をした日に騎士団が来るという事実がバレ始めたころから、復活された瞬間に食いなおさせるという戦術が確立された。


「だからこそ、俺みたいな仕事が生まれたのよね」


 これから何日に及ぶかわからない監視業務、独り言が増えた気がするのは歳のせいだけだろうか。

 その翌日、監視開始から三日目の早朝、目印の木の近くに騎士団の隊員らしき男が現れた。


 この手の監視をする場合、本人の腕に蔦によく似せたロープをくくりつけておき、そのロープの引き方を暗号として交代などの連絡を行う。

 今のは交代の合図だ。


「お疲れ様です。引き継ぎを」

 そう言うと男はサリオと手帳を交換する。

 あまり声を出すと感づかれるためこの方法が多い。

 本当であればおつかれさまの前に、隊員の名前を呼ぶのが一般的だが、いつものことなので省略されることもあった。


「あとは、敵に注意しながら帰るだけかな」と引き継ぎ相手から渡された手帳に目を落とす。

 この手帳に交代後に撤退する指示などが描かれていることが多い。

 無論別任務に向かえということもあり得るので十二分に指示を読む。

 捲ったページに描かれていたのは……。

 

 気づいた時にはサリオの胸にナイフが刺さっていた。

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